ツルギの剣




 勝負の方針が決定された。

 まず真希が投げ、本の少女が打つ。
 一打席勝負の後、投打を交代してまた一打席勝負。

 守備には勝負に関係の無い野球部員の少女たちがついている。
 両者走塁までプレイし、一巡ごとに成績を比べ、勝ち負けを付ける。

 これを3順繰り返して、勝ちの多い者を最終的な勝者とする。


 最初の投手は真希。

 本職はキャッチャーではあるが、超野球少女故の才覚、身体能力がある。
 並みの打者なら軽々と抑えこむであろう。


 マウンドを愛子と交代。その際、愛子は真希に耳打ちする。

「素人と思って侮るなよ」

 愛子に言われた言葉の意味が分からず「なんでや」と眉を顰める真希。


「観察眼を養え。あの少女が打球を避けた時だ」

「はぁ?」


「ただぼうっとしていただけじゃない。

 あれは間違いなく、ボールを目で捉えていた。そして立ち上がる必要が無いと判断し、避けた」


「んなアホな。アイツが? とろい根暗女にしか見えへんで」

「反応が遅れて、偶然身動きが全く取れない最中、首だけ動かした。これまた偶然ボールを避けた。とでも言うつもりか?」

「そらそうやろ。経験者でも、あんな動きせえへんで。
 いくら目で追えたところで、首だけ動かして避けるとかやらへんやろ」

「ああ。並みの経験者ならそうだろう」


 言うと、愛子はキャッチャーボックスへと歩いて行く。

 真希は首を傾げるが、愛子の言葉を聞き入れはしない。


 やがて全ての準備が整う。
 勝負が始まる。

 真希は足を上げた。

 見よう見真似とは言え、美しいフォーム。超野球少女の怪物性が垣間見える。

 靭やかなダブルスピンから放たれるストレート。
 球速は百四十を超える。

 素人は無論、経験者でさえ一発で捉えるのは難しい球。
 キレも良く、グングンと伸びてキャッチャーミットに収まる。



 ほらな。と、真希は胸中で呟く。
 大したこと無いやんけ、と。


 本の少女は静かに見逃した。

 キャッチャーミットに収まった白球を見ている。
 すぐに視線を外し、軽く土を踵で叩くような仕草を取る。

 真希の元へボールが返され、第二球。
 真希は思う。こんな素人相手、変化球を使う必要すら無い。


 プレートから足を上げても、なお頭に考えが巡る。

 そもそも、愛子は考え過ぎや。
 素人がウチの球を打てるわけあらへんわ。

 そら、確かにフォームは様になっとるみたいやけど――。


 そこで気付く。
 おかしい。

 真希が投球に入った瞬間。本の少女のフォームが変わる。
 素人らしい、力みばかりで身体のバランスが取れていないフォームから一変。

 僅かな動き。
 だが、間違いない。


 打つため、白球を飛ばすために身体が脱力した。


 そして真希の指の先端――ボールがどのように放たれるのか。そこまで見通してやろうと、眼光が鋭く飛んでくる。

 しかし、もう引き返すことも出来ない。

 真希は全力で投げた。
 百四十オーバーのストレート。先程は見逃しストライクを取った球。


 本の少女は、白球を完全に認識していた。

 足が上がる。テイクバック。

 全てのリズムが見事に噛み合っていた。
 白球をセンターへ弾き返すタイミング。


 ごう、と音を立てるスイング。

 小柄で細身な体格とは裏腹。スイングは力強かった。
 しかし大ぶりではなく、シャープに纏まっており、力任せのスイングでもない。

 白球を見事に捉え、弾き返す。


「――下がれェッ!」


 真希は慌てて後ろを振り返り、声を貼り上げた。

 だが、遅い。
 そもそも手遅れですらなかった。


 無情にも、白球は仮設フェンスを大きく超えて落下。

 百メートルオーバー、特大アーチのホームラン。


 本の少女は確信があったのだろう。
 ベースランも悠々と行い、静かにホームイン。

 続き、何も言わないままマウンドへ寄ってくる。



「次、私が投げる番ですよね」

 真希の背中から声を掛ける本の少女。

 それでようやく、真希は自身が呆然としていることに気付く。


「な、なんでや……」

 思わず口にする。

「何でって、何がです?」

「……いや、やっぱええわ」


 真希は口を噤む。

 何故ホームランを打てたのか。
 何故素人であるかのように振る舞ったのか。

 様々な疑問を口にしてしまいそうだった。


 しかし今は勝負の最中。
 戦う為、真希はバッターボックスへ向かった。

 ヘルメットを被り、軽くスイングして腕を慣らす。
 そこに愛子が声を掛ける。

「分かっただろう、相手は素人じゃない。油断するな」


 真希は黙る。

 認めるのが癪だった。
 しかし、これに愛子は呆れて詰りを加える。


「駄々を捏ねるな、馬鹿者が。

 本当に油断ならないのはこれからだぞ」


「――は?」


「言っただろう。

 あの少女は並みのプレイヤーではない。
 危険球を、簡単に首だけで避けようとする。

 恐らく、相当な経験の上に成り立つ感覚だ。

 ――そういった球足の速い危険球を、最も被りやすいポジションが内野に一つあるだろう。

 推測に過ぎないが、彼女は恐らくそのポジションで長い経験を詰んでいる。

 だからこそ、白球に対する恐怖心を抱かなかったんだろう」