遂にやってしまった……
ゾンビではなく、人を殺してしまった。
自分が一応人間枠だとすると、浅倉もそういうことになる。だからやっぱり罪悪感はあった。
……だが、あれは正当防衛だろう。
俺が普通の人間なら、十回は死んでたもんな。
不可抗力つーことで、さっさと忘れてしまおう。
そうやって自分に言い聞かせ、何とか感情に折り合いをつけた。
気分は最悪に近かったが、体の方は少し待てば普通に動けるくらいに回復していた。
そういや、"アルファ"と戦った時に折れた肋骨もすぐ治ってたっけ。
動けるようになった俺は、今の騒ぎで病院一階に入り込んでしまったゾンビを、ポイポイ外に放り出した。
チンピラ軍団が割ったガラスもバリケードで塞いでおく。これでよし。
《適合者》って便利だよな……ゾンビには襲われないし、パワーも桁外れだし、再生能力もとにかくヤバい。
とはいえ、この力を使って浅倉みたいになりたいかと聞かれたら、全身全霊で断りたい。
俺はどこまでいってもヘタレで、世紀末をヒャッハーして楽しめる性格ではない。
暴力で他人を支配するとか、「病んでますね……」としか思わないタイプの人間だ。
だってそういうの、面倒くさいじゃん……
俺としては、パンデミックをさくっと終わらせて、またカレーとかカステラとか作れたらいいなーって思ってる。
そんで、雪生さんや夏川先輩、ナインに食べさせてあげたい。そんなささやかな願いで満足なんだ。
そのためにも頑張るぞ。おー。
気合いを入れ直して三階に戻ると、夏川先輩と雪生さんが、二人残った避難者と共に、残りのチンピラを制圧していた。
人間とか普通のゾンビ相手なら、この二人は十分頼りになる。
鉄パイプを握った雪生さん、かっこよすぎて後光が射して見えた。
俺は血塗れのセーターから、着替えの予備としてとっておいたTシャツとジャージに着替えた。
コートは脱いで部屋に起きっぱなしだったから無事だ。良かった。組み合わせとしてはかなり変だが、まあ仕方ない。
痛覚はほとんどなくなったが、気温の感覚は多少残っている。真冬ほどじゃないが、結構寒いんだよな。
コートがないとやっぱキツい。
意識を取り戻した院長は、お礼のつもりなのか、俺たちに大量の食料を分けてくれた。さらに、浅倉にぶんどられそうになった高級車まで譲ってくれた。
下にも置かない扱いである。俺を追い出そうとしたくせに、本当に調子がいい。
とはいえ、朝倉たちをやっつけた感謝で院長たちがそうしてんのかっていうと多分違う。
あの顔は、怪物に怯える者のそれ。ただの恐怖だ。
まあ、今の俺は浅倉と同じか、それ以上のバケモンだし、何人かは俺と浅倉との戦いを目撃したんだろうし。
俺だって自分に驚いてるくらいだもんなぁ。中身はヘタレのままだけど。
チンピラを引き渡し、食料等をいただいて一段落した後。俺らは診察室で、これからどうするか話し合うことにした。
「……なあ秋庭。お前はどうしたい?」
「なんかみんな、俺に出てってもらいたそうっすよね……」
「お前が出ていくなら、オレは一緒に行くぜ」
「私もそうします」
「ぼくも、ここにはいたくない」
ナインはさっきの騒動で目を覚ましていた。雪生さんは彼のケガを消毒し、包帯を巻き直している。この二人も先輩に同意した。
そういえば、この病院に来た理由って、ナインが手を怪我したからだっけ。
外はすっかり夜になっていた。
結局俺たちは、院長の車に貰った物資を積んで、霧ヶ丘病院を去ることに決めた。信頼の置けない場所に居続けて、さらに関係が悪化した場合、収集がつかなくなると判断したからだ。
それを伝えたら、院長はひどくほっとした顔をしていた。
町中の電波はさらに繋がりにくくなっていた。スマホのナビも心もとない。
だが、俺の身体能力があれば、そこまで心配することもないだろう。
ゾンビを操るナインの能力もあるけど、"アルファ"が寄ってくるから、あんまり使えないんだよな。
俺になんかあった時とかの、最後の手段になるだろう。
◇◇◇
夜も遅いということで、俺たちはまたどっかの家に上がり込んで、一夜を過ごすことになった。
今夜からは春日先輩がいない。夏川先輩はやっぱりどこか寂しそうだった。
夕食がわりのラーメンを食べ、明日のルートを話し合う。
「……先輩、この国道はどうすか?」
「幹線道路だから、放置された車で埋まってそうなんだよなぁ」
「その場合は、並行する県道を抜けて……」
話し合いを続けながら、俺はナインをちらっと見た。
少年はさっきからずっと無言だった。
何かを考え込んでいるようにも見えて、それが気にかかっていたが、本人が何も言わないのに根掘り葉掘り聞くのもためらわれる。
俺はそっと様子を見守りつつ、話し合いを続けた。
色々情報を集めたが、感染被害がもっとも酷いのが藤実市内。市外にも相当広がりつつある。
政府は警察消防、自衛隊などの組織を総動員して対応しているが、解決の目処は立っていない。
だが、ワクチンさえあれば希望はある。
機動隊の坂上さんは、ナインを俺たちに託して、しかるべき政府機関に連れていけと言った。
ナインの《抗体》からワクチンが生成できれば、このパンデミックは終わる……はずなんだよな。
俺は、ナインの《抗体》とワクチンに、一縷の望みを託していた。
だが────結果論で言えば、俺の考えた通りにはいかなかった。
ナインの闇に気づけなかったこと。それがすべてだ。
何か出来ることはなかったのか、と後々何度も悔やむことになるが、この時の俺は、それを知る由もなかったのである。
