S氏の身辺調査報告書【改訂版】

【調査報告書】
■調査対象
氏名:S
性別:男性
生年月日:2000年3月4日
血液型:O
身長:168㎝
体重:58kg

■調査目的
S(以下「甲」と記載)が死亡に至った要因の調査。

■事前情報
①甲は2025年5月20日(火曜日)4時32分に、自宅アパートにて遺体となって発見された。

②発見者は依頼人、A(以下「乙」と記載)。甲と連絡がつかなくなったことを心配し、自宅アパートに訪れた際に甲を発見した

③乙によると、甲は自宅リビングで仰向けになって倒れており、口からは血液が床に向かって流れ出ていた。乙の証言による現場の状況から判断するに喀血ではなく、吐血の可能性あり。

④警察からは事件性は無いと判断されており、原因不明の心停止だと診断されたとのこと。現場から毒物に類する物品が発見されたという情報は確認できていない。

⑤乙から遺留品として、甲の部屋にあったものをいくつか預かっている。別途項目を参照。

⑥現在、現場となったアパートは既に清掃業者が入っており、当時の現場は保存されていない。

⑦乙は前回浮気調査を担当していた調査員を希望したが、当該調査員が現在体調不良で療養中のため引き継ぎでの調査となった。

■関係者
以下は甲に関する調査をする上で聞き込みを行った関係者である
・M:甲の母親。■■県に在住しており、甲も乙も同郷である。

■調査期間
令和7年5月31日~令和7年6月30日
令和7年5月31日~令和7年6月16日(改訂版)

『調査記録』
■身辺調査
・2025年6月1日(日曜日):SNS上にて、甲に関する情報を収集。甲は知名度は皆無に等しく、その他のネット上でもほとんど情報が出てこない。所属事務所のホームページからも削除済み。

・2025年6月2日(月曜日):乙から「甲のSNSアカウントが消えている」との情報提供あり。メールに添付されていたリンク先のアカウントは削除されており、確認できなかった。当該アカウントは前回の依頼時には知らされていなかったため、実際に甲のアカウントだったのかは不明。

・2025年6月4日(水曜日):甲が2024年7月19日に出演していた舞台『■■■■■■■』の観覧者の書き込みを■上にて発見。公演終了後に握手をしてもらったという内容であり、甲の人柄を褒めるような内容も書いてある。

・2025年6月5日(木曜日):上記アカウントにDMを送るも返信なし。2025年5月25日の「久しぶりに体調悪い(笑」という書き込みを最後にアカウントの更新はされていない。

・2025年6月9日(月曜日):乙の協力により、■■県在住の甲の母親、M氏に話を聞く約束を取り付ける。

・2025年6月14日(土曜日):乙と共に■■県のM氏に聞き込みを行う。

・2025年6月15日(日曜日):乙が消息不明。

・2025年6月16日(月曜日):調査打ち切り。

■インタビュー記録
以下は甲の調査にあたって、関係者に対して行ったインタビュー記録の文字起こしである(一部抜粋)

『記録①』
・対象:M
・記録日:2025年6月14日(土曜日)
【記録開始から1分3秒経過後】
M氏:その、それじゃあ息子は。Sは病気じゃないと?

乙:絶対そうですよ! だって持病なんて無かったし……。

調査員:警察では少なくとも事件性は無いと判断されたそうです。お母さまから見て、何か息子さんに変化はありませんでしたか?

M氏:電話越しではいつも通りに聞こえました。詳しくは言えないけど、撮影のお仕事があったよとか。

調査員:Aさんも何か変化などは?

乙:わかりません。あたしが疑うようなことしたから……。

M氏:あなたのせいじゃないでしょ……気にしなくていいからね。

≪数秒の沈黙≫

調査員:少し、お聞きしたいんですが。

M氏:何でしょう。

調査員:息子さんは、住んでおられたアパートで奇声を上げたりといった、異常な行動をされていたという記録があります。お母さまは何か心当たりはありますか?

M氏:Sが?

