青春とデッドエンド・サバイバル ~普通の大学生が、ゾンビパンデミックを生きのびる方法

 「オォオ………」
 「ウウゥォ…………」
 「おぉ、おー…………」

 ゾンビに紛れこんだ俺は、両手を突きだし、不格好にヨタヨタ歩いていた。

 唸り声や仕草も、必死にゾンビを真似ている。
 人に見られたら黙ってスコップ持って、穴掘って、きっちり埋まらせていただきたい。それくらい恥ずかしい。

 でも、ここに普通の人間はいないし、見てるのはナインだけだもんな。
 つまり、セーフ。限りなくアウト寄りのセーフだ。

 《適合者》でゾンビに狙われないからこそ可能な芸当ではあるけれど……こんなことしてる俺を、どんな気持ちでナインは見てるんだろう、と考えて思考を止めた。
 余計なことを考えてる場合じゃない。

 今は人間のプライドより、「打倒"アルファ"」に集中しろ。
 葛藤は横に置いて、俺はゾンビのふりをしながら、奴にそっと近づいていった。

 "アルファ"は南側のフェンスを乗り越え、小学校の敷地にするりと入り込んだ。ゾンビの大群を意に介することなく、校庭を横切って校舎に向かっていく。
 闇に浮かぶ仄白い怪物は、まるで映画のワンシーンのようで現実味がない。

 "アルファ"は何かを探るように、しきりに頭を動かしていた。目的はおそらく、ナイン。
 しかし「兄」の気配はすれど、校舎の三階に彼がいることまでは分からないようだ。
 ――ナインが言ってた通り、力を使ってない時は、正確な居場所が感知できないんだろう。

 ゾンビに紛れた俺は、"アルファ"との距離を少しずつ詰めていった。
 カサカサと虫のような挙動で、奴はゆっくりと校舎に向かっている。その直線上。その一点で、交差するように。

 そうして──ついに怪物が目の前を横切った。

 深く息を吸う。
 ──チャンスは一瞬だ。

 俺はコートの内側に持っていたペットボトルを取り出し、奴に投げつけるように中身を浴びせた。ガソリンの匂いが辺りに充満する。

 赤い瞳と、俺の視線が交錯する。
 俺を捉えた"アルファ"の目が、すっと細くなった。
 瞬間、氷水を浴びせられたように背筋が冷えた。

 ……こいつは、《《俺を覚えてる》》。

 直感だが、ほとんど確信でもあった。
 やっぱこいつ、普通のゾンビとは何もかも違いすぎる。元がナインと同じ実験体だからか?

 「……っ!」

 "アルファ"が杭のような前足を、俺に向かって振り下ろした。
 宙返りでそれを避ける。
 重力に逆らい、高く飛んだ空中。
 ガソリンで濡らした端切れの布に、ライターで素早く火をつけ、ガソリンまみれになった奴に投げつけた。

 「ガアァァアッッッ!!!」
 「……っしゃ!」

 ボッと音がして、バケモンが炎に包まれた。
 闇を駆逐するように燃え盛る火焔。"アルファ"は身をよじって怒りの咆哮を上げた。
 闇雲に腕を振り回し、周囲のゾンビをはね飛ばした。だが俺には当たらない。

 着地後、ゾンビたちを盾にして走りながら、俺は背中に隠していた鉈を取り出して構えた。
 無人のホームセンターを物色して発見した、一番使えそうな武器がこれだったのだ。
 急いでたからお金は置いてこれなかった。全部が終わったら、払いに戻ろう。

 まあ、「後」があればの話だけどな……いや、ネガティブに考えるのはよそう。

 とにかく"アルファ"が炎に気を取られてる隙に、体のどこかを切り飛ばしてナインの血をぶっかける。大雑把に言うと、そういう作戦だった。
 こいつの表皮は普通のゾンビより固そうだけど、《適合者》のパワーなら何とかなるだろう。

 ……と、楽観視してたさっきまでの自分を責めたい。

 隙を見て背後から接近する。
 蛇のようにのたうつ長い尻尾に、分厚い刃を勢いよく振り下ろす……!

 「ちっ!」

 ──尻尾を一気に切り落とすつもりだった。しかし鉈は、数センチ食い込んだけだった。

 浅い。体重のかけ方が足りなかったか……!
 俺は鉈を引き抜くと同時に、ナインの血液が入ったシリンダーを傷口に押し込んで割った。

 「ウガァ、ガアアッ!!!」

 尻尾がブンブン振り回され、俺の体は人形のように吹き飛ぶ。ほんっとーに、なんてパワーだよ……!
 ぐえっとなりながら地面を転がる。一回転してさっと起き上がり──目を疑った。

 「…………っ!!?」

 これで終わったと思った。意外と呆気なかったな、と。
 だが俺は"アルファ"という存在を、よく理解してなかったようだ。
 怪物は、己の尻尾に前足をぶっ刺し、尻尾の先を無理やり捻じ切ってしまったのだ。

 「嘘だろ……!」

 地面を転がる尻尾の先端部分に、ナインの抗体をぶちこんだ傷がある。
 奴は、自分にとっての猛毒──ナインの《抗体》を体内に入れられたことを悟ったのだ。
 だから、身体中に《抗体》が駆け巡る前に、尻尾を切り落としたのだろう。
 まさに、「蜥蜴の尻尾切り」。

 さらには、短くなった"アルファ"の尾が、みるみる内に元の長さを取り戻していく。何なんだ、この再生能力。俺よりやべえじゃん……

 俺、こいつを倒せるのかな……?
 ここに来て、ヘタレな俺が少しだけ顔を覗かせた。