青春とデッドエンド・サバイバル ~普通の大学生が、ゾンビパンデミックを生きのびる方法



 今夜の宿が決定し、先輩たちと雪生さんで、荷物を車から下ろした。
 俺は眠ってるナインを抱え、一軒家に移動する。
 時刻はもうすぐ七時。
 辺りはすっかり宵闇に包まれている。

 ひどく静かな夜だった。
 ……時折、ゾンビの呻き声が聞こえてくる以外は。

 ナインは深く眠り続けている。
 研究所から連れ出された、パンデミック終息の鍵を握る、といわれる子供。
 こんな子をどう扱ったらいいんだか、正直俺は計りかねていた。
 すやすや眠ってるのは少しありがたくもある。

 暗がりの中、少年をそっとソファに寝かせ、なるべく物音を立てず食事を用意する。
 この家は電気水道がまだ生きていた。
 キッチンにあった電気ポットで、大学の売店から持ち出したカップ麺をみんなで食べる。
 冷蔵庫にヨーグルトやシリアルがあったので、物足りない俺と夏川先輩は、ついでにそれもいただいた。

 パンデミック以降、食料泥棒ばっかしてる気がするなぁ……
 今朝、コンビニでサンドイッチを諦めたのが遠い昔のようだ。



 その後、ナインは少しだけ起きて、うとうとしながらチョコレートバーを齧ると、再びこてんと寝てしまった。
 寝言のように「力をつかいすぎちゃった……」と呟いてたから、元々疲れやすいのかもな。
 日に当たってなさそうな白い肌や、華奢で細い手足、異質な白髪からもそんな印象を受ける。

 研究所から出たのも初めてのことらしい。
 そりゃ疲れもするだろう。

 ……つーか、こんな小さな子を研究施設に閉じ込め、生ける《抗体》にするなんて、研究所の連中は何考えてたんだろう。
 そんな倫理観のない人間ばかりだったから、今の地獄があるんじゃないのか。
 考えれば考えられるほどに、腹が立って仕方ない。

 ぐっすり寝ている少年に、二階から持ってきたタオルケットをそっとかけてやる。
 その側に腰掛け、これからは楽しいことばっかだといいな、と心の中で少年に呟き、柔らかい白髪を撫でてやった。
 そして俺たち四人もすることがなくなったので、ひとまず休むことにした。



 ──眠りが浅かったからか、夜中にふと目が覚めた。
 耳を澄ませると、みんなの穏やかな寝息が聞こえる。
 暗闇に目が慣れて、雑魚寝したリビングの様子がうっすら視界に浮かび上がった。
 そこで、あれ、と違和感を覚える。
 雪生さんが横になってた場所は、もぬけの殻になっていた。

 思わず半身を起こし、周囲を見回す。
 その時、二階から微かな物音がした。
 少し躊躇ってから、俺は静かに立ち上がって階段を上った。

 ──雪生さんは奥の書斎にいて、窓からそっと夜空を眺めていた。

 「雪生さん……?」
 「ひゃっ!」

 声をかけると、彼女は驚いて肩を揺らし、パッとこっちを振り返った。

 「秋庭君……脅かさないでください」
 「あ、ごめん……」
 「いえ、いいんですけど」

 気まずい沈黙が落ちる。
 俺はなけなしの勇気を振り絞って、「隣行っていい?」と聞いた。

 一応弁解しておく。別にやましい気持ちはない。
 自分で言ってて悲しくなるが、ヘタレの俺にはこんなことすらハードルが高いのだ。

 だって美人の隣に並ぶとか、めちゃくちゃ緊張しちゃうだろ……!
 エベレストに登るのと同じくらい勇気がいるんだよ……!

 首を小さく傾げて「もちろん」という雪生さんは、改めて見ると本当に綺麗だ。
 同じ空気を吸ってるってだけでも、烏滸がましい気分になる。
 こんな状況でなければ、顔見知りになることすらなかったんだろうなぁ……と思いながら、俺も一緒に星空を見上げた。

 「……雪生さん、なにか考え事してた?」
 「そうですね……このパンデミックを生き延びたら、今まで出来なかったことに挑戦しようかなって、思ってました」
 「前向きでいいなぁ。たとえば、どんなことに挑戦しようと思ってたの」
 「友だちを作る、とか」
 「へ!?」

 喉の奥から変な声が出た。
 ……意外だ。

 「……私、実はすごく人見知りで、そのくせ表情が変わらないから、何考えてるかわからないってよく言われるんです」

 雪生さんは恥ずかしそうに俯いた。
 仕草は恥ずかしそうだけど、確かに表情はほとんど変わらない。
 彼女自身が言うように、感情表現があまり得意ではないのだろう。
 彼女は困ったように首を傾げると、そうなった理由を訥々と語ってくれた。

 「……私の実家は居合の道場でした。小さな頃から居合を叩き込まれ、厳しくしつけられたんです」

 だからあの鉄パイプさばきなのか。
 俺はそれを聞いて深く納得した。
 家では、アイドルや流行りの歌に興味を持つことも許されなかったという。
 人見知りで、クラスメイトとの共通の話題がなければ、そりゃ友だちも出来にくいだろう。

 別の見方をするなら、雪生さんは居合で心身を鍛えてたからこそ、躊躇ない一撃でゾンビが倒せたり、異常な状況でも冷静でいられたんだと思う。
 雪生さんの育てられ方が間違ってたなんて、彼女に助けられた俺が言っていい事ではない。

 けれど、友だちが出来ない事は、彼女にとってかなりのコンプレックスでもあるようだった。

 「昔から友だちがなかなか出来なくて、自分でも諦めてたんですよね。私には無理だって。
 でも、秋庭君や先輩たちが、こんな私でも仲間に入れてくれたから……ちょっとだけ頑張ってみようかな、と思ったんです」
 「なら俺に声をかけてくれた時も、すごく勇気出してくれたんだ」
 「はい。実は……ゾンビを倒すのより緊張しました」

 そうなんだ。
 やっぱり彼女は色々すごい。それはさておき。

 「……俺、雪生さんに助けてもらってよかったって心から思ってるよ。つうか、俺たちもう友達だろ」
 「そう……でしょうか」
 「もちろん。あ、そしたら俺も、生き延びたらしたいことが一個ある」

 戸惑う雪生さんに、ニカッと笑いかける。

 「俺、わりと料理好きでさ。時々カレーとか作って友だち呼んだりするんだ。命の恩人の雪生さんにも、ぜひ食べてもらいたい」
 「手作りのカレー……」
 「あっ、こんなんでお礼になんないかな!?それとも、他人の手作りとか嫌だったりする!!?」

 俺は焦って言い募った。
 雪生さんはパチパチと瞬きしている。そして、

 「いえ…………嬉しいです」

 彼女は花が開くように笑った。
 頬がほんの少しだけ赤く染まったように見える。
 俺はといえば──もしかして彼女に聞こえてしまうんじゃないか、と思うくらい、心臓が乱れてヤバかった。

 昼間とは打ってかわって穏やかな夜。
 だが──本当の地獄は、翌朝からだった。