続く二回の表。
ワンナウトからの剣の第一球。
青い闘気が舞い上がる。
魔球ディープショット。
独特の貯めこむようなフォームから放たれる球は、やはりそれだった。
放球。
青い奔流がボールを飲み込み、ミットへと吸い込まれていく。
無論、打者は手も出せない。
ディープショットは上昇するという変化の異質さに加え、球威もある。
並みの人間では恐ろしくて手も出せないのは当然のこと。
その魔球。
ディープショットを投げた剣は、激痛に顔を歪めていた。
「ぐぅッ……!」
剣の関節が痛む。
身体が弾けてバラバラになりそうな痛み。
超野球少女と言えども、肉体を強く痛めつけられた上で魔球を投げるとなれば。
その負荷が全身に行き渡り、耐え切ることは出来ない。
肉体の内側でエネルギーが暴れ、痛みを誘発する。
「剣、大丈夫か!?」
真希が声を上げ、返球。
「大丈夫だよ」
剣は嘘で答えた。
本当なら、今すぐにでも投げ出したいぐらいの痛み。
物理を歪める超パワーの反動を身体一つで受けているのだ。
無事であるはずがない。
だが、痛いと言うのは弱音だ。
弱音は文字通り、弱い者が吐く。
勝利を目指す人間が零していい言葉ではない。
だから、剣は堪えた。
苦しかろうと、痛かろうと、勝ちを目指す向きに逆らうような感情、言葉は例外なく排除する。
続く、第二球。
青が踊り、剣を包む。
既に激痛で、意識を集中することさえ難しい。
しかし投げる。
ストライクゾーンに魔球を放り込む。
それだけが、剣の勝利条件。
己を呪う業に逆らう為、唯一存在する戦いの場だ。
力が滲む。
限界を越えようとする。
剣の魔球が放たれた瞬間、青い光が剣を傷つける。
擦過傷に似た傷が腕にでき、血が飛び散る。
白球は汚れ、そのまま飛翔。
低空をごりごりと削るように進み、ストライクゾーンを目掛けてぐいと上昇。
バッターは必死にスイングするが、見当違い。
偶然でも当たる気配が無く、ツーストライク。
肩を大きく上下させ、息をする剣。
今の投球で、残る体力の殆ど全てを出し切ったと言ってもいい。
腕を上げることさえ億劫だった。
真希からの、無言の返球。
剣はこれを、上手く捕球できずに取り落とす。
慌てて拾うが、限界が近いことは隠せない。
マウンドに、チームメイト四人の視線が集中する。
「剣、無理しないで!」
日佳留が声を上げる。
だが、剣は困ったように笑って答える。
「もう、酷いよ日佳留。
無理しないでなんて。
無理こそしなきゃいけないのに」
剣は考える。
自分の業を、野球をやってはいけない理由を。
誰にも語ることが出来ない。
そして、極めて重い。
己の生命を投げ捨ててでも、まだ足りないぐらい。
だから、ここで引き下がるわけにはいかない。
本当に腕が千切れ、身体が弾け、死んでしまうかもしれない。
だが剣は投げる。
投げなければならぬ。
右腕に狂気を宿して。
剣の第三球。
三度ディープショット。
蒼炎が立ち上がり、傷が焼かれるように疼く。
しかし剣は堪え、投球に入る。
放球。
腕の擦過傷は更に増え、目も向けられないほどの惨状。
血に染まった腕から投げられるのは、鮮血を吸い込んだ白球。
文字通り剣の生命を乗せた白球。
血飛沫を上げながら、青い濁流に身を任せ、キャッチャーミットへ吸い込まれていく。
ストライク。
見逃し三振で、ツーアウト。
剣の腕から血が滴る。
正に生命を賭しての勝負。
だが、何と戦うというのだろうか。
剣以外の誰も、理解出来なかった。
何が剣をここまで駆り立てるのか。
右腕を赤く染め上げても、まだ戦う。
いいや――理屈など関係無い。
どんな理由があろうとも、ここまで自分を痛めつけて、まだマウンドに居座ることは異常だ。
狂気そのもの。
剣自身が野球に狂っているか、それとも剣の言う業というものがこれほどの重みを持つのか。
どちらかでなければ、この血生臭い野球は理解できない。
現に。
理由を知らぬ超野球少女四人全員が。
剣のことを理解できなかった。
剣を異常と思った。
だが、剣は仲間だ。
故に、誰もが剣を止めたいと考えていた。
「剣サン!
もう、それだけ戦えば十分だ。
後は僕や他の超野球少女に任せて、ゆっくり休んでいてくれないか!」
ナイルが外野から声を張り上げる。
だがやはり、剣は首を横に振った。
「無理ですよ、ナイルさん。
貴方にも、他の誰にだって。
私の業は背負えない。
誰も代わって背負うことはあり得ないんです。
それに、誰にも背負わせてはいけない。
だから、私は一人で最後まで投げ続けなきゃいけない」
剣は己の業を思う。
何人たりとも、肩代わりすることは出来ない。
させてはならない。
なぜなら剣の業は、極めて重く暗い罪からくるものなのだから。
故に己を罰するため、野球を禁じてきた。
例え誰が望もうとも、剣は己の罪を他人に背負わせることを良しとしない。
また、自分自身が犯した罪であるから、自分で決着を付けなければならない。
剣の眼には影が見えた。
己の過ち、罪の幻影。
剣が野球をすることを自ら呪う闇。
これを生み出したのは、剣自身に他ならない。
故に自らの手で打ち破らねば、野球の道は開けない。
一度自分で閉ざしてしまった野球道をこじ開け突き進む為には、まずこの呪いと戦い、勝たなければならない。
でなければ、いつまでも呪われ、身を竦ませながら戦うことになる。
剣の願いは単純。
野球をすること、戦うこと、そして勝つこと。
それらのどれにとっても、幻影呪縛は不要であった。
ならば殺そう。
己が生み出した、己の過ちを正すための楔であろうとも、野球道を塞ぐのであれば、打ち砕かねばならない。
