ツルギの剣




 十数球ほどの牽制が繰り返され、ラブ将軍は立っていることも出来ないほど痛めつけられていた。


「こんな――ひどいよ。

見てられない!
 先生を呼びに行こうよ、剣!」

 日佳留がベンチで訴える。

 だが、剣は首を横にふる。


「無理だよ。

 どうせ、グラウンドの周りで他の野球部員が見張ってる。

 そんなことしたら、日佳留やナイルさんまで酷い目に遭う」


 剣は言いながら、元野球部員側のベンチを見た。

 明らかに人数が少ない。
 グラウンドに出ている人間と合わせても二十人程度。

 仮にも甲子園出場レベルの学校である深水学園で、この人数はあり得ない。

 グラウンドを通りかかろうとする人を遠ざける、また、グラウンドから逃げようとする人間を片付ける目的で、大勢が出払っているのだろう。


 いくら野球部の個別練習グラウンドだからと言って、一向に誰も通りかからないのは不自然。


「それに……」

 剣は続けようとして、言葉に詰まる。

「それに? 何か理由があるっていうのかい?」

 ナイルに促され、剣も観念する。
 押し黙り流そうとした言葉の続きを口にする。


「私、分かる気がするんだ。

 あの二人が、あそこまでして野球を続けようとする理由」

「そんな――」


 わけが分からない、という顔。

 声を漏らした日佳留も、黙って話を聞くナイルも。
 同じような表情で剣を見た。

「今、もしも誰かに助けを求めたら、この勝負は二度と成立しない。

 あいつらに勝つ機会を失うんだよ。

 勝ち続ける未来に向けて生きる人間にしてみれば、一寸の敗北さえ一生の恐怖。

 ましてや、こんな暴力的な邪道野球に屈したまま、なんて恐ろしいよ。
 どれだけ自分の魂を縛り付ける鎖になるかも分からない。

 だから戦うしか無いんだ。
 例え一生野球の出来ない身体になるとしても。

 正面からぶつかって、自分の野球で勝つしか無い。
 そうでなきゃ、どっちにしろ未来は無いんだよ。

だから、絶対に勝負を避けたりしない」


「おかしいよ、そんなの。

 剣の言ってることがアタシ分からない」


 日佳留は首を横に振り、言う。

「そんな捨て身の生き方、気でも狂ってなきゃできっこないよ」


 その言葉に、剣は頷いた。

「私もそうは思うよ。
 おかしくなきゃ、あんなになるまで野球は出来ない。

 でも、あの二人は狂ってしまうほど野球に全てを懸けてるんだ。


 だから出来る。

 だから――あいつら、元野球部はそこにつけ込んで暴力を振るう」


 三人、俯いて顔も上げられない。


 陰鬱な空気。

 グラウンドでは、ようやく真希が敬遠されるところだった。

 三球大きく外して、飛び上がっても打てないようなところに投げ込まれた。
 最後の一球も、やはり同じコースへ。


「――行ってくるよ」


 剣は言って、バットを手にする。

「剣、行かないで!」


 日佳留が剣の手を取って引き留めようとする。

 だが、剣は日佳留の手を叩いて払いのけた。

「行くよ。
 私は、あいつらを許さない」


 それだけを言って、グラウンドへと向かった。



 真希が一塁。
 負傷して歩くことにも苦しむラブ将軍が二塁。

 例え満塁になったところで、足で点を入れるのは不可能だろう。


 ピッチャー、第一球目。
 悪意に満ち溢れた放球。

 軌道は真っ直ぐ――剣へと向かってくる。


 二度目ともなれば予測できる事態だった。

 剣は白球を寸でのところで回避。
 どうにかデッドボールを免れる。


「そんな!」

 ベンチ側から叫び声。
 日佳留だった。

「なんで剣まで報復されるの!」

 怒りと涙に震える声。

 剣が傷つけられようとしている現実が響いている。


「剣サンは貴方たちに何もしていないだろ!

 何故剣サンまで巻き込むんだ!」


 続けてナイルが怒りの声を上げる。

 これに、元部長が反論する。


「部外者は黙ってろ!

 これは私らと超野球少女の問題だ。
 超野球少女なら全員同じだ。

 許すわけにいかない。

 だからこの女もボロクズにしてやる!

 例外などあるものか!」


 見さかいの無い、醜い憎悪。

 日佳留もナイルも、これを止める手立てを持たなかった。

 言い返してやりたいのも山々だが、だからと言って剣が無事に出塁出来るわけではない。

 無意味に試合を長引かせるのは、負傷したラブ将軍にとって毒。

 悔しさを噛み締め、押し黙る。