緑と金のまだらに染めた、長めの髪。鼻や耳には何個ものピアス。さらに派手な柄シャツを着た、ガタイのいい男。
顔色が異常に悪いそいつは、鷲尾院長に歩み寄って人懐こく笑った後、脅すように顔を近づけた。
「なあ、爺さん。俺ら車探してんのよ。アンタいい車持ってそうだよなぁ。貸してくんねえ?」
「何を、勝手なことを……」
「あ?ゴチャゴチャうっせーな」
「……はがぁっ!!」
男はすっと冷酷な表情になると、いきなり院長を殴り飛ばした。老人は勢いよく壁にぶつかって、床にずるりと倒れこんだ。
その後はピクリともしない。失神したのだろう。
シン、と場が静まり返る。
全員を見渡し、男はヘラヘラ笑った。
「俺、浅倉。人がこんだけいるっつーことは、食料とかも山ほどあんだろ?ここ、今から俺らの拠点にすっから、よろしくなぁ」
避難者たちを一瞬で黙らせた浅倉は、嘲笑を浮かべて彼らを順番に眺めていたが、雪生さんまで来ると、ピタリと視線を止めた。
「おやおやぁ~?」
浅倉が舌なめずりするように、雪生さんをじっと見る。雪生さんの肩がびくっと震えた。
「……ハハッおれ、すげえツイてらぁ。掃き溜めにすっげぇカワイイ子いんじゃーーん!」
人垣をかき分け、ズカズカとこっちに寄って来た浅倉が、雪生さんの顔をずいっと覗き込む。
「いいなぁアンタ。なあ、おれと仲良くしようぜ?」
浅倉がそう言うと、チンピラ軍団から下品な笑い声が上がった。
雪生さんを引き寄せようと、浅倉は無造作に手を伸ばす。が、その手がバシッとはたかれた。
「……やめろ、浅倉」
「あ?……なんだぁ、夏川か。奇遇だな」
浅倉が目を丸くした。
「お前、いっつも咲ちゃんのこと守ってたじゃーん。なに、一緒じゃねえの?この子に乗り換えたとかぁ?」
「はぁ?そんなんじゃねえよ!」
「んーじゃ、咲ちゃん死んじゃったか、ゾンビになったんだぁ?あららぁーカワイソーーー」
「てめえ、うるせえよ!」
「おっと。ハハハ図星か。だっせえ」
激昂した夏川先輩が浅倉に掴みかかろうとしたが、奴はひらりと躱す。
会話から察するに、この浅倉って野郎は、春日先輩が地元ヤンキーに混じって峠コースを攻めてた時の知り合いなんだろう。
確かにガラが悪いなんてもんじゃない。発言もクズすぎる。コイツに対する俺の苛立ちも、じわじわと溜まっていた。
「……浅倉よォ、てめぇ前は目が合うだけでオドオドしてたくせに、ずいぶん調子に乗ってんな。何があった?」
「鈍いなぁ、この顔見てもわかんねえの?今のおれは、ゾンビと人間のハイブリッドなわけ。銃でも持ってこない限り、誰にも負ける気がしねえのよ」
肩を竦めた浅倉が、獰猛に笑った。
「夏川、知ってっか?おれさァ、善人気取りのお前のことが、ずーーーっと嫌いだったんだよなァ、ハハッ」
「……気が合うな。オレもてめぇが大嫌いだぜ」
「フン、相変わらず舐めた口ききやがる。後で後悔すんなよ……お前はあの世で、咲ちゃんと仲良くしとけ。この子はおれが貰ってやっからよォッ!」
浅倉がバットを鋭く振りかぶった。
──だが、それが途中でガッと止まった。俺が掴んで止めたからだ、
振り返った奴の顔が、驚愕に染まる。
「……てめえっ、離せよ!」
「浅倉、《適合者》ならここにもいるんだぜ」
……夏川先輩がなんか勝ち誇ってる。マジやめて。俺は内心バクバクだ。
だが、今の段階で浅倉を叩いておかないと不味いな、と俺は思い始めていた。
ほんの少し接しただけでも、浅倉の狂暴さは群を抜いて厄介だ。放置したら、先輩や雪生さん、ナインだって何をされるか分からない。
そしてこの男に対抗できるのは、今この場では俺だけだろう。
「へえー、お前もハイブリッドかぁー?」
浅倉が俺をまじまじと見て、目を瞬かせた。
「…………そうだが」
「なら、俺ら仲間じゃん!せっかくだから仲良くしようぜ。なぁお前、おれのグループに入んねえ?」
「悪いが断るよ」
「ふーん、そうか」
バットを掴む俺の手を、浅倉が強引に払い除けた。
「じゃあ死んでくれ」
奴は凶悪な顔で笑った。俺の頭を狙って、勢いよくバットを振り下ろす。
俺はそれを間一髪で避けた。
バットが床にめり込み、欠片が舞う。
「……残りは任せろ!」
夏川先輩と雪生さんが武器を手に取った。
その声に弾かれたように、避難者のほとんどが悲鳴を上げ、いっせいに逃げ出す。
気絶した院長も置き去りで、踏みとどまったのは一人か二人だ。
いやいや、先輩たちに加勢しろよ……
まったく調子がいい連中だな……
内心呆れながら、俺は浅倉に掴みかかった、
奴の体をがっちり捕まえて、床を強く蹴る。
俺と浅倉の体は、ガラスを破って宙に浮き、そして引力に引きずられて落下していった。
