神晶の社・北側区域の端には、一棟の蔵がある。
昔から、その場所にはある噂が囁かれていた。
曰く――あそこは〝危険〟と判断された狛人を幽閉するための場所だ、と。
◇◇◇
影朧の教育係を任されてから、一週間が経った。
友人となった彼と仕事や食事を共にするうちに、自然と距離は縮まり、良好な関係を築けている。
正午を告げる鐘が鳴る。
今日も午前中は、いつも通り見回りの仕事をこなした。
ちょうど今、妖怪を一体討ち終えたところだ。なので二人とも、妖怪の姿の状態。
「お昼になりましたね」
「うん。今日も一緒に食べよ」
「はい——」
返事をした影朧が、ふと千咲の背後に視線を向けた。
「……? どうしたの?」
尋ねると、彼はふふ、と柔らかな笑みを浮かべる。
「何か、嬉しいことでもありましたか?」
唐突な問いに首を傾げていると、影朧は自分の腰のあたりを指し示した。
釣られて後ろを振り返ると、尻尾がぱたぱたと元気よく揺れている。
「——っ」
千咲は慌てて、ぎゅっと尻尾を掴んだ。表情には出さないものの、身体の内側が一気に熱を帯びる。
犬神形態のとき、嬉しいことがあると尻尾が揺れてしまうのは昔からの癖だ。だが、会ってまだ日も浅い彼に気付かれるとは思ってもみなかった。
「……明日、繰実ちゃんと映画観に行くから。それで……」
「なるほど。それは楽しそうですね」
穏やかに言われ、千咲は小さく視線を逸らした。
恥ずかしさはあるけれど、不思議と、悪くない気分だった。
◇
そして迎えた翌朝——。
「ごめーんっ、サキちゃん! 急に実家から呼び出されちゃって……映画、行けなくなっちゃった!」
食堂で顔を合わせるなり、繰実の第一声はそれだった。
「そっか……なら、仕方ないね」
千咲は卵焼きをもぐもぐと頬張りながら、相槌を打つ。
一緒に出かけられないのは残念だが、こればかりはどうしようもない。
「気をつけて行ってきてね」
「うんっ。本当にごめんね! 今度、何かで埋め合わせるから! ——あ、それと……これ」
そう言って、繰実は映画のチケットを差し出してきた。
「もったいないからさ。誰か誘って行ってきなよ。それじゃ、私そろそろ行くね!」
繰実はそう言い残し、ぱたぱたと食堂を後にする。
チケットを手にした千咲は、しばし悩んだ。
親しい人物は多くない。響牙は出張中、克巳も今日は仕事だ。
「——あ」
不意に、彼の顔が思い浮かぶ。
そうだ、彼を誘ってみよう。
思い立つと同時に、千咲は空になったお盆を持って席を立った。
昔から、その場所にはある噂が囁かれていた。
曰く――あそこは〝危険〟と判断された狛人を幽閉するための場所だ、と。
◇◇◇
影朧の教育係を任されてから、一週間が経った。
友人となった彼と仕事や食事を共にするうちに、自然と距離は縮まり、良好な関係を築けている。
正午を告げる鐘が鳴る。
今日も午前中は、いつも通り見回りの仕事をこなした。
ちょうど今、妖怪を一体討ち終えたところだ。なので二人とも、妖怪の姿の状態。
「お昼になりましたね」
「うん。今日も一緒に食べよ」
「はい——」
返事をした影朧が、ふと千咲の背後に視線を向けた。
「……? どうしたの?」
尋ねると、彼はふふ、と柔らかな笑みを浮かべる。
「何か、嬉しいことでもありましたか?」
唐突な問いに首を傾げていると、影朧は自分の腰のあたりを指し示した。
釣られて後ろを振り返ると、尻尾がぱたぱたと元気よく揺れている。
「——っ」
千咲は慌てて、ぎゅっと尻尾を掴んだ。表情には出さないものの、身体の内側が一気に熱を帯びる。
犬神形態のとき、嬉しいことがあると尻尾が揺れてしまうのは昔からの癖だ。だが、会ってまだ日も浅い彼に気付かれるとは思ってもみなかった。
「……明日、繰実ちゃんと映画観に行くから。それで……」
「なるほど。それは楽しそうですね」
穏やかに言われ、千咲は小さく視線を逸らした。
恥ずかしさはあるけれど、不思議と、悪くない気分だった。
◇
そして迎えた翌朝——。
「ごめーんっ、サキちゃん! 急に実家から呼び出されちゃって……映画、行けなくなっちゃった!」
食堂で顔を合わせるなり、繰実の第一声はそれだった。
「そっか……なら、仕方ないね」
千咲は卵焼きをもぐもぐと頬張りながら、相槌を打つ。
一緒に出かけられないのは残念だが、こればかりはどうしようもない。
「気をつけて行ってきてね」
「うんっ。本当にごめんね! 今度、何かで埋め合わせるから! ——あ、それと……これ」
そう言って、繰実は映画のチケットを差し出してきた。
「もったいないからさ。誰か誘って行ってきなよ。それじゃ、私そろそろ行くね!」
繰実はそう言い残し、ぱたぱたと食堂を後にする。
チケットを手にした千咲は、しばし悩んだ。
親しい人物は多くない。響牙は出張中、克巳も今日は仕事だ。
「——あ」
不意に、彼の顔が思い浮かぶ。
そうだ、彼を誘ってみよう。
思い立つと同時に、千咲は空になったお盆を持って席を立った。


