「四鬼崎……」
——知ってる。
狗紙家と同じく、狛人の名家だ。
ここで千咲は今朝友人が言っていたことを思い出した。
「もしかして、新しい人?」
「はい、本日からお世話になります」
洗練された所作で恭しくお辞儀をする彼。
——随分と丁寧な人。
そんな感想を抱いたのと同時に、正午を告げる鐘が響いた。
「ああ、お昼になったようですね。……すみません、食堂はどちらでしたっけ? 来たばかりでまだ覚えてなくて……」
「案内するよ、私もそこで食べる予定だから」
「本当ですか? 助かります」
「こっち。——あっ」
歩き出そうとしたところで、千咲ははっと思い出した。
「さっきは、助けてくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる。
「いえいえ。ご無事で何よりです」
影朧は眼鏡の奥で目を細め、人当たりの良い笑みを浮かべた。
そんなささやかなやりとりを挟み、二人は並んで食堂へ向かっていった。
◇
食堂は昼時で込み合っており、ざわめきと調理の音が交ざり合う。
千咲と影朧は空いていた四人がけの席に腰を下ろし、斜め向かいに座るかたちとなった。
「この鯖味噌、とても美味しいですね」
「うん。ここの料理はどれも逸品なんだよ」
千咲は頷き、ほろりと崩れる鯖の身を口に運びながらほくほくとした表情を浮かべる。
「サキちゃんっ。あ、四鬼崎さんとももう会ってたんだ!」
ぱっと明るい声とともに、繰実が唐揚げ定食のお盆を抱えて近付いてきた。
影朧にも挨拶を交わし、「隣、座っていい?」と尋ねてきたので、千咲は「いいよ」と返した。
それから三人でしばらく雑談が続いた。食堂のざわめきに、自分達の声が溶け込んでいく。
会話の合間、千咲はふと影朧を横目に観察した。
歳は自分より一、二歳ほど上だろうか。
肌は驚くほど白く、ほとんど日差しを浴びたことがないかのようだ。
背丈は同年代の平均をゆうに超えている。ここへ来る途中、並んで歩いたときに改めてそう感じた。
「それにしても珍しいね。その歳になるまで、ここに来たことがないなんて」
繰実が興味深そうに言う。
会話の中で、影朧の年齢が判明した。十八歳とのことだ。
神晶の社に定住する狛人の年齢はさまざまだが、それでも幼い頃に親に連れられて何度か訪れるのが普通である。
「少し前まで病を患っていたものですから。外で活動する経験自体、あまりなくて」
影朧が穏やかに答える。
「えっ、そうだったの? 大変だったね……無理しないでね」
繰実は目を丸くし、心配そうに声をかけた。
こちらの視線に気付いているのか、いないのか——影朧は繰実と自然に会話を続けている。
肌の白さはそれが原因かと納得した。
——でも、その割には……。
身体つきはしっかりしている。とても長年病床に伏していたとは思えなかった。
「そういえばサキちゃん。さっき響牙ちゃんが探してたよ」
「響牙ちゃんが?」
キョロキョロと辺りを見渡す
すると丁度、話題に上がった人物が食堂に入ってきた
黒髪のウルフカットの女性。
歳は二十代後半。
名を犬噛響牙という。
千咲と繰実にとっては、姉のように慕う存在だ。
千咲が手を振ると、こちらに気付いた響牙が歩み寄ってきた。
「やぁ、ここにいたんだね。早速仲良くなってるようで何より」
響牙がいつもの穏やかな調子で声をかける。
「私に何か用事、あるの?」
千咲が箸を進めながら尋ねると、続けて答えた。
「千咲ちゃんにね、影朧の教育係をお願いしたいんだ」
「教育係?」
「そう。ここでの生活や仕事の流れとか、色々と教えてあげてほしくて」
誰かの教育係を任されるのはこれが初めてだ。
だがこれも経験だと、心の中で自分に言い聞かせる。
「うん、分かった」
「ありがとう、助かるよ」
響牙はほっとしたように微笑んだ。
「本当は私がやる予定だったんだけどね、急遽、現世に行くことになっちゃって」
「強い妖怪が出たの?」
「まぁ、そんなところ」
結界は妖怪を〝侵入しづらくする〟ためのもので、完全に遮断出来るわけではない。
現世での退治は基本的に退魔師が担当するが、強力な妖怪が現れた場合は神晶の社にいる狛人へ直接要請が入ることもあった。
「今日はとりあえず、影朧に主要施設を案内してくれればいいよ。明日からは一緒に見回りの仕事にあたって。この子も戦闘要員だからね」
響牙の言葉に、千咲はこくりと頷いた。
「それじゃあ、私は行くね。影朧、くれぐれも千咲ちゃんに迷惑かけないようにね」
「はい。響牙さんもお気をつけて」
響牙が軽く手を振って食堂を出ていった後、千咲はそっと尋ねた。
「響牙ちゃんと知り合いなの?」
「はい。幼い頃から、何かと良くしていただいています」
「へぇー、うちらと一緒だ」
繰実がにっこり笑った後、影朧は千咲に向き直り、丁寧に頭を下げた。
「改めて……どうぞよろしくお願いいたします」
「うん。——ご飯を食べ終わったら、さっそく案内するよ」
「ありがとうございます」
こうして、千咲の新たな役目が、静かに幕を開けた。
