青春とデッドエンド・サバイバル ~普通の大学生が、ゾンビパンデミックを生きのびる方法


 雪生さんの作戦を実行するために、俺たちは早速動き出した。

 屋上東側の柵を乗りこえた先輩二人は、庇の縁から下を覗き込んでいる。
 その下は駐車場だ。
 五階に相当する高さだが、先輩たちは怖がるどころか、「手前ならいけそうだな」「そうねえ」などと普通に会話している。
 すごい。元から度胸がある人たちだと思ってたが、予想以上に頼もしい。
 俺、高い所もわりと苦手なんだよな……

「壁際に停まってる車なら、普通に当てられると思うぜ」
「……わぁーお、教授のみなさんイイ車に乗ってらっしゃるー!……でもさー、傷つけて後で弁償しろって言われたらどーしよー!?」
「そん時はみんなで働いて弁償したらいいんすよ!」
「生き残れば、どうとでもなりますから」
「う、うん、そーだね!」

 俺と雪生さんの説得に、春日先輩は頭をかいて明るく笑った。
 彼女もいつもの調子を取り戻しつつあるようだ。
 それに関しても、良かったなぁ、と思う。

 ──さて、今からやる作戦はこうだ。
 何台かの車の防犯アラームを作動させ、近くにいるゾンビを一ヶ所に集める。
 次に、ここから二百メートル離れた、第二駐車場に移動する。
 春日先輩は車通学で、愛車は第二駐車場に停めてあるという。
 車が確保できたら、それに乗って逃げる。
 大まかに言うとこんな感じだ。

 下を見て目測していた夏川先輩が、「なあ、咲」と春日先輩を呼んだ。

「どの車が防犯アラームついてそうか分かるか?」
「んー。あの赤いのとかかなぁ。盗難されやすい車種上位だからねー」
「了解、あれから狙うか」

 頷く夏川先輩に、春日先輩は柵から身を乗り出して、「あれとー、あと、あっちも可能性高い!」と次々に車を指さす。

「詳しいっすね、春日先輩」

 意外だ。
 驚いている俺に、春日先輩がふふっと笑った。

「あたしねードライブが趣味なの!車もわりと詳しいよ。お父さんが車好きだからその影響ー」
「へーすごいすね」
「うふふ。だから運転は任せてー!」
「春日先輩、頼りにしてます」

 腰に手を当てて胸をそらす春日先輩に、雪生さんはペコッと頭を下げた。

 車が確保できたら運転手をやってもいい、と春日先輩は自ら申し出ていた。
 自分の車だからなのかと思っていたが、運転に自信があると言われると、安心感が違う。
 偶然集まったメンツだが、やはりこのメンバーは心強い。

 ちなみに俺はペーパードライバーだ。
 運転に関してはまるで役に立たないので、申し訳なく思う。
 別の所で役に立てたら……いいのかな。適材適所で。

 さて──車のピックアップも終わり、いよいよ実行、という段になった。
 夏川先輩は庇の縁から立ち上がって、不敵に笑った。

「よっしゃ、やるかぁ!秋庭ぁ、落とすもん持ってこーい!」
「了解っす!」

 俺はバリケードの所に走って、折り畳み式のパイプ椅子を五個持って戻ってくる。
 その一つを柵の向こうにいる夏川先輩に渡すと、先輩は下を見ながら狙いを定めた。

「そぉいっ!」

 気合いの入った掛け声と共に、夏川先輩がパイプ椅子をゆるく放り投げる。
 椅子が重力にしたがって落下していく。
 そして──吸い込まれるように、赤の4WDに命中した。

 ガッシャン!とパイプ椅子が車の屋根部分に激突する。途端に、ビーッ、ビーッとけたたましいアラームが鳴り響いた。

「うおおぉぉっ、幸先いいぜー!」
「夏川先輩さすがっす!」
「陽介ナーイス!やったね柊香ちゃん!」
「はい!」

 春日先輩と雪生さんが、ぱちーんとハイタッチする。
 夏川先輩もやる気に火が付いたようで「おっしゃあ!」とガッツポーズした。

「次いくぞ!秋庭、椅子を寄越せえ!」
「はい!」

 俺が次々とパイプ椅子を渡し、夏川先輩がそれを放り投げていく。
 最終的に、俺達は三台の防犯アラームを鳴らすことに成功した。


 ◇◇◇


 ──十五分後。
 俺達四人は屋上からそっと顔を出し、固唾を飲んで駐車場を見守っていた。

「うげぇ……」
「気持ちわるー………」

 夏川先輩がげっそりと呻き、春日先輩はうえっと呟く。

「ヤバイすね……」

 俺も先輩組に同意した。
 現在、屋上からの眺めは人生最悪と言ってよかった。

 音に引き寄せられたゾンビが大量に押し寄せ、今や職員用駐車場は、足の踏み場もないゾンビ密集地帯。
 防犯アラームが鳴っている車の周りは特に過密状態で、車の屋根によじ上ってる奴までいる。
 さらにゾンビの腐臭が、風に乗ってこの屋上まで届いていた。えずきそう……おえ。

「都会の通勤ラッシュよりひどいですね」

 淡々と雪生さんが呟く。
 ゾンビの中には、よく見ると腕がもげていたり、首の肉が抉れていたりと、凄惨な姿の者が多い。
 ゾンビに襲われ、感染した人たちだろう。そのことが俺らをさらに憂鬱な気分にした。

 一歩間違えたら自分もああなっていた。
 まったく他人事ではない。
 俺がゾンビにならなかったのはひとえに運が良かっただけで、雪生さんに助けてもらえた、というその一点に尽きた。

「まだまだ来るねー」

 春日先輩がぼやいた。
 ゾンビは絶え間なくやってくる。俺もつられてため息をついた。
 だが──少し経つと、状況に変化が現れた。

「……新たにやってくるゾンビが減ってきましたね」

 雪生さんの指摘に、三人が頷く。

「ゾンビの現れる間隔が、ドドドー!からド ド ド……になって、今はパラパラって感じか」
「あのさぁ陽介、言いたいことは分かるけど、なんか頭悪そーだよ……」
「なんだと、咲!」
「夏川先輩落ち着いて。雪生さん、これ以上は待ってても増えなさそうだね」
「うん、付近のゾンビは集まりきったとみていいと思います」

 俺の言葉に雪生さんが頷く。

「じゃあそろそろ行くか」

 夏川先輩の言葉を合図に、俺含めた三人も動き出す。
 バリケードを静かに崩し、様子を窺いながらドアを開け、そっと校舎の中に入った。