◇
昼食後、宣言通りに主要施設を巡ること数十分。
広い敷地を歩き回っているうちに、千咲は少しお腹が空いたので自販機で菓子を買った。
「どうぞ」
箱を開け、中に入った二袋のうち一つを影朧へ差し出す。
「あ——ありがとうございます」
影朧は受け取った袋をスラックスのポケットへしまった。
「あとは——神晶石の間だね」
千咲は菓子をぽりぽり食べながら言う。
「地下にあるんですよね、たしか」
「うん、エレベーターはこっち」
そう言って千咲は、まだ菓子をかじったまま歩き出した。
エレベーターの中。静かな密室に、機械が降下する低い振動音だけが響く。
影朧は天井の表示灯を見上げ、千咲は手にした菓子を食べ終えると、くしゃっと袋を丸めてポケットに押し込んだ。
ポーンと音が鳴り、ドアが開く。
地下一階へと辿り着いた。
目の前には長い長い一本の廊下。ひんやりとした空気が二人を包む。
千咲に先頭に、奥へと進む。
最奥には重厚な扉。
千咲が開くと、薄暗い巨大な空間が姿を現した。
天井は高く、広さは体育館を優に超える。
灯りは最小限に抑えられており、壁際に並んだ古風な行灯がぼんやりと光を揺らしている。
静けさは耳鳴りがするほどで、足音さえも吸い込まれていくようだった。
そして——。
空間の中央に、それはあった。
暗闇の中で微かに青白く脈動する巨大な勾玉
人の背丈を軽く越えるほどの大きさで、まるで深海魚のように台座の上で浮いている。
表面は陶器のように滑らかで、時折液体のような光がゆっくりと渦を巻いていた。
影朧の方を見ると、その神秘的な光景に圧倒されているようだった。
眼鏡の奥の赤い瞳は、勾玉に釘付けである。
「ここが神晶の間。そして、目の前のアレが神晶石」
千咲が前へ歩み出すと、影朧もその後ろに続く。
「神晶石が生み出す結界の力はね、霊力が原料なの。だから、ここで暮らす人たちは一日一回、神晶石に霊力を供給する義務があるんだよ。——今からやってみるね」
千咲は影朧に見せるように、そっと手を合わせた。
身体からふわりと何かが抜けていく感覚。目に見えない力が、神晶石へと吸い込まれていく。
途端、巨大な勾玉の内部で渦巻く光が強く脈動した。
青白い光は濃さを増し、まるで心臓が一拍だけ大きく跳ねたかのように、ぼうっと周囲へ光が広がった。
影朧の指がピクリと震える。驚きとも、興奮ともつかない微かな反応だった。
「こんな感じ。やってみて」
「はい」
影朧は千咲の動きを真似て、胸の前で静かに手を合わせる。
数秒後、神晶石は先程と同じように、青白い光を一段と強めて部屋全体を照らした。
「上手」
千咲は口元を小さく緩め、影朧も嬉しそうに微笑んで「ありがとうございます」と頭を下げる。
「供給は好きな時間にやればいいから」
「分かりました」
「それじゃあ、上に戻ろ」
二人は神晶石の間を出て、静かな廊下を並んで歩き、エレベーターへと向かった。
扉が閉まり、淡い振動とともに上昇が始まる。
しばらく沈黙が続いた後、影朧が「そういえば……」と控えめに口を開いた。
「響牙さんから聞いたのですが、神晶石に願いをすると叶う、って。本当なんでしょうか」
千咲の顔を窺うように小首を傾ける。
「……迷信だよ、あんなの」
思ったより冷たい声が出てしまい、千咲は内心でハッとした。
「——四鬼崎さんは叶えたい夢、あるの?」
誤魔化すように話題を変えて問いかける。
「今は特に。つい最近、長年の願いが叶ったばかりですから」
影朧は柔らかく微笑んだ。
千咲は「そう」とだけ返し、それ以上は何も聞かなかった。
