ガラスを激しく突き破って、地上に落下する。
"アルファ"を巻き添えにアパートのベランダから落ちた時より、遥かに高みから。
地面に激突。
全身で衝撃を受け止める。
だが三階から落ちたってのに、俺も浅倉もほとんど無傷だった。
《適合者》ってのは、呆れるほど頑丈らしい。
二人同時に起き上がって、素早く間合いを取る。
「……へぇー、タイマンがご希望かぁ?」
「狭い部屋で俺たちが暴れたら、他人を巻き込んじまうからな」
「ハーン、お優しいねぇ~」
浅倉がニタリと笑う。
……そう、人がいない方がやりやすい。
人質なんか取られたら面倒だ。
こいつなら絶対、そういう卑怯な手を使うだろう。
会ってまだ少しだが、そう確信できるほど、コイツの言動はゲスだった。
「そーかそーかぁ。《適合者》同士で戦うつーのも面白そーだもんなぁ……んじゃ行くぜッ!」
浅倉が地面を蹴った。
爆発的な推進力で俺に肉薄する。
力任せにブン回されたバットを、横に飛んで避けた。
当たりはしなかったが、風圧で僅かにバランスを崩す。なんつうパワーだ……!
バットを振り回した勢いで、浅倉は体を回転させた。
再び俺の正面を向く。そのタイミングで奴は地面を蹴った。
避けようとしたが、浅倉の方が一瞬早かった。
胸元を掴まれ、壁に叩きつけられる。
「ぐっ!!!」
「ハハハ、お楽しみはこれからだぜーー?」
浅倉が哄笑を上げた。サイケデリックなシャツの下から、ギラリと光る大型ナイフを抜き放つ。
ベルトに挟んで隠し持ってたんだろう。
「……ッ!」
頭を庇って掲げた、俺の両腕。
それが切れ味の良すぎるナイフと、《適合者》の怪力によって、手首のあたりで切断された。
俺の右手がゴトッと地面に落ちる。
左手は皮一枚で、辛うじてぶら下がっていた。
けど、こんな状態じゃ使い物になんねえよ、クソったれ……!
「ギャーハハハハッ!もう終わりか?」
さすがに顔が歪む。
奴はさらに、ナイフを俺の肩に突き立てた。
全力で刃を押し込み、昆虫の標本よろしく、俺をコンクリートの壁に縫い止める。
「なぁ、浅倉様に逆らうとどうなるか教えてやるよ」
──そこからは一方的な暴力だった。
「うぐ、かはっ……」
……人を殴んの、慣れてやがんなぁ。
ボコボコにされながら、そう思った。
「そろそろ死にてぇか?夏川も嬲り殺しにして、すぐにそっちに送ってやっからよォ。あの美人のねーちゃんは、そーだなぁ、どぉしてやろっかなぁー?ハハッ」
蛇のように目を細めた浅倉は、「じゃあな」と俺の頭部に向かって、大きく拳を振りかぶった。
俺の頭部を潰して、終わりにするつもりだ。
《適合者》がいくら頑丈でも、半分はゾンビだ。
頭を破壊されたら、さすがに生存機能を止めるだろう。
今までの殴る蹴るは、瀕死の俺をいたぶって遊んでただけだったらしい。
猫が半殺しの獲物をいたぶるようなもんか……と思ったが、さすがに猫に失礼だと考え直した。
このクズは獣以下だ。
こんな奴に負けてたまるか──
「……ふざけんな。お前には、あの二人に指一本触れさせねえよ」
頭部に向かって、全力で振り下ろされた拳。
それは──俺の両手に止められた。
「は?」
浅倉は不意をつかれてポカンとした。
その間抜け面に向かって、口に中に溜まった血を、ブッと吹き掛ける。
「っ!クソがぁっ!」
「──殴って楽しんでたところに申し訳ないが、俺には、ほとんど痛覚がないみたいなんだ」
血がもろに目に入ったようで、浅倉が顔をかきむしっている。
「てめえぇっ!!」
「なあ、お前はどうなんだ?痛覚、あんの?」
《適合者》なら誰でもそうかは分からない。
ナインの《抗体》を貰った俺と、それより低い確率で《適合》した浅倉とで、どう違うのか。
いずれにせよ、これだけタコ殴りにされても、俺はたいして痛みを感じていなかった。
さらに俺の体は、驚異的な再生能力を発揮していた。
右手は完全に再生。
左手首もとうにくっついている。
浅倉は殴るのに夢中になってて、気づかなかったみてぇだけどな。
視界を失った浅倉からバットを奪い、胸ぐらを掴んで引き倒す。
馬乗りになった俺は、浅倉の頭めがけて、逆手に持ったバットを突き立てるように振り下ろした。
首を捻った浅倉が、紙一重で避ける。
ちっ、外したか……!
コンクリートに当たったバットが、まるで熱した飴のようにひしゃげる。
「てめえ、ぜってぇぶっ殺してやるッ!!!」
「のわっ!」
浅倉が力任せに俺を押し退け、起き上がって距離を取ろうとした。
「逃がすかっ!」
派手な柄シャツの背中を掴み、俺はさっき浅倉がやったように奴を壁に叩きつけた。
地面を強く蹴る。
全体重と勢いを乗せ、浅倉の顔に右の肘を叩き込んだ。
肘がめり込み、浅倉の頭がスイカのように破裂する。
「はあ、はあ……」
力の抜けた浅倉の体が、ずるりと地面にくずおれる。
俺も肩で息をしながら、地面に座り込んだ。
《適合者》といえど、やっぱゾンビと同じで、アタマ破壊されたら終わりかぁ……
そういえば、浅倉の再生能力や痛覚ってどうだったんかな。少しだけ気になったが、永遠に分からない謎になった。
──俺は大きく息を吐き出し、浅倉だったものから少し離れた地面に座り込んだ。
体は返り血でべったり汚れている。
頭を潰した時の嫌な感触が、まだ肘に残っていて、なかなか忘れられそうにない。
だが、これでナインや雪生さん、夏川先輩が多少安全になったのなら、意味があるはずだ。
