青春とデッドエンド・サバイバル ~普通の大学生が、ゾンビパンデミックを生きのびる方法


 けたたましい音と共に、ガラスが派手に砕け散る。
 続いて、ドンッと重い衝撃に襲われた。
 シートベルトが胸に食い込み、ぐっと息が詰まる。
 脳がシェイクされ、平衡感覚も一気に吹き飛ぶ。
 ボフッと膨らんだエアバッグが、俺をシートに押さえつけて身動きが取れない。

 「むぎぎ……!」

 頭がクラクラするが、意識を飛ばしてる暇はない。

 ──"アルファ"はどうなった。
 エアバッグで前がよく見えない。
 ワゴンで体当たりをぶちかましたが、仕留めきれただろうか。

 いや、それより、ぶっ壊れたエンジンからガソリンが漏れて引火するかもしれない。
 それに今の音で近くにいたゾンビが押し寄せるかも……

 コンマ何秒かの間にそれらの思考が流れていく。だが結論は一つだ。

 早く、ここから逃げなければ。

 「ぐ、ぐぐ……」

 エアバッグを必死に押し退け、俺はワゴンから脱出した。
 散乱したガラスの上を厚底のバスケットシューズで駆け抜け、半壊の売店を転がるように出る。

 「秋庭ァ、こっちだ!早く来いッ!」

 春日先輩の車から、夏川先輩が必死に呼び掛けている。
 走りながら俺は目を丸くした。

 「逃げたんじゃなかったんすか……」
 「んなことするわけねえだろ!つーか早く乗れ、アイツ生きてるぞ!」

 思わず振り向く。
 青白いカマキリのような実験体は、ワゴンと壁の間に挟まれながら、何とかしてそこから出ようと身をよじっていた。
 体当たりは命中したが、ぶっ殺すまではいかなかったらしい。

 「しぶといにも程があんだろ……!」

 もつれそうな足を叱咤して、後部座席に転がりこむ。

 「咲、車出せ!今の音でゾンビが集まってきてんぞ!」
 「わぁかってるよぉー!!みんな掴まってー!!」

 春日先輩が力強くアクセルを踏む。
 集まってきたゾンビを何人か撥ね飛ばし、車が勢いよく加速した。
 もう、可哀想だとか、元人間なのにとか、ゾンビになった人たちを痛ましいと思う余裕なんてない。
 脱兎のごとく、必死に逃げるだけだ。

 ガソリンスタンドが後方に小さくなっていく。
 売店にちらっと目を向けると、崩れかけた壁とワゴンの隙間で、"アルファ"がもがいていた。
 さすがに無傷とはいかなかったようで、あちこちから血を流している。

 ……倒すまではいかなかったが、自分にしてはよくやった。
 あんなとんでもない怪物にダメージを与え、逃げる時間を稼いだのだ。大成功だ。
 ほぼペーパードライバーで、免許証は単なる身分証明書である自分が、車で化物に突っ込んで生還。上出来というほかない。

 ガソリンスタンドがあっという間に遠くなっていく。
 "アルファ"はワゴンを押し戻し、しぶとく壁との隙間から強引に抜け出した。
 赤く濁った獰猛な双眸がこちらを睨みつける。

 目が、合ったような気がした。

 ……ゾッとした。
 あいつは、他のゾンビとは明らかに雰囲気が違う。
 もしかしたら、"アルファ"には、自律した意志と知性があるのかもしれない。
 考えたくもないが、何となくそんな気がした。


 ◇◇◇


 「いやぁ、お前のおかげで命拾いしたわ。ありがとな、秋庭!」
 「それほどでも……」
 「さっきはちぎれた腕にビビってたから、こいつ大丈夫かなと思ってたけど、見直したぜ。さすがオレの後輩!」
 「先輩、見てたんすか……」

 ハンドルにぶら下がってた腕に驚いて、雪生さんにすがりついたのをしっかり見られてたようだ。恥ずかしい。
 はは……と笑って頭をかいていると、隣の雪生さんがそっと声をかけてきた。

 「また助けられてしまいましたね……ありがとう、秋庭君」
 「いや、俺も雪生さんに何度も助けられてるから、お互い様だよ」
 「じゃ、次は私が助けます」
 「うん。ありがとう」

 雪生さんはいつも通り落ち着いていた。
 でもほんの少しだけ笑った。

 ……クール美人のふとした笑顔は破壊力が凄まじい。
 こんな状況で意識したら相手に迷惑だろ、と自分に言い聞かせる。
だが、心臓の乱れはなかなか治まらない。
 これって一種の吊り橋効果なのかなぁ……

  すうはあと深呼吸していると、雪生さんが「大丈夫ですか?」と心配そうに首をかしげた。小鳥みたいでかわいい。
 ふと視線を感じて顔を上げると、バックミラー越しに先輩たちと目があった。

 「……何見てんすか」
 「べっつにー」

 夏川先輩がカハハと笑って肩をすくめた。
 はぁ、と後部座席でため息をつく。

 今回は、考える前に体が動いていた。
 結果、何とかなったわけだが。
 毎回こんなんじゃ、身が持たねえよなあ。
 早くこの町を脱出したい──と俺は切実に願った。


 ◇◇◇


 "アルファ"から逃れ、ガソリンを確保した俺たちは、どこかで一晩明かそうという方向で話がまとまった。
 辺りはもう薄暗い。下手に動く方が危険だ。

 ──その途中。
 俺たちは思わぬ人物と遭遇した。
 白い髪の子供を連れた機動隊員──坂上という男だった。