続く打者は剣。
だが、現在は部室で寝ているはず。
ダイヤモンドを回り終え、ベンチで三人と相談する真希。
「剣は打席に立てるような状態やない。
ここはバッターアウトっちゅうことで、剣の打順は飛ばしてもらおうや」
提案に、一同が頷く。
これを確認してから、真希はベンチを離れ、グラウンド上へと宣言する。
「剣は今打席に立つことが出来へんのや!
ここはバッターアウトで、次の打順に回させてもらおうで!」
元野球部員のほぼ全員が頷く。
元部長だけが答えず歯ぎしりするのみ。
了解を得て、真希は次の打者、ナイルへと視線を送る。
「任せてくれ。
僕でこの試合は終わりにして見せるさ」
言いながら、バットを持ってバッターボックスへ。
いよいよ日も沈む。
グラウンドを照明が照らし始める。
これで最後と理解した投手は、一球を躊躇う。
得体の知れない感覚。
恐怖でも高揚でもなく。
白球を手放し難い感情で一杯だった。
と、その時。
不意に、部室の扉が開く。
身体中に包帯を巻いた、痛々しい姿の剣が姿を現す。
足をずりずりと引きずりながら、バッターボックスへと向かう。
「剣サン!
君は休んでいてくれ!」
ナイルは驚きながらも、剣を声で制止した。
だが、剣は言うことを聞かない。
「ナイルさん、退いて。
私の打順です」
言い返す剣。
見ると、傷からの血で包帯も所々が赤く滲んでいる。
こんな状態で打席に立たせるのは無理というもの。
ナイルは剣とバッターボックスの間に立ち塞がり言う。
「通さない!
剣サンは、もう十分戦った。
だから、後は僕達にまかせてくれ」
頼み込むナイル。
声色も必死の様相。
しかしやはり剣は聞かず。
ナイルの肩に手を置くと、どうにか退いてもらおうと押しながら語る。
「ナイルさん……大丈夫ですよ。
みんなを信じていないわけじゃない。
任せるつもりですよ。
私がこの打席、アウトに倒れたら。
後はナイルさんが打って終わりにしてくれるって。
信じているから安心して打席に立てるんです」
「だったら何故!
剣サンはもう限界だ。
無理に打席に立たなくとも、ここはアウトということにして休んでほしい」
「いいえ。
私は限界でも休みませんよ。
ようやく始まったんですから。
私はまた、野球道を走っていける。
最初の一歩は、今以外はありえない」
剣はナイルを押し退け、バッターボックスへと入る。
何を言っても聞かないだろう。
ナイルは諦め、バットを剣に渡す。
「剣サン、気を付けて」
せめて剣が無事に打席を終えるよう祈り、ベンチへと戻っていく。
いよいよ勝負が始まる。
投手は手加減なし。
まずは鋭いストレート。
剣は負傷故、スイングもままならず。
金属バットは空を切る音も立てず、ふらふら宙を泳ぐ。
ボールはとっくにミットの中。
まるで焦点の合わないスイング。
「剣!
どうせやるんやったらでっかいのぶっ放せ!」
ベンチから真希の声援。
剣は頷く。
もちろん最初からそのつもりだよ、と。
だが、腕が追いつかない。
怪我で力が入らず、バットを持ち上げることも難しい。
そんな状態で、どうやってホームランを打てようか。
いいや、そもそもボールにバットを当てることさえ難しい状況。
超野球少女と言えども限界がある。
今の剣の身体能力は、並みの野球少女より劣る。
負傷故に満足なプレイが許されない。
しかし、問題はそこではない。
身体が動かないなら動かないで構わない。
どうやって打つのか。
そこが重要だ。
剣は考える。
身体が言うことを聞かなくとも打つ為にはどうすれば良いのか。
どのような策であれば、バットはボールへ当たるのか。
答えは無い。
考えるほどに、剣には不可能だと理解できた。
今の状態で出来る策など存在しないと。
阿呆でも分かる結論を、しっかりと頭の中に覚え留める。
第二球。
投手は、再びストレート。
剣は先程よりはタイミングを合わせてスイング。
だが、まだ遅れている。
それに白球を捉える気配も無い。
剣は考えるのをやめた。
残る力の全てで、本能で白球を捉える。
他の方法は無いように思えた。
実際に打つ手なし。
情けなくとも、バットを振るしか無いのだ。
第三球。
タイミングを外す緩いカーブ。
危うく手を出すところだったが、剣は見逃す。
ボール球。
続く第四球はインコースを突くストレート。
詰まりながらも剣のスイングは白球を捉える。
フェアゾーンへ飛ぶことはなく、ファール。
カウントは変わらず。
剣は集中する。
青い闘気が滲み出る。
全力でなければいけない、という観念が、剣に身体の限界を忘れさせる。
今の状態で超野球少女の力の負担を受けるのは危険だ。
にも関わらず、剣は闘志を燃やす。
青の炎がちりちりと舞う。
第五球。
投手、渾身の高速スライダー。
剣は必死に腕を振った。
どうにか振り絞った力で白球を捉える。
だが、それでも絶好と呼ぶには程遠い。
詰まった打球。
レフト方向へふわりと上がり、外野が少し前進して捕球。
ワンアウト。
剣は項垂れ、ゆっくりとバッターボックスから離れる。
己の新たな野球人生。
一歩目は敗北からのスタート。
それも悪くないかな、と考え剣は顔を上げた。
ナイルが居た。
そして剣の肩を軽く叩く。
「任せてくれ。必ず次で終わらせる」
剣は頷き、ベンチへと引き返す。
ベンチでは、仲間が出迎えてくれた。
よくやった、後は任せろ。
大丈夫か、という声が飛び交う。
一方で、バッターボックスのナイル。
銀色の闘気を巻き上げ、構える。
「さあ来い! これが最後の勝負だッ!」
宣言。
投手も頷き、放球。
最初から、渾身の高速スライダー。
だが、これをナイルは打ち砕く。
容易くバットが白球を捉え、まるで弾丸のような勢いで弾き飛ばす。
弾道は比較的低く、ライナーともフライとも区別を付け難い軌道。
そのまま外野の頭も超えて、フェンスギリギリを超えてのホームラン。
試合終了。
十点差によるコールドゲームの成立だった。
