「第二ラウンドかよ。キッツ……」
ため息の一つでもつきたかったが、そんな余裕はない。
俺がナインの《抗体》を所持していると悟ったからか、"アルファ"は低く唸りながら様子を窺っている。
同時に、奴は油断なく身構えていた。
僅かでも隙を見せたら、容赦ない攻撃を仕掛けてくるだろう。
"アルファ"から目を離さず、再び鉈を構える。そして頭の中で手持ちの武器をカウントする。
まず、ガソリンのペットボトル。残り四本。
ナインの血液が入った注シリンダー、残り二本。
《適合者《ハイブリッド》》の身体能力。
プラス、鉈。
……実に心許ない。
たったこれだけの武器で、自衛隊の部隊を壊滅させた怪物に立ち向かえ、と。
うーんやっぱ無理かもしれない……
ともすればヘタレてしまいそうになるが、そんな己に渇を入れる。元より無理は承知の上だっただろ、と。
とりあえず、俺は次々とガソリンをぶっかける作戦に切り替えた。
「ここは逃げるが勝ち、だな!」
「ゴガァァッ」
俺はさっと身を翻して全力で駆け出した。"アルファ"も追いかけてくる。
ゾンビたちを盾にして逃げながら、背後に迫る"アルファ"に、ペットボトルを投げつけていく。
……ナイン曰く、ゾンビは火が若干苦手らしい。だから"アルファ"にも有効だろう、と言っていた。
とはいえ、こんなラスボス級モンスターを炎だけで倒そうなんてのは、無理な話だ。
注意を逸らしたり、ぎょっとさせて隙を作り、奇襲をかけるのに使えそう、ってだけ。
だが、思ってたより効果あったかもしれない。
炎に包まれた"アルファ"は、明らかに逆上し、咆哮を上げながら、本気で俺を追い回していた。
「おりゃ!」
三本目は払いのけられたが、最後のペットボトルは狙いどおり腹に命中。炎がいっそう燃え上がる。
さて、ここからだ。
奴の体内にナインの抗体をぶちこむには、接近するしかない。どうすっかな。
俺はいったん校舎の玄関口に駆け込んだ。靴箱に身を隠しながら逃げる。一方、"アルファ"は、靴箱を派手になぎ倒しながら、俺に追いすがった。
後ろをチラッと見る。思ったより引き離せてない。その上、奴の通ってきた後は、火が付いたガソリンがあちこちに飛び散ってえらいことになってる。
校舎全体が火事で焼け落ちたら、各方面に相当申し訳ねえ……と思ったが、まずは俺がここを逃げきらないと、どうしようもない。
手近な教室に駆け込んだ俺は、学習机を一つ掴んで、窓に向かって勢いよく叩きつけた。ガラスが砕け、机は夜に吸い込まれるように外へ飛んでいく。
俺は身を翻して、教壇に身を隠した。それと、"アルファ"が教室に侵入して来たのは、ほぼ同時だった。
息を殺して祈る。
"アルファ"がこっちに気づきませんように、と。
奴は割れた窓に目を留めた。その窓枠に足をかけ、外に飛び出そうと身を屈め──ふと動きを止めた。
同時に、俺も致命的な失敗に気がついた。
コートの裾が少しだけ教壇からはみ出してるじゃん……マジかよ……
ひたり、ひたり、とバケモンの足音がこっちに近づいてくる。あーこれはヤバい。ヤバいなんてもんじゃねえ……
前足を振りかぶる気配を感じて、俺は咄嗟に、教壇から転がり出た。
ドゴッッッ!
間一髪、教壇が串刺しになる。
俺はそのまま教室を飛び出して、廊下を駆け抜けた。前足に刺さった教壇を投げ捨て、"アルファ"が再び、俺を追う。
「何で気づくんだよ、クソが!!」
あいつ、知能高すぎんだろ。
悪態をつきながら、俺は必死に廊下を走った。
俺の進む先は、廊下の行き止まり。
その手前右側にトイレがある。
アルファが来る前に、校舎の構造は頭にしっかり入れていた。いや、やっといて良かったな。
──ついでに幾つか、罠も仕込んでいた。
猛然と追ってくる"アルファ"が、何かに足をひっかけた。バケモンの巨体がつんのめって、狭い廊下を前転する。
「うっしゃ!」
俺はガッツポーズした。黒いロープを張っただけの、単純なトラップ。廊下は教室や外より暗く、奴は俺を追うことに集中してたから気づかなかったんだろう。
"アルファ"が体勢を整える前に、俺はすぐそばにあったトイレに飛び込んだ。
……実はこのトイレにも簡単な細工がしてあった。あらかじめ、窓の鍵を開けといたんだよな。
"アルファ"を転ばせたことで、僅かに生まれた余裕。あいつの視界から逃れた隙に、俺は窓から静かに外に出て、そっと閉めた。
"アルファ"がトイレに突入してきたのは、その直後だった。だが、俺が外に出たとは知らない奴は、閉まった窓に目もくれなかった。
さっき外に出たと見せかけた俺が、教壇の下に隠れてたことが頭を過ったのだろう。バタン、バタンと音がするから、トイレの個室を一つ一つ確認しているのだ。
他にも、ガシャンガシャンすごい音がする。腹立ちまぎれに、トイレの設備を片っ端から破壊してるらしい。
音に引き寄せられたゾンビが、トイレ周辺に続々と集まってくる。奴らは俺に見向きもしないが、俺は奴らにちょっとした用があった。
集まってきたゾンビの中から、条件に合いそうな者を必死で探す。
「……よし、コイツだ」
ゾンビの一人に目をつけて、素早く近寄る。
それにしても俺、自分からゾンビに寄っていくなんて、随分図太くなったな……
