藤実市を囲む山々。その東側へと俺たちは向かっていた。
車を走らせること一時間弱。
近づいてきた山の斜面に、白線を引いたような、曲がりくねった細い道が見えてきた。
「あれが峠道なの。じゃ行っくよー!」
血が騒ぐのか、春日先輩はハイテンションだ。
慣れたハンドルさばきですいすいと山道を進んでいく。
思ったより無茶な運転ではない。
用意したビニール袋の出番も、どうやらなさそうだ……助かった。
このまま一気に市外へ脱出できるのでは──とと否応なしに期待が高まる。
だが──俺たちはすぐに、どうしようもない問題にぶち当たった。
「なんだありゃ……事故か?」
夏川先輩が固い声を出す。
「咲、止まってくれ」
「わーかってるー!」
車をキキッと停止させた春日先輩は、窓から顔を出して顔をしかめた。
「うわ、キッツい事故だねー……」
大型トラックが派手に横転し、荷台から大量の土砂があふれていた。
さらに乗用車二台が事故に巻きこまれている。
三台分の車両と土砂で、道は完全に塞がっていた。
「……車、通れそうにないっすね」
「クソッ、運がねえなァ」
「ねえ陽介、あそこにいるのゾンビじゃない?」
「げ、マジか」
春日先輩が指さした方。
ゾンビらしき人物がうろついてる。
トラックか乗用車、どちらかに感染者がいたのだろう。
まだゾンビはこっちに気づいてない。
だが気づいて襲ってきたら厄介だ。
「すみません、アプリに事故の表示がなかったので通れるとばかり……」
ナビを務めた雪生さんが申し訳なさそうに謝る。
「いやいや雪生さんのせいじゃないよ」
「そーそー秋庭のせいだな!」
「いや違うでしょ!」
「ハイふざけるのはそこまでー。そしたら別ルートに向かう?でも、その前にガソリン入れないとマズいかもねー」
メーターを確認した春日先輩が眉を寄せた。
「そしたら最寄りのスタンドを検索しますね。無駄かもしれないけど、事故の通報もしておきます」
「うん、柊香ちゃんよろしくー!」
「げ、ゾンビがこっちに気づきやがった」
夏川先輩が声を上げる。
ゾンビは両腕を突き出す独特のポーズで、ヨタヨタと近寄ってきた。
「それじゃ、町に引き返すよー!」
「頼んます……のわっ!」
「っ……!」
俺が言い終わる前に、春日先輩はギュギューーーと車をUターンさせ、山道を戻りはじめた。
「みんなしっかり掴まってー!」
「お前言うのおっせーよ!!」
ぐわーーーっと加速する車内に、夏川先輩の怒声が響いた。
◇◇◇
「──では、別の山越えルートを探しつつ、最寄りのガソリンスタンドで補給……が当面の目標でよろしいでしょうか」
「「「異議なし」」」
戻り道の途中、雪生さんの確認に、俺と先輩たちは揃って同意した。
そして気分を切り替え、ガソリン補給を試みたわけだが……これがなかなか上手くいかなかった。
ガソリンスタンドには、必ずといっていいほどゾンビの姿があったからだ。
「……くっ、ゾンビ五体!」
「奥にも一体いますね……」
「よし、切り替えて、次いこ次ー!」
「一、二……六体、うわこっちに気づいた!」
「咲、車出せ!!」
「りょーーかい!」
目をつけたガソリンスタンドは、悉くゾンビの溜まり場になっていた。
通りすぎたガソリンスタンドは、すでに三件目。
俺たちは涙を飲んで、それらを後にした。
おそらくだが、市外へ脱出する車がガソリンスタンドに押し寄せ、音や人の気配に引き寄せられてゾンビが集まり、襲われた人もやってきたゾンビも、そのまま居着いてしまったのだろう。
「このままじゃ埒が明かねえなァ」
「もう四時半すね……」
11月後半ともなると日が短い。
日没はもうすぐだ。
夜はかなり冷え込むし、何より視界が悪くなる。
春日先輩の運転は信用できるが、このパンデミックのさなかに、夜の山道を安全に走破できるかというと……
かなり厳しいんじゃないだろうか。
春日先輩も同じことを考えたようで、運転しながら愚痴を溢した。
「……日が暮れる前にガソリン満タンにして、とっとと町を出たかったけど、どこもかしこもゾンビだらけだよねー。ほんっと嫌になるわー」
声は明るかったが、春日先輩の眉は不安そうにひそめられている。
実際、郊外から市街地へ向かうにつれて、ゾンビは明らかに増えていた。
景色も目に見えて変わっていく。
割れたガラス、放置された車、無人の荒らされた店。
町はまるで戦場のような有り様だ。
雪生さんによれば、市内の救急や消防、警察はほとんど機能してないらしい。
荒れ果てた市街地を眺めていると、パンデミックの現実を突きつけられたようで、気が滅入った。
そして少しでも車を停めようものなら、あちこちからゾンビが飛び出してくる。
春日先輩のクレイジーなドライビングテクニックで何とか回避できてはいるが、最初の頃、俺は心臓が口から出そうなくらいビビり倒していた。
「ぐあーっ、このままじゃ町を脱出できねえ!」
夏川先輩がガリガリと頭をかいて唸る。
「そしたら、アラームで引き寄せる作戦またやるー?放置された車なら、その辺にたくさんあるもんねぇ」
「……他に方法がないっすね」
「あの、一つ新しい情報が」
雪生さんが切り出す。
「数時間前、南側の市街地で"アルファ"と自衛隊が交戦したようです。自衛隊の一個小隊が壊滅、"アルファ"も手負いになりましたが、現在も逃走中だと」
「自衛隊が壊滅……嘘だろ?」
「そいつまだ町をうろついてるってことー!?」
「山に逃げてなければそうですね……"アルファ"がゾンビと同じ習性を持ってるなら、アラームで引き寄せてしまうかもしれません」
「マジか……」
市街地の南側というと、この近辺だ。
だが、ガソリンメーターも残り少ない。
俺たちは決断を迫られていた。
