白い天井、柔らかいベッド。
剣が目を覚ましたのは病室だった。
傍らに父、藤四郎の姿。
看病に疲れているのか、淀んだ雰囲気が漂っている。
だが、剣の様子に気づくとすぐに笑顔を浮かべる。
「……気がついたかい、剣」
藤四郎の声は優しかった。
剣は、言いようのない感情が胸に詰まるのを感じる。
申し訳無さも嬉しさも同時にこみ上げてきて、何を言ったら良いか分からない。
「ごめん、お父さん」
思わず謝る。
だが、藤四郎は首を横に振った。
「また野球を始めたらしいじゃないか」
嬉しさを隠せない声。
藤四郎は剣の頭を撫でる。
この年齢でやってもらうようなことではない、と思ったが、剣は口に出さなかった。
父の思いがそこに篭っているのだろう、と悟って受け入れた。
「中学の、あの時以来か。
もう剣は野球をやらないかと思っていたよ」
「うん。そのつもりだったよ」
頷く剣。
でも、と続けて語る。
「でも、やっぱり私、野球が好きだった。
ごめんねお父さん。
私、弓ちゃんが死んでもまだ野球がやりたいの。
どうしても、諦められない。
多分、この気持ちってどんなことがあっても止められないと思う」
剣の言葉に、藤四郎は頷くだけだった。
肯定の意味を含んでいることは、表情を見れば明らかだった。
笑顔で剣の言葉に、何度も頷いている。
語りが終わると、今度は藤四郎が口を開いた。
「分かってる。
剣は野球が好きだからな。
きっとそれが一番いい。
無理に諦めようとしたって、必ずどこかでボロがでるさ。
それに、お母さんもきっと望んでいるよ。
剣が野球をやってくれるように」
言って、藤四郎は窓の外へと視線を向けた。
病院の窓が切り抜く空は青空。
剣は知っている。
かつて父が教えてくれたこと。
自分の母は、ずっと昔にこの空へと魂を返した。
今はどこにも居ない人だということ。
そして、母もまた野球が好きだったということ。
詳しいことは教えてくれない。
だが、何となく剣も察している。
母は野球に生きた人であった。
そして野球を愛していた。
剣も窓の外を見る。
姿も名も知らぬ母を懐う。
どんな野球をしていたのだろう。
どれだけ必死に戦ったのだろう。
どれだけのものを残してくれたのだろう。
父の中に生きる、母の魂。
それはどんな形をしているのだろう。
分からない。
ただ、許されていることだけは感じていた。
父も、父の記憶の中に眠る母も。
剣がここまでして野球に生きようとすることを許している。
認め、どうかその先に勝利と幸福があるように祈ってくれている。
「――ありがとう、お父さん。元気が出てきたよ」
剣は笑った。
心の温度を顔に乗せて、父を見た。
父も頷き、暖かく笑った。
「さあ、もう少し寝ていなさい」
藤四郎の言葉に剣は甘える。
こく、と首を小さく動かして、声も返さぬうちに眠りについた。
自分は疲れているんだな、と、ここで初めて実感した。
その後、諸検査も終わった。
異常無し。
超野球少女という宿命が、剣に倒れることを許さない。
たった一晩眠っただけだ、と医者は語った。
あれから一夜で怪我の治癒も随分と進んでいた。
裂けた皮膚の傷もほとんどが塞がり、見た目には何事も無いように見えた。
剣は、これは戦いが続いているからだ、と考えた。
元野球部の暴力野球に勝利してもまだなお続く戦い。
来週に控えている盾との決闘があるからこそ、超野球少女の力が眠りきらず、人間の肉体の限界を超えた状態が維持されているのだ、と。
医者の話では、来週の試合に出場することは不可能、との事だった。
現状のまま怪我の治癒が進んだとしても、試合までに完治することはありえない。
またその試合で無理をした場合、重度の筋剥離を起こす可能性さえあるとのこと。
病院内を歩くことぐらいは構わないが、必ず補助を使うこと。
そして病院外へ勝手に外出しないこと。
この二点を守るよう念押しされた。
