犬神少女とカゲロウ鬼

 通路に静寂が戻る。
「これで全部?」
 千咲が周囲を警戒しながら尋ねる。

「はい、そのはずです」
 影朧は塵が舞う中、眼鏡の位置を直しながら答えた。

「まぁ、何が起こるか分かんねぇからな。油断せずに行こう」
 克巳の言葉に、千咲と影朧は小さく頷く。
 三人は気を緩めることなく、再び通路の奥へと歩を進めた。

 最奥に辿り着いた三人を待っていたのは、新たな敵ではなく、複数のプレハブ小屋だった。

 少し(ひら)けた空間に、同じ造りの小屋が等間隔に並んでいる。

「お家……?」
 思わず漏れた千咲の声に、戸惑いが滲む。
 ——どうして、こんなところに。
 頭の中にいくつも疑問符が浮かぶとともに、胸の奥がざわついた。

「地面が抉れてますね」
 影朧が、最後尾の小屋の更に奥を指し示す。
 そこには、コンクリートの床が破壊されて出来た、大人一人が通れそうな穴が口を開けていた。

「ほんとだ。あそこから侵入したんだろうな」
 克巳が顎に尻尾をやり、周囲を見回す。
「後で塞いどくか……。とりあえず今は、子供を探さないと」

 克巳が辺りをキョロキョロと見渡すのに倣い、千咲も視線を巡らせる。
 だが、子供の姿は見当たらなかった。

「どこかに身を潜めているのでしょうか」
 影朧は小さく首を傾げ、周囲の気配を探るように目を細める。

「かもな。手前から調べてみるか」
 克巳が人間の姿に戻り、先に立って一番手前の小屋へと向かった。

 影朧が続き、千咲も警戒しながら二人の背を追って、小屋の中へ足を踏み入れる。

 小屋の中は、生活感のある簡素な造りだった。
 中央に机、その脇に背の低い本棚。隅にはきちんと畳まれた布団が置かれ、床の角には、何冊も重ねられたノートの束があった。

 そして、そのノートの隣に——子供がいた。
 膝を抱え、怯えたように小さくうずくまっている。

「おー、いたいた。おーい、大丈夫か?」
 克巳が出来るだけ優しい声で呼びかける。

 声に反応し、子供はゆっくりと顔を上げた。
 途端、今にも泣き出しそうな表情のまま立ち上がり、勢いよくこちらへ駆け寄ってくる。

 その際に、足がノートの束に引っかかり、重ねられていたそれが崩れ落ちた。

 子供は勢いよく克巳にしがみつく。
「よしよし……怖かったな。もう平気だ」
 克巳は子供の背にそっと手を回し、落ち着かせるように優しく撫でた。

 その光景に胸を撫で下ろしてから、千咲は床に散らばったノートを片付けようと近付く。
 一冊が開いたままになっており、否応なく文字が視界に飛び込んできた。

 ○月×日
 きょうもダメでした。
 まだそとにだせないといわれました。
 もっとがんはらないと。

 幼い子供が書いたのだろう、どこか拙く、必死さの滲む文字。
 ——これは……。
 どうやら、日記のようだった。