青春とデッドエンド・サバイバル ~普通の大学生が、ゾンビパンデミックを生きのびる方法


 大学周辺に広がる、田んぼの中の田舎道を、春日先輩の白い車はアクセル全開で爆走していた。

 この辺は民家がまばらで、人も少ない。
 よってゾンビも少ないはず。
 ……そんな理由で選んだルートだった。そしてその予想は当たった。

 「ゾンビ、ほとんどいないっすね」
 「この道選んで正解だったなァ」

 「次、どうしよっかー?」

 俺と夏川先輩、そしてスマホを見ていた雪生さんに、春日先輩が尋ねる。

 「脱出ルートは話し合って決めようぜ。けど、今はちょっと休憩させてくれ……」
 「そだねー、みんなゆっくりしてていーよ。運転はあたしに任せてー!」
 「春日先輩ホント頼りになるっす、あざす」
 「ふふ、気にしないでー!」

 礼を言うと、ミラー越しにパチッとウインクを返された。
 俺たちはお菓子を分けあい、車内で休憩を取った。

 窓の外は、延々と田園風景が続いていた。
 研究学園都市になる前の藤実市は、普通の農村地帯だったという。だから市街地を一歩出ると、今も広々とした田んぼが広がっている。

 また、この町は山に囲まれた盆地だ。
 今は紅葉の時期で、遠くに見える山々は所々赤や黄色に染まっていた。
 正しく日本の秋、という風景である。

 なんて平和で長閑《のどか》なんだ……と俺は柄にもなく癒されていた。
 ゾンビに追いかけられた反動か、ありふれた日常の風景にも感動してしまう。
 春日先輩が無茶苦茶に飛ばしてるから、景色自体は爆速で流れていくのだが。

 「とんでもないパンデミックが起きたなんて、嘘みたいだなぁ……」
 「そうですね」

 ポツリと呟いた独り言に、隣の雪生さんがスマホから顔を上げて相槌を打つ。
 だが、一見平穏に見えるこの辺りにも、パンデミックは暗い影を落としていた。

 「……やけに静かっすね」

 鳴いてるのは、遠くのカラスだけ。
 人の気配が全然ない。

 「ゾンビもいねえが、フツーの人間も見当たんねえな。道を走ってる車もいねえ」
 「みんなとっくに避難したんすかね」
 「くそう、オレらもさっさと脱出してえー!」

 短髪をガシガシかき回す夏川先輩に、スマホを見ながら雪生さんが応じる。

 「その市外に行く方法ですが……主要道路は多重事故で通行止め、ゾンビも集結しているので、避けた方が良さそうです……鉄道も、車内や沿線の感染多発で、全線止められていますね」

 落ちついて話す彼女に、大学脱出直後の弱々しさはもうない。
 さくっと気持ちを切りかえ、安全なルートを探っていたようだ。
 このメンタルの強さは見習いたい。
 見かけ倒しでヘタレな俺からすると、とても羨ましい。

 「ならさぁ、山越えルートはどーう?昔っから住んでる地元の人しか知らない、細い山道がいくつかあんのよ。そこから隣街に抜けられるよー」
 「へぇ、春日先輩マジで詳しーっすね」
 「実はこの辺りの暴走族がよく来る、峠攻めのルートなの。あたしも何回か参加したよ、あははー!」
 「あははーじゃねえだろが!」

 すかさずツッコんだ夏川先輩が、後部座席の俺をガバッと振り返った。

 「秋庭、聞いてくれよ!こいつのドライブって、マジで峠攻めばっかなんだぜ!信じられるか!?」

 くわっとした夏川先輩が、春日先輩のドライブについて回想する。

 「ドライブ行くっつーから軽い気持ちで付き合ったらよォ、絶叫マシーン並みのスピードでカーブ攻めるわ、酔うわリバースするわで地獄を見たぜ……ホント死ぬかと思ったわ……!」
 「それはやべーすね……」
 「やべーなんてもんじゃねえよ。お前らが不安になるだろうから言わなかったけどな……!」

 夏川先輩はげっそりしている。
 相当辛かったらしい。「趣味のドライブ」とは一体……
 一方、文句を言われた春日先輩はムッと口を尖らせた。

 「なぁにー、文句あんならアンタが運転すりゃいーじゃーん!なんだかんだ、三回も峠コースに付き合ったくせに!」
 「ぐっ……くやしいが、運転自体はお前の方が上手いって認めてんだよ!悪いか!?」
 「先輩、三回も春日先輩のドライブに付き合うなんてやさしーっすね」
 「うっせー、おめぇは黙ってろ!」
 「いって」

 からかうと、夏川先輩は助手席から俺の頭をポカッと殴ってそっぽを向いた。
 様子を見ていた雪生さんが、少し心配そうに目を瞬かせる。

 「秋庭君……大丈夫ですか?」
 「平気。夏川先輩の照れ隠しだよ。分かりやすいよなぁ」
 「なるほど、照れ隠しですか……」

 後部座席で、顔を寄せあってこそこそ話す。

 「先輩ってコワモテだけど、面倒見いーからさ。春日先輩が暴走族に混じって夜中の峠コースに参加すんの、すげぇ心配して、三回も付き合ったんだと思う」

 夏川先輩らしくて、一周回って笑ってしまう。
 春日先輩のような危なっかしい友人を放っておけず、かといって「女なのに危ねえだろ」と言って趣味をやめさせることもせず。
 リバースしながら、三回も付き合ってしまうのが、夏川先輩という人なのだ。

 「……夏川先輩、外見とのギャップがすげぇよな。俺も人のこと言えないけどさ」
 「それに気づく秋庭君も優しいと思います」

 思いがけず雪生さんにふんわり微笑まれて、ドキドキした。
 ……俺みたいなヘタレに不意打ちの笑顔とか、寿命が縮まりそうだから止めてほしい。

 「珍しく陽介に運転誉められたわー」

 一方、運転席の春日先輩は、コロッと機嫌を良くしていた。
 バックミラーに映る先輩は、子供のように得意気な笑顔を浮かべていた。

 「ほらぁ、陽介のお墨付きだから、後ろの二人も心配しないでねー!」
 「頼りにしてます、春日先輩。そしたら……さっき言ってた山越えルートを目指してみませんか。出来るだけ、その……安全運転で」
 「俺も異存なしっす」
 「他にルートがないならしょーがねぇな!」
 「おっけー!」

 「じゃあいっくよー!」と春日先輩がアクセルをふかす。
 エンジンがブォォォーと唸りをあげた。

 「いやっほーーーい!」
 「うわぁっ!」
 「ぐわっ!だからスピード出しすぎんなっての!!」

 ギュンギュン飛ばす車の中で、俺は「リュックにビニール袋入ってたかな……」などと考えていた。