ビーッ、ビーッと大音量のアラームが周辺に響き渡る。
その効果は絶大だった。
どこからでも聞こえる爆音に、ゾンビの注意は完全にそっちに向いている。
建物内を移動する際は、駐車場に面した窓をガリガリ掻いてるゾンビの後ろを、コソコソ通るだけでよかった。
おかげで最初の目的──第三校舎からの脱出は、いとも簡単に達成できた。
ゾンビに見つかることなく、一階まで降りられたなんてすごい。
この作戦を思いついた雪生さんすごい。
密かに感動する俺と、張りつめた緊張感を保った三人は、第三校舎裏口までやってきた。
そこでいったん足を止めた。
「…………外の様子見るから、静かにしてろよ」
スチール製の扉を前に、夏川先輩が囁く。
俺は若干緊張していた。
ついさっき、花田に襲われた場所だったからだ。
雪生さんに助けられて事なきを得たが、ガリガリと扉を引っ掻いてた花田の姿は、忘れようにも忘れられない。
濁った目、紫がかった白い肌。
言葉も通じないまま襲われる恐怖。
友人の変わり果てた姿を思い出し、俺は暗い気分になった。
花田がまだそこにいたら──また襲われたら。
今度こそ、ゾンビになった友人の頭を潰さなくてはならない。
雪生さんや、先輩たちを守るために。
でも、ヘタレの俺にそれが出来るだろうか……
いや、出来るかじゃない、やらなきゃだめなんだ……!
内心葛藤しつつ、夏川先輩とおそるおそる外を窺った。
そして────ひどく安堵した。
「花田が、いなくなってる…………」
扉の外には誰もいなかった。
ここでもアラームはうるさいくらいによく聞こえている。
音に引かれて、花田も駐車場に行ったのだろう。
俺は深く息を吐き出した。
だが、悲しい現実が目に留まった。
「うわ、俺の自転車、あんなボロボロになって……もう使い物にならねえ……」
通学に使っていた愛用の自転車は、無惨な状態で地面に転がっていた。
「駐車場への通り道ですから……残念でしたね」
雪生さんが、少し眉を下げて慰めてくれた。
彼女の言うとおり、駐車場に向かうゾンビの群れが踏み潰していったのだろう。
自転車くらい、生き延びてまた買い直せばいい。それはわかる。わかるんだけど。
……悲しいものは悲しい。
防犯アラームのために、人の車にさんざん物を落としといて、何か言える立場でもないんだが。
「まあ、元気出せよ秋庭!」
「いてっ……」
パイプ椅子を担いだ夏川先輩に、背中をバシンと叩かれた。やっぱり地味に痛い。
だが、おかげで気分を切り替えられた。
落ち込んでる暇はない。
俺は改めて他の三人を見回した。
それぞれ武器を携えていて、脱出に挑む姿は気合い十分だ。
夏川先輩は、担いでるパイプ椅子で戦うらしい。
同好会でも一、二を争うパワープレイヤーだから、あれをブン回してゾンビを追い払ってくれるだろう。
そういえば屋上に出た時、自分もあの椅子で袋叩きにされる所だったなぁ。
雪生さんが止めてくれなかったら、今ここに自分はいなかったかもしれない。
改めて彼女には感謝した。
「……第二駐車場まで、約二百メートル。建物が間に建ってるので、あの辺はおそらくアラーム音が届きません。周辺にはゾンビが多数うろついてるはずです。慎重に行きましょう」
雪生さんが改めて注意を促す。
彼女の武器は、俺と合流した時から変わらず、血糊が付着した鉄パイプだ。
彼女の奮闘ぶりを示す勲章だけど、なかなか物騒な見た目であることは否めない。
「柊香ちゃん冷静ー!頼もしいなぁ」
春日先輩はしきりに雪生さんに感心していた。
そんな先輩の武器は、屋上で拾ったという金属バット。
長すぎず重すぎず、女子の武器としては使い勝手が良さそうだ。
そして俺の武器は、売店で見つけた消火器。
本当はもう少しリーチの長い武器が欲しいところだが、新しい武器を調達する余裕はない。
当面はこれで何とか身を守るしかない。
「じゃあ行くぞ!」
夏川先輩がゆっくりドアノブを回す。
彼を先頭に、俺たちはそっと表に出た。
◇◇◇
物陰に隠れながら、静かに第二駐車場へ移動する。
第三校舎から離れるにしたがって、ゾンビの数は次第に増えていった。
俺たち四人の緊張も高まっていく。
「……よし、次!」
「ちょーっ、先輩待ってください!」
建物の影から出ようとした夏川先輩を、服を引っ張って止めた。
しんがりの俺には、建物を繋ぐ渡り廊下にゾンビが三人、フラフラとさまよってるのが見えていた。
夏川先輩からは死角になる位置である。
「あっぶねえ……サンキュ、秋庭」
「いえ……」
俺もほっと息を吐く。
先に相手を発見して良かった、と思うのは俺も一緒だ。
動きが鈍いとはいえ、ゾンビのパワーは桁違い。
こっちには女子もいるので、三体同時に相手取るのはかなり厳しい。
もたもたしてる間に、ほかのゾンビも寄ってくるだろう。
壊れたロボットのような動きで、三人のゾンビはふらふら通りすぎていく。
それを待って、俺たちは建物の影から出た。
そうして慎重に移動し、ようやく目的地の第二駐車場が見える位置まで来た。
◇◇◇
「あたしの車、あの辺なんだけど……行けるかなぁ?」
春日先輩は広い駐車場の一角を指して、他のメンツを振り返った。
「確かに、ちょっと遠いっすね……」
「だよねー、第二駐車場の周りって、身を隠せるような建物もないし……」
春日先輩が困った顔になる。
この第二駐車場は、遮蔽物の少ないひらけた場所にあった。
先輩の車に辿り着くまでの間は、無防備な姿を晒すことになりかねない。
だが車さえ確保できたら、格段に移動が楽になる。何としても手に入れておきたかった。
「ちっ、この辺りまで来ると、やっぱゾンビも多いよなァ……」
夏川先輩が舌打ちした。
実際、周辺にはフラフラとさまようゾンビが何人もいる。
どうしたら彼らに見つからず、春日先輩の車へ到達できるのか。
ああだこうだと四人で話し合っていた──その時だった。
ふと、俺の背後に影が落ちた。
ゾクリと背筋が冷える。
「…………グワァアッ!」
「ッ!」
一体のゾンビがすぐ手の届く距離にいた。
車を確保することに気を取られ、周囲への警戒が疎かになっていたのだ。
不意を突かれ、三人が動けないなか、雪生さんは即座に反応した。
ボグッ!
雪生さんが鉄パイプでゾンビを殴り倒す。
正確に頭をかち割られたゾンビが、ドサッと音を立てて倒れた。
「柊香ちゃん……ありがとー!」
「しっ、春日先輩、静かに」
気づかないでくれ、という願いも空しく、近くにいた数人のゾンビが音に反応して振り返った。
──見つかった。
「もう、隠れて逃げ回るのは難しいです。春日先輩の車まで走りましょう。先輩、先導してください!」
「ひいっ、わかったー!」
「落ち着け、咲!鍵用意しろ!」
雪生さんの決断に全員が従う。
いっせいに建物の影から飛び出すと、全力で走り出した。
