犬神少女とカゲロウ鬼

 それからしばらくして、縁側で菓子をつまんでいる千咲のもとに、影朧が姿を現した。

「隣、いいですか?」
「——どうぞ」
 そう答えると、影朧は静かに隣へ腰を下ろす。

 雲ひとつない青空の下、柔らかな風が庭の木々を揺らしていた。陽射しは穏やかで、縁側は心地よい暖かさに包まれている。

 少しの間、二人とも無言だった。
 千咲は黙々と菓子を食べ続ける。

「……今日のお昼、どこで食べましたか?」
 唐突に、影朧が口を開いた。
 千咲は菓子を咥えたまま、ちらりと彼の方を向く。
「食堂にいらっしゃらなかったので」
 その表情が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。

「ラーメン屋さんで食べてきたよ」
 一拍置いてから、千咲は続ける。
「——四鬼崎さんも、外で食べたんじゃないの? 他の人達と」
「ああ……たしかに誘われましたが、お断りしました」

 なんでと言いかけて、ハッとする。
 いつも一緒に食べているから、今日も当然そうだろうと——。
 そんな気遣いをさせてしまったのかもしれない。
 その結果、彼を独りにしてしまったと思うと、胸の奥がちくりと痛んだ。

「……私に気を遣わないで、あの人達と行けばよかったのに」
 口にした途端、しまったと思った。
 言葉に棘が交じっていたことに、すぐ気付く。
 自分でも理由は分からない。ただ、どうしようもなく苛立っていたのだ。

 彼の顔を見ることが出来ない。
 気分を悪くさせてしまったのではないか――そんな不安が胸を占める。

 けれど、その心配とは裏腹に。
「……フフ」
 影朧の口から、くぐもった笑い声が零れた。

 思わず千咲は顔を上げる。
 影朧は口元を手で押さえながら、どこか楽しげに目を細めていた。
 何故彼が笑っているのか、千咲にはまるで分からない。

「すみません。なんだか……こういうのも悪くないなと思いまして」
 影朧は愛おしげにこちらを見つめた。

 状況が呑み込めずに戸惑う千咲。
 けれど、その視線を受け止めた途端、心臓がドクンと大きく跳ねた。

 不意に、カランカランと軽快な鐘の音が響く。
「ちゅ〜も〜く!」
 声の方へ視線を向けると、克巳がくじ引きで大当たりが出たときに鳴らす例の鐘を楽しげに揺らしていた。

「臨時の討伐についてきてくれるメンバーを募集中だ! 特別報酬も出るぞ!」

 その言葉に、近くを歩いていた一人が足を止め、手を挙げて問いかける。
「場所と討伐対象は?」
狭間の世界(ここ)の東にある渓谷だ。対象は——鬼が五体」
 克巳は片手をぱっと広げ、にやりと笑った。

 周囲はざわざわと参加を迷っている。
 その合間に、千咲は迷いなくすっと手を挙げた。

「参加なさるんですか?」
 隣で影朧が、少し意外そうに尋ねる。
「うん。身体を動かしてすっきりしたい気分」

 克巳がぱっとこちらに振り返る。
「お、千咲行くか? 他〜、あと一人!」

 すかさず、影朧も静かに手を挙げた。
「四鬼崎さんも、身体、動かしたい気分?」
「いえ、どちらかというと報酬目当てです」
 千咲が首を傾げて聞くと、影朧は淡々と答え、少し間を置いて付け加えた。
「……お世話になっている方に、贈り物をしたくて」

 ——克巳と、響牙ちゃんかな。昔からの知り合いって言ってたし。
 きっとそうだろうと、心の中で当たりをつける。

「よし、募集終了〜!」
 克巳が満足げに鐘を鳴らす。
「んじゃ、早速向かうか!」
 三人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。