「きゃあぁぁっ」
「グガァァッ」
異様な集団が一人の女生徒を、執拗に追いまわしていた。
そいつらは彼女を引き倒すと、獣のように群がった。
絶叫と共に血飛沫が上がる。
「…………何だ、これ」
俺は呆然と立ち尽くしていた。
まさしく悪夢としか言いようがない。
むしろ、夢であってほしかった。
おそろしいことに狂った人間はそいつらだけではなかった。
大学構内は、見渡す限り、似たような惨劇が繰り広げられていて、俺はただ唖然としていた。
悲鳴、怒号、血飛沫……
B級ホラー映画をそのまま持ってきたかのような、凄惨な光景。
棒立ちになっていた俺の前を、別の追いかけっこ集団がざざーーっと横切っていく。
「……え、これ映画の撮影?ドッキリとか?……いや、カメラどこだよ……」
掠れた呟きが聞こえたのか、集団の一人がふと振り返った。
あ、ヤバい、と思った。濁った眼球が俺を捉えたからだ。
男はおぼつかない足どりで方向転換すると、こっちに向かってきた。
ブリキの玩具のようなぎこちない動き。
血の気のない、薄紫の肌。獣のような唸り声。
そこで俺はやっと気づいた。
こいつら、救急隊員を食ってた二限の講師そっくりじゃねえか、と。
そういや、さっきの救急車、大学の方から来てたよな……
バケモノから逃げたつもりで、バケモノの巣に飛び込んじまったのか……?
背中を冷や汗が伝う。
いっそ座り込みたかったが、今はへたりこんでる暇なんかない。
早く逃げないと、さっきの救急隊員や襲われた女生徒みたいに食われちまう……!
「普通に大学に来ただけなのに、何でこんなことになってんだよ……!」
とりあえず大学は出た方がいいよな。
焦りながら、今通ってきた正門を振り返った。だが、そっちにもバケモノがわらわらいる。
あれを突破……は無理だな。
ヘタレの俺には難易度高すぎる。じゃあどこへ……
もたもたしてる間に、正門をうろついてた連中まで俺をロックオンした。
そいつらと目が合って体がすくむ。
「勘弁してくれ……」
このままじゃ、囲まれて終わりだ。
「……クソッ!」
愛用のチャリに飛び乗った俺は、バケモノが少ない方へ逃げ出した。
こんな必死にペダルを漕いだのは、後にも先にもないってくらい、死に物狂いの全速力だった。
◇◇◇
「はぁっ、はぁっ…………どうなってんだよ………」
ひと気のない校舎裏で、俺はいったん自転車を止めた。
逃げてきたはいいが、安全な場所ってどこだ。
「裏門に向かえばいいのか……?」
もはや講義どころじゃない。
息を整えて、また必死にペダルを漕ぐ。
そして裏門に向かう途中。
見覚えのあるジャケットを発見して、俺は自転車をキキーッと急停止させた。
「あれは……花田、だよな………?」
昨日、帰り際に声をかけてきた友人──男バス同好会の仲間。
明るくて陽気でいい奴だからよくつるんでいた。
なのに、そいつは……体をゆらゆら揺すりながら、ゴン、ゴン、と校舎の壁に頭を打ちつけている。
「…………あいつ、何やってんだ」
およそ自傷行為には一切縁がなさそうな男だったのに……いったい何があったのか。
信じられない光景ばかり目にして、気が変になりそうだった。
だが、友人を放っておく訳にはいかない。
自転車を押しながら花田の背後に近づくと、意を決して声をかけた。
「なあ花田、お前何してんだよ。大丈夫か……?」
────友人はゆっくり振り返った。
濁りきった目。血の気を失い、変色した肌。半開きの口からは、獣じみた唸り声が漏れていて──
「うわぁぁああっ!!!」
……校舎の壁に、俺の絶叫が反響した。
「やめろ……来るなぁっ!」
一、二歩、後ずさる。
開いた距離を詰めるように、花田が足を引きずりながら近づいてくる。
自転車にまたがろうとしたが、足が震えてもつれた。
無様に自転車を巻き込み、地面を転がる。
「……っ」
「グガァ………」
俺の顔に影が落ちた。
花田はすぐそこにいた。
普段なら明るく軽口を叩く友人の口に、今はべったり血がついている。
本能が逃げろって全力で叫んでるのに、体は全く言うことを聞かない。
尻餅をついて動けない俺に、掴みかかるように腕を伸ばされた。
──だがその時。
逆光の中、花田の背後にさっと影が現れた。
影が細い棒を振りかぶる。
横殴りの一閃。
鮮烈な一撃だった。
ボガッという鈍い音と共に、花田が視界から消えた。
殴り倒されたのだ、と遅れて気づく。
「こっちへ」
誰かが棒を持ちかえて、俺の腕を掴み、助け起こす。
慌てて立ち上がり、相手を見て目を丸くした。
「雪生さん…………?」
雪生柊香。
高嶺の花として有名な、同学年の女生徒だ。
「話は後です、逃げましょう」
雪生さんは、俺の腕をもう一度ぐいっと引っ張った。