昼食後、宣言通りに主要施設を巡ること数十分。
広い敷地を歩き回っているうちに、千咲は少しお腹が空いたので自販機で菓子を買った。
「どうぞ」
箱を開け、中に入った二袋のうち一つを影朧へ差し出す。
「あ——ありがとうございます」
影朧は受け取った袋をスラックスのポケットへしまった。
「あとは——神晶石の間だね」
千咲は菓子をぽりぽり食べながら言う。
「地下にあるんですよね、たしか」
「うん、エレベーターはこっち」
そう言って千咲は、まだ菓子をかじったまま歩き出した。
エレベーターの中。静かな密室に、機械が降下する低い振動音だけが響く。
影朧は天井の表示灯を見上げ、千咲は手にした菓子を食べ終えると、くしゃっと袋を丸めてポケットに押し込んだ。
ポーンと音が鳴り、ドアが開く。
地下一階へと辿り着いた。
目の前には長い長い一本の廊下。ひんやりとした空気が二人を包む。
千咲に先頭に、奥へと進む。
最奥には重厚な扉。
千咲が開くと、薄暗い巨大な空間が姿を現した。
天井は高く、広さは体育館を優に超える。
灯りは最小限に抑えられており、壁際に並んだ古風な行灯がぼんやりと光を揺らしている。
静けさは耳鳴りがするほどで、足音さえも吸い込まれていくようだった。
そして——。
空間の中央に、それはあった。
暗闇の中で微かに青白く脈動する巨大な勾玉
人の背丈を軽く越えるほどの大きさで、まるで深海魚のように台座の上で浮いている。
表面は陶器のように滑らかで、時折液体のような光がゆっくりと渦を巻いていた。
影朧の方を見ると、その神秘的な光景に圧倒されているようだった。
眼鏡の奥の赤い瞳は、勾玉に釘付けである。
「ここが神晶の間。そして、目の前のアレが神晶石」
千咲が前へ歩み出すと、影朧もその後ろに続く。
「神晶石が生み出す結界の力はね、霊力が原料なの。だから、ここで暮らす人たちは一日一回、神晶石に霊力を供給する義務があるんだよ。——今からやってみるね」
千咲は影朧に見せるように、そっと手を合わせた。
身体からふわりと何かが抜けていく感覚。目に見えない力が、神晶石へと吸い込まれていく。
途端、巨大な勾玉の内部で渦巻く光が強く脈動した。
青白い光は濃さを増し、まるで心臓が一拍だけ大きく跳ねたかのように、ぼうっと周囲へ光が広がった。
影朧の指がピクリと震える。驚きとも、興奮ともつかない微かな反応だった。
「こんな感じ。やってみて」
「はい」
影朧は千咲の動きを真似て、胸の前で静かに手を合わせる。
数秒後、神晶石は先程と同じように、青白い光を一段と強めて部屋全体を照らした。
「上手」
千咲は口元を小さく緩め、影朧も嬉しそうに微笑んで「ありがとうございます」と頭を下げる。
「供給は好きな時間にやればいいから」
「分かりました」
「それじゃあ、上に戻ろ」
二人は神晶石の間を出て、静かな廊下を並んで歩き、エレベーターへと向かった。
扉が閉まり、淡い振動とともに上昇が始まる。
しばらく沈黙が続いた後、影朧が「そういえば……」と控えめに口を開いた。
「響牙さんから聞いたのですが、神晶石に願いをすると叶う、って。本当なんでしょうか」
千咲の顔を窺うように小首を傾ける。
「……迷信だよ、あんなの」
思ったより冷たい声が出てしまい、千咲は内心でハッとした。
「——四鬼崎さんは叶えたい夢、あるの?」
誤魔化すように話題を変えて問いかける。
「今は特に。つい最近、長年の願いが叶ったばかりですから」
影朧は柔らかく微笑んだ。
千咲は「そう」とだけ返し、それ以上は何も聞かなかった。


