青春とデッドエンド・サバイバル ~普通の大学生が、ゾンビパンデミックを生きのびる方法

 
 途中、電波が入る場所を見つけ、夏川先輩に『今からそっち行くっす』とメッセージした。すると、

 『うおおおおーー秋庭、お前生きてたんかーー!??良かったーーー!!!!!!』

 テンション高めの返信が来た。
 こんなに喜んでくれるなんて、後輩冥利に尽きる……と少し泣いた。

 夏川先輩たちは三人とも無事らしい。
 ただ、逃げる途中でナインが手にケガをしたとかで、深刻な状態ではないものの、病院に避難して手当てをしているという。
 そして先輩は、雪生さんも俺の生存を喜んでる、と教えてくれた。
 とても胸がポカポカした。

 安心して気持ちに余裕が出てきたせいか、春日先輩のことを思い出して、泣けてきた。



 ──"アルファ"の容赦ない攻撃と、春日先輩の無惨な最期。それが目蓋の裏に焼きついて離れない。
 ほんの少し前まで元気に笑ってた春日先輩が、もうこの世にいないなんて信じられなかった。
 俺なんかに構ったりしなければ──アパートから早く移動していれば、春日先輩は多分、殺されずにすんだんだよな……
 そう思うと、どんなに悔やんでも悔やみきれなかった。

 だが、くよくよしても状況は変わらない。
 こんな悲劇は一刻も早く終わらせたい。
 そのためにすべきことは分かっている。
 《抗体》を持つナインを、しかるべき場所に、必ず届けなければならないのだ。

 ──あらためて決意した、十数分後。

 「ここだよな……」

 白い建物を眺めながら一人呟く。
 屋上の看板を見上げると、「霞ヶ丘病院」と書かれている。間違いない。

 この病院に来るのは初めてだ。
 ただ大学の入学時、「何かあればここ」と紹介されたので、名前だけは知っていた。
 いくつもの診療科を抱える、大きな総合病院である。

 だが、たくさんの患者や医療関係者で賑わってたはずの病院も、パンデミックの今はひっそりと静まり返っている。
 辺りをうろつく数体のゾンビ以外、動く物もない。

 ただし夏川先輩によれば、避難者は他にもいるらしいので、ゾンビに見つからないように息をひそめているのだろう。

 ……しかし、どこから入ったらいいものか。

 正面玄関はしっかりバリケードで塞がれている。
 窓を割って入れないこともないが、ゾンビも一緒に入り込むだろうしなぁ。
 ……うん。とりあえず、安全に配慮しつつ、入れそうな所を探すしかないか。

 『病院についたっす。正面から入るの無理そうなんで、別の入口を探します』

 夏川先輩にメッセージを送り、俺はゾンビのいる庭をコソコソ横切って、敷地内を探索した。



 建物の裏手に回る。すると壁に取りつけられた金属の格子と、それで塞がれたダクトを発見した。
 孔は地面から三メートル近い高さにある。
 これならゾンビが入りこむことはなさそうだ。

 万一"アルファ"が来ても、あの狭さなら奴は侵入できない。
 ……まあ、"アルファ"なら力業で侵入するだろうから、関係ないか。
 とりあえずあそこから入ってみよう。

 ジャンプして格子を両手で掴み、壁に足をつけて全力でひっぺがす。
 バキッと音がして、案外簡単に格子が外れた。
 《適合者》のパワー凄すぎだろ。
 そこからダクトに体を潜り込ませ、どうにか建物に侵入した。

 ──大人一人がようやく通れるような狭いダクトを匍匐前進で進む。
 途中ネズミと鉢合わせして悲鳴を上げかけたが、根性で耐えた。
 天井裏に張り巡らされた、迷路のようなダクト。
 ある程度進んだ所で、外気を入れるための格子を外し、どこかの廊下に降り立つ。

 「見取り図とかねえかな……あ、あった」

 地図を探してうろついていると、フロアマップと各階の診療科が書かれた案内板を見つけた。
 スマホで写真に撮って、それを見ながら移動する。
 先輩たちは二階の処置室にいる、というメッセージは貰っていた。
 階段を上がって廊下を曲がる。
 すると──人の話し声が聞こえてきた。

 何だか騒がしい。
 近づいてみると、目的地である処置室の前に、十五、六人ほどの人だかりができていた。
 なんでか激しく言い争っている。
 その人だかりの中心に、雪生さんと夏川先輩、ナインがいた。



 「……何の騒ぎっすか?」

 声をかけると、全員一斉に俺に注目した。

 「秋庭じゃねえか!!!」
 「秋庭君……!」

 夏川先輩と、ナインの手を引いた雪生さんが、集団をかきわけて俺に駆け寄る。

 「何とか無事に着いたっす」
 「良かった、お前本当に生きてたんだなァ!!」

 夏川先輩が俺の肩をバシバシ叩く。
 「いた、やめてくださいよ……!」と反射的に言ったけど、体が変化したせいか実はあんまり痛くない。

 「秋庭君、良かった……」

 うわ、なんか雪生さんまで泣きそうになってる。女の子の涙とか焦る……!

 「雪生さんたちが無事で良かった。俺も怪我とかないし、大丈夫だよ!本当、一時はどうなることかと思ったよな!?」

 彼女を安心させようと慌てて捲し立てた。
 息継ぎしたタイミングで、下の方から声がした。

 「……おにいさん、《適合》したんだね。なんとなく、そうなるかもっておもってた」

 視線を下げると、少年の黒い瞳がこちらを見上げていた。
 俺は少年の前で屈んで、白髪の頭をくしゃりと撫でる。

 「ああ、おかげで命拾いしたぞ。ありがとな、ナイン」
 「…………べつに。運のほうがおおきいから。《抗体》があってもなくても、《適合》するときはする」

 照れたのか、ナインはふいっと顔を逸らした。
 ツンデレのツンだな。

 だが、再会を喜ぶ先輩や雪生さんと違って、他の人たちはめちゃくちゃ俺を警戒してる。
 見るからに恐怖を浮かべてる人もいて、少し凹んだ。

 そりゃそうだろうなあ、とは思う。
 俺は自分の手をちらりと見た。
 その辺を徘徊してるゾンビほどではないが、俺の肌は、薄く紫がかった不気味な色に変色していた。
 鏡は見てないが、おそらく顔も同じように変化してるはずだ。
 たしか、目も紅くなってんだっけ。

 「……君は何者だ?」

 ざわつく集団から、初老の男が一歩進み出た。
 表情は固い。だが態度はやたら尊大だ。

 この老人が強気なのは、避難者の集団を従えているから、というのはあるんだろうな。数の力は、まあ頼みにはなる。
 彼の後ろにいる集団は、よく見ると年齢も性別もバラバラで、白衣や入院服の人もいれば、スポーツウェアの人もいた。元々病院にいた人と、外から避難してきた人が混在しているのだろう。

 ただ年齢や格好が違っても、彼らは同じような表情を浮かべていた。
 俺を警戒して、怯えていた。

 「君、名前は?」
 「……秋庭といいます」
 「どこから入ったんだ」
 「一階のダクトっす」
 「失礼を承知で聞くが、……………君は人間なのか?」
 「……ええ。まだそのつもりっすよ」

 自己紹介を終えても、老人の顔から疑念は消えなかった。
 なんだか、困ったことになりそうな予感がした。