剣は真希の言葉を受け止めた。
自然と涙が零れた。
何処かに隠しておいたものが、一斉に溢れてくるようだった。
とにかく悲しかったことを思い出した。
人を――盾の双子の姉、火群弓を殺してしまったこと。
罪を背負い、償うことも出来ずに戦いへ身を投じること。
中学一年のあの日からずっと、剣の心は悲しみ、泣き続けていたのだ。
声も上げず、ただ涙だけがこぼれ落ちる。
悲しみで喉が震え、しゃくり上げる。
知らぬうちに心が耐え、飲み込んでいた全ての辛い雫が流れ去る。
悲しみの中に生きることが当然になり、悲しいということさえ分からなくなっていた剣。
その魂に真希は触れた。
はちきれんばかりに貯まり込んだ涙が、真希の言葉に揺らされ、溢れてきた。
随分と長い間、剣は泣いた。
気づくと、注文していた料理も届いている。
それも、少し冷めてしまったぐらい。
本当に、ずっと悲しかったのだな、と。
剣はようやく自分の心を理解した。
こんなに涙が溢れるほど、悲しみ続けていたことを知った。
「――うん、もう大丈夫」
そして、真希へ向けて言う。
「投げるよ。
そして絶対に勝つ!」
いよいよ決断した。
剣は戦う覚悟を決める。
それも、真希と共に戦うという覚悟。
一心同体、二人で一つの存在だと。
「ほんじゃあ、本題に入ろうか。
どないするつもりなんや?
どうやって来週の勝負に勝つつもりなんや、剣」
言ってから、真希は料理に手を付け始める。
返事をする余裕は無いだろうと見て、剣は一気に話しきってしまうことにした。
「一応、策はある。
ディープショット以外の魔球も使うんだよ。
中学のころは、魔球をいくつも使ってた。
超野球少女同士の戦いになったら、本当はいつもそうやってた。
ディープショットだけ投げ続けても負担は大きいし、読まれていたら正面からの勝負になる。
それに勝とうと思ったら、一球一球に使う力も多くなる。
連投にも限界が来る。
……だから複数の魔球を、ある程度力を抜いて投げてたんだ。
そうすれば一球ごとの力の消費が軽くなるし、配球も読まれなくなって打ち取りやすくなる」
言って、今度は剣が食事に手を付ける。
口にまだ何か残っている様子の真希が、はしたなく質問をする。
「つまり、剣が今まで投げとったディープショットは限界突破したディープショットやった、っちゅう訳やな?」
真希の質問に、しっかり口の中のものを飲み込んでから答える剣。
「うん。
それ以外に確実に投げられて、確実に相手を抑えられそうな球が無かったから。
真希と勝負した時に投げたディープショットも、昨日の試合で投げたディープショットも。
全部が限界以上の力を使ったディープショットだった。
本当はもっと楽な魔球だし、連投も効く。
私にとってのストレートみたいな球なんだよ、ディープショットは」
これを言ったら、また一口。
剣は食事を進める。
真希はやっぱり、口の中に物を含んだまま喋る。
「なるほどなあ。
ディープショットがストレート、か。
そんなら、剣にとってのフォークやらスライダーやらがあるっちゅうわけか?」
ちゃんと食事を飲み込んで。
剣は真希の喋り方に苦笑いしながら答えた。
「そういうことになるかな。
ディープショット以外にも、三種類の魔球がある。
全部、ディープショットを基礎にした派生技だけどね。
これを使いこなしたら、盾たち三人のことも抑えられると思う」
「なんや、案外余裕あるんかいな」
「そうでもないよ。
問題は、私は今、それを投げる自信が無いんだ。
派生技は負担こそ低いけど、難しいから。
今みたいなブランクのある状態で投げられるとは思えない。
だから昨日は投げなかったんだ。
キャッチングの問題もあるし、ね?」
剣の言うことはもっともだった。
実際、真希もディープショットが初見の魔球であったなら、満足にキャッチ出来なかっただろう。
それがさらに複雑な変化をするともなれば尚のこと。
最低限の練習は必要だ。
――しかし。
「そうなると、難しい話やな……」
真希は腕を組んで考えこむ。
「ウチと剣、二人で練習せなあかんっちゅうことやろ。
今の剣の怪我で練習時間は十分取れるようには思えへん。
こりゃ急ピッチで仕上げなあかんことになりそうやな」
「っていうか、そもそも来週の決闘に行けるかも怪しいよ。
お医者さんに止められてるから。
退院だって一週間以内は無理みたい。
絶対安静にしてなきゃ、って言われちゃった」
「ホンマか。
そらマズイな……」
二人の間に沈黙が流れる。
食事を進める手も止まってしまう。
「――それでね、真希。
私に考えがあるんだ」
ぽつり、と剣が呟く。
そして真希を手でこまねく。
「ね。耳を貸して」
剣に言われ、訝しみながらも。
真希は身を乗り出し、剣の方へ耳を向ける。
「何やねん」
「実はね……」
剣も身を乗り出し、真希の耳元に手を添えて、こそこそと小さな声で言う。
二人以外の、誰も知ることがない秘密の話。
長い間その姿勢でいた。
不意に剣が顔を離し、元の姿勢に戻る。
真希の表情は、驚き半分、にやけ半分といった様子。
「剣、お前ホンマにそれやるつもりか?」
「うん。
一番てっとり早い方法だと思うし」
「お前はホンマにイカレとるで。
最高や。
ウチは賛成。
その計画に乗らせてもらうわ」
「真希、ありがとう」
こうして、二人の来るべき決闘に向けての話は終わる。
後は他愛もない言葉を交わしながら、冷めてしまった食事を片付けるだけだった。