——知ってる。
狗紙家と同じく、狛人の名家だ。
ここで千咲は今朝友人が言っていたことを思い出した。
「もしかして、新しい人?」
「はい、本日からお世話になります」
洗練された所作で恭しくお辞儀をする彼。
——随分と丁寧な人。
そんな感想を抱いたのと同時に、正午を告げる鐘が響いた。
「ああ、お昼になったようですね。……すみません、食堂はどちらでしたっけ? 来たばかりでまだ覚えてなくて……」
「案内するよ、私もそこで食べる予定だから」
「本当ですか? 助かります」
「こっち。——あっ」
歩き出そうとしたところで、千咲ははっと思い出した。
「さっきは、助けてくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる。
「いえいえ。ご無事で何よりです」
影朧は眼鏡の奥で目を細め、人当たりの良い笑みを浮かべた。
そんなささやかなやりとりを挟み、二人は並んで食堂へ向かっていった。
◇
食堂は昼時で込み合っており、ざわめきと調理の音が交ざり合う。
千咲と影朧は空いていた四人がけの席に腰を下ろし、斜め向かいに座るかたちとなった。
「この鯖味噌、とても美味しいですね」
「うん。ここの料理はどれも逸品なんだよ」
千咲は頷き、ほろりと崩れる鯖の身を口に運びながらほくほくとした表情を浮かべる。
「サキちゃんっ。あ、四鬼崎さんとももう会ってたんだ!」
ぱっと明るい声とともに、繰実が唐揚げ定食のお盆を抱えて近付いてきた。
影朧にも挨拶を交わし、「隣、座っていい?」と尋ねてきたので、千咲は「いいよ」と返した。
それから三人でしばらく雑談が続いた。食堂のざわめきに、自分達の声が溶け込んでいく。
会話の合間、千咲はふと影朧を横目に観察した。
歳は自分より一、二歳ほど上だろうか。
肌は驚くほど白く、ほとんど日差しを浴びたことがないかのようだ。
背丈は同年代の平均をゆうに超えている。ここへ来る途中、並んで歩いたときに改めてそう感じた。
「それにしても珍しいね。その歳になるまで、ここに来たことがないなんて」
繰実が興味深そうに言う。
会話の中で、影朧の年齢が判明した。十八歳とのことだ。
神晶の社に定住する狛人の年齢はさまざまだが、それでも幼い頃に親に連れられて何度か訪れるのが普通である。
「少し前まで病を患っていたものですから。外で活動する経験自体、あまりなくて」
影朧が穏やかに答える。
「えっ、そうだったの? 大変だったね……無理しないでね」
繰実は目を丸くし、心配そうに声をかけた。
こちらの視線に気付いているのか、いないのか——影朧は繰実と自然に会話を続けている。
肌の白さはそれが原因かと納得した。
——でも、その割には……。
身体つきはしっかりしている。とても長年病床に伏していたとは思えなかった。
「そういえばサキちゃん。さっき響牙ちゃんが探してたよ」
「響牙ちゃんが?」
キョロキョロと辺りを見渡す
すると丁度、話題に上がった人物が食堂に入ってきた
黒髪のウルフカットの女性。
歳は二十代後半。
名を犬噛響牙という。
千咲と繰実にとっては、姉のように慕う存在だ。
千咲が手を振ると、こちらに気付いた響牙が歩み寄ってきた。
「やぁ、ここにいたんだね。早速仲良くなってるようで何より」
響牙がいつもの穏やかな調子で声をかける。
「私に何か用事、あるの?」
千咲が箸を進めながら尋ねると、続けて答えた。
「千咲ちゃんにね、影朧の教育係をお願いしたいんだ」
「教育係?」
「そう。ここでの生活や仕事の流れとか、色々と教えてあげてほしくて」
誰かの教育係を任されるのはこれが初めてだ。
だがこれも経験だと、心の中で自分に言い聞かせる。
「うん、分かった」
「ありがとう、助かるよ」
響牙はほっとしたように微笑んだ。
「本当は私がやる予定だったんだけどね、急遽、現世に行くことになっちゃって」
「強い妖怪が出たの?」
「まぁ、そんなところ」
結界は妖怪を〝侵入しづらくする〟ためのもので、完全に遮断出来るわけではない。
現世での退治は基本的に退魔師が担当するが、強力な妖怪が現れた場合は神晶の社にいる狛人へ直接要請が入ることもあった。
「今日はとりあえず、影朧に主要施設を案内してくれればいいよ。明日からは一緒に見回りの仕事にあたって。この子も戦闘要員だからね」
響牙の言葉に、千咲はこくりと頷いた。
「それじゃあ、私は行くね。影朧、くれぐれも千咲ちゃんに迷惑かけないようにね」
「はい。響牙さんもお気をつけて」
響牙が軽く手を振って食堂を出ていった後、千咲はそっと尋ねた。
「響牙ちゃんと知り合いなの?」
「はい。幼い頃から、何かと良くしていただいています」
「へぇー、うちらと一緒だ」
繰実がにっこり笑った後、影朧は千咲に向き直り、丁寧に頭を下げた。
「改めて……どうぞよろしくお願いいたします」
「うん。——ご飯を食べ終わったら、さっそく案内するよ」
「ありがとうございます」
こうして、千咲の新たな役目が、静かに幕を開けた。


