──背に腹は変えられない。
俺たちは、大学脱出の時と同じ作戦で、ガソリン補給することにした。
防犯アラームが付いていそうな車を、片っ端から殴る──単純だが確実な方法だ。
俺は雪生さんの鉄パイプを、夏川先輩は春日先輩のバットを手に、それぞれ車の左右から狙う。
春日先輩が車を寄せ、殴りやすい側がターゲットの車を全力でぶん殴っていった。
……だが、なかなか当たりが来ない。
「そぉい!!!」
車窓から半身を出した夏川先輩が、すれ違いざまに停車中の車をバットで思いきり殴った。
同時に春日先輩が叫ぶ。
「逃げるよー!どっかに掴まってねーーー!!」
華麗なハンドルさばきで車は加速し、ゾンビの群れをかいくぐる。
後方からはアラームの音が耳を突き刺す。
「よっしゃ当たり!!」
「夏川先輩ナイス!」
六台目にして、俺たちはやっと当たりを引き当てた。
◇◇◇
春日先輩のおかげで、追いかけてきたゾンビは全員振り切った。
路地に隠れ、息をひそめて様子を窺う。
「よーし、うまくいったな」
「そうすね」
アラームの騒音で周辺のゾンビはすっかりいなくなっていた。
スタンドにたむろっていたゾンビたちも、音に引き寄せられ、のたのたと歩いていく。
「ゾンビ、全員いなくなりました」
「よっしゃぁ!!」
「成功すね!」
「やったねーーー!」
全員のテンションが一気に上がる。
俺たちを乗せた車は、そーっとガソリンスタンドに滑りこんだ。
スタンドは無人だった。
物が散乱し、車が何台か放置されている。
シルバーのセダン。水色の軽自動車。運転席のドアが開けっぱなしのワゴン。
何気なくワゴンに目をやった俺は、思わず卒倒しそうになった。
「ひっ、あれ……!」
「……誰かの腕ですね」
思わず雪生さんの肩にすがったが、冷静な返事で我に返った。
また「わわっ!」と驚いて飛び退く。
「ごごご、ごめんね雪生さん……!」
「いえ、大丈夫です。驚きますよね、あれは」
雪生さんは形のよい眉をひそめた。
運転席には、ハンドルを握りしめたままの右腕がぶらんとぶら下がっていた。
腕は肘から先がなく、赤黒い血が滴っている。鍵もつけっぱなしだ。
ガソリンを補給しに来て、ゾンビの犠牲になってしまったのだろう。
とりあえず、腕の主の冥福を祈っておく。
だが、ビビってばかりもいられない。
停車と同時に、夏川先輩がそれぞれに役割を振った。
「咲はガソリン補給、俺は見張りだ。秋庭と柊香ちゃんは、売店で食料補給を頼む!」
「はい」
「うす!」
それぞれの役割を全うするため、俺たちは素早く動き出した。
俺と雪生さんは、買い物カゴを持って店内を見回した。
……床に残る血痕が生々しいが、できるだけ目に入れないようにする。
しかしながら、棚はほとんど空っぽだった。
考えることはみんな同じなんだろう。
「大したもんは残ってねえな……」
「そうですね」
雪生さんがコクリと頷く。その背後。
ガラスの向こうで何かが蠢いた。
咄嗟に雪生さんの手を引いて、勢いよく売店を飛び出す。
同時に、後ろで激しくガラスの割れる音がした。
「な、なんだ!?」
「イヤーッ何あれキモー!!」
こちらを振り向いて、先輩コンビが愕然としている。だがそれに応える余裕はない。
本能が激しく警鐘を鳴らしている。
アレを足止めしなければ、たぶん、俺たちは全滅だ……!
「雪生さん車乗って逃げて!先輩たちも!!」
「どうするんですか、秋庭君、まさか……」
「大丈夫!俺、一応免許持ってるし、友だちの家でグ○ンツーリスモならやったことあるから!」
「グラン……?」
戸惑う雪生さんを先輩たちの方に押しやる。
俺は一人、鍵がついたままのワゴン車に駆け寄った。
千切れた右腕を掴み、車外に放り投げ、運転席に座る。
そして無我夢中で鍵を回した。
「……頼む、かかってくれ!」
俺の願いが通じたのか、ワゴンのエンジンはブルルル、と低く振動しはじめた。
売店に目をやる。
異形の化物は、棚の上を移動し、ゆっくりと床に降りた。
あの異様な姿────間違いない。
背中に氷水を流し込まれたように、ぞっとする。ハンドルを握る手が冷たい。
雪生さんが見せてくれた動画に映ってたあいつだ。
絶望と災厄を振り撒く、ゾンビ以上の化物。
──実験体"アルファ"。
短い胴に、長い手足。杭のように尖った足先。
蜥蜴のような長い尾と、乱杭歯の並ぶ顎。
恐怖で手がカタカタと震えだす。
だが──怯んでる場合じゃない。
不機嫌そうに振り回された長い尾が、棚をなぎ倒して不快な音を立てる。
"アルファ"は、獲物を狙う猫のような低い姿勢でこちらを睥睨した。
今にも店舗入口を突き破って、外に飛び出そうと身構えている。
怖い。けど、今逃げたら、たぶん誰かが死ぬ。或いは全員が。
……勝負は一瞬だ。
「おぉおおぉッッ!!!!!」
俺は、思いきりアクセルを踏んだ。
ワゴンが急発進する。
そのまま加速し、売店の中にいた化物に向かって勢いよく突っ込んでいった。