調査員:隣人の方への聞き込みでも証言が取れていますし、我々のマイクの方でも拾っています。

≪甲の「死ね」という大声の記録音声が再生される≫

M氏:あの子が……。

乙:やっぱりこれ、変ですよね? S、こんなこと言うやつじゃなかった。

調査員:これ以外にも、いくつか記録されています。不明瞭ですが。

≪甲のものと思われる不明瞭な記録音声が再生される≫

M氏:(数秒の沈黙)もしかしたら、ですけど。

調査員:何でしょう?

M氏:あの子、こっちに住んでいた時も時々自分の部屋で何か喋ってたんです。

調査員:それは、こういった声でしょうか?

M氏:私もよく聞こえませんでしたけど、何かぶつぶつと言っていたのは聞いています。昔からあまり不満は言わない子でしたから、そういう日もあるだろうと思って本人には触れなかったんですけど。

【以下、重要度の低い証言であるため省略】

見解:M氏は甲が一人で何か喋っているのを聞いたことがあった。沖永氏の言う通り、甲が悪口などを言わない人間だったというのは本当なのだろうか。少なくとも彼はどこかでバレないように言っていたのではないか。私としては、乙から預かっている遺留品の中にあったペットボトルが気になっている。直接の死因ではないかもしれないが、あの遺留品だけ異質に感じる。

■遺留品
・白いTシャツとグレーのズボン:シャツには甲のものと思しき血痕が付着しており、赤黒く変色している。
・スマートフォン:遺体発見時に床に落ちていたもの。履歴などに不審なものはなく、いずれも甲と知り合いのものだけだった。
・消しゴム:遺体発見時、テーブルの上にあったもの。一部がどす黒く変色しており、通常の使用からは考えられない色合い。
・ペットボトル:食器棚の影に隠すように置かれていたという500㎖ペットボトルの残骸。真ん中辺りで切断されており、何らかの汚れが複数付着している。用途不明。

■本件調査の打ち切りについて
2025年6月16日(月曜日)9時44分に依頼人である乙が遺体となって発見された。調査に訪れていた■■県■■市の用水路にて、仰向けの姿勢のまま溺死していた。当該事件は、用水路に柵などが無かったことから、乙が夜中に足を滑らせて転落したものとして地元警察は処理をしている。
依頼人死亡により、本件は6月16日(月曜日)19時9分をもって調査打ち切りとする。

■必読
ここからは私の勝手な推測である。
乙が持ってきたあのペットボトルが良くなかったのだと思う。
恐らく甲は、あれに向かって日々、不満を漏らしていたのではないか。マイクに記録されたぼそぼそ声がまさにそれだ。あの大声もそうだと思う。
甲は人前で不満を漏らさないように、誰も聞いていないであろう穴を作り、そこに吐き出していたんじゃないか。
今になって大学時代に民俗学でも取っておけば良かったと思う。前任のあいつならもっと早く気づけてたかも。
オカルトなんて信じていないし、気のせいだと思うが、とにかくあのペットボトルは捨てた。きっとあれが吹き溜まりになっている。
甲が昔から蓄積させた小さな罵詈が、溢れて垂れ流しになってるんじゃないかと思う。我ながら馬鹿なことを書いてると思うが。
とにかく、本件はこれで打ち切りにする。もううんざりだ。
どっちみち乙が死んでるし、私も体調が優れない。どうせすぐ治ると思う。変な声が聞こえてるのも病院で薬でも貰えば良くなるはずだ。
あとは前任のあいつが戻ってきたら事後報告で終わりだ。吐き気如きで休みやがって馬鹿が。


■最重要記録
本報告書には調査員個人の感情的見解が多く見られ、報告書としては不適切なものである。
また、我々は事実に基づいた調査を行うべきであり、記載されているペットボトルは実在しないものである。
上記のことから、本報告書はサンプルとしても不適切であるため、事務所の過去事例アーカイブからは削除、閲覧制限を掛けるものとする。
もし、現在この報告書を閲覧している調査員、もしくは事務員がいる場合、閲覧を止め、ただちに所長である私に報告すること。





■きろく