終わりがあるから頑張れるのだと誰かが言った。
それが世界の終わりか、人生の終わりか、はたまた映画の終演か。それがどんな終わりかは誰も知らない。平等に与えられているらしい日常は平等なんかではなくて、俺なんかを忘れて通り過ぎていく。そうしてやって来る今日を、諦めることから俺が始まる。
「今日の部活まじだるいわ」
「うわ、しかも今日顧問いんじゃん」
放課後を迎えた教室はクラスメイトが一斉に盛り上がりを見せ始める。その中でも際立っているのが部活動中心の奴らだ。表向きには練習に真面目な学生を演じておき、裏ではその過程を周囲に自慢するかのように愚痴をこぼす。俺はそれを鼻で笑ってから颯爽と教室を出た。
部活動だって行事だって、結局は時間の浪費でしかない。だいたい学校生活はそういうものだ。人間関係や周囲との優劣に悩むくらいならもっと自分の人生に向き合えと言いたいくらいだ。だいたい学校生活を経て認識する自分なんてそれくらいのものなのだから。
教室を出たら出たでグラウンドからは部活動に励む声が、新校舎の最上階からは吹奏楽部の高らかな音色が聞こえてくる。どれも青春という感じがうざったい。
俺は速足で校門を抜け、家路についた。
帰宅すると、母は淡々と家事をこなし、父は書斎で嘆いていた。
俺の父は天才小説家・石戸普段《いしどふだん》である。“普段”は医師をしながら作家業を兼任。ラブコメの創作を得意としていた。
今日は病院が休診日で、父の嘆く声は朝俺が家を出るときから聞こえていた。ということは朝から創作に励み続けていることになる。それもそのはず、もう父には、“石戸普段”にはそうするしか道が残されていないのだ。
“普段”は五年ものあいだ一度も作品を世に送り出せていない。五年前は重版に留まらず映像や漫画でも展開され、ちやほやされていた“普段”だったが、一発屋としてすっかり世間から忘れ去られてしまったのだ。
書斎を通り過ぎ、部屋に戻ると殺風景な部屋が俺を迎え入れる。ノートパソコンが置かれただけの学習机とベッドがあるのみ。生活感を全く感じられない部屋だと我ながら思った。
リュックを部屋の中央に置き、真っ先にパソコンを立ち上げる。それから真っ白なWordソフトを開いて、ひたすら文字を打ち込む。それは事務作業のようで、画面上を淡々と文字が流れていく。タイプ音だけが響く部屋で俺は今日も息をする。
俺には自分自身がたいそう捻くれた人間だという自覚がある。人と群れるのを好まないし、友人なんか作ったところで足枷になる。 そう信じて疑わない俺には友人なんて呼べる人は生涯見つからないだろうと思っていた。
だから、俺の目の前にクラスの人気者・神崎コウタが現れたときも変わらず距離を取ることを選んだ。突き放すこともあった。
それでも彼は俺から離れないどころか、俺を面白がるようになった。クラスの中心にいた彼はてっきり俺をからかうだろうと思ったが、そんなことはなく、いつしか俺が友人と呼ぶのはコウタがいいとさえ思うようになった。
そんな中、7月1日のことだ。
コウタが死んだ。
親しくなってからはまだ2か月しか経過していなかった。これからだと、これからも親しくありたいと、無意識のうちに俺はそう思うようになっていた。
そんな矢先の出来事にコウタの死を受け入れられるはずもなかった俺は、当然のように通夜にも葬式にも出席しなかった。それに、2ヵ月を過ごしただけの俺なんかが彼との別れの場に参加するのも気が引けた。俺の知っている彼はクラスのみんなから愛されていて、元々俺が親しくなっていいはずのない人間だったのだから。
儀式に出席しなかった俺は部屋に籠るようになった。籠ったところで楽になるなんてことはない。けれど、日常に戻ればコウタの死を嫌でも受け入れなければならない。コウタのことを思うふりをしながら自分を守ることでいっぱいだった。
そんな俺に医師である父は情けないと言った。日常に誰かの死があったであろう父には、コウタの死に嘆く俺が小さく見えたのだ。もしかすると父は医師としてではなく、“普段”として言ったのかもしれない。人の感情も失うほどに“普段”は死んでいてもおかしくなかったのだ。
コウタの死を受け入れるより先に、コウタの死から1週間後、引きこもるのを辞めて学校へ行った。夏休みを目前に控えたためかクラスメイト浮ついていてコウタの死を忘れつつあるようだった。
コウタひとりが世界から消えようがその他大勢の日常は続いていく。この世界は生きているもののためだとでも言うかのような光景に呆れながらも、コウタの死を受け入れなければならないという現実に押しつぶされていた時だ。
「元気だったか?」
クラスメイトの平木翔也はゆっくりと俺に近づいて形式的に気遣ってくれた。
「そう言えばお前〝殺人犯〟だって言われてるぞ。夜明に出会ってからコウタが変わったからだってさ」
人間誰だって簡単に変わることはあるだろうと言い返しそうになって言葉を飲み込む。
元からコウタと俺の関係をよく思わない人が大多数だったことを俺は知っていたので不思議なことはなかった。けれど、それにしても突飛な噂だなと反射的に鼻で笑っていた。
「理由があれば楽なんだろ」
内心呆れながらそう返す。
「コウタの葬儀には行かなかったんだな」
翔也は腫れ物を見るような目で俺を見た。
コウタの葬儀に行かなかったのは事実だ。行けなかった、の方が正しいのかもしれないが。
「まぁ、“殺人犯”は行かなくて正解か」
翔也は俺を茶化すように嫌な笑みを浮かべていた。
翔也と俺は友人なんて言える関係ではなかった。
そもそも殺人犯呼ばわりをされている俺と友人でいる人間なんているはずがなかった。
翔也に限っては誰が何をしようが敵も味方もしない。
それは俺が殺人犯呼ばわりをされているからという話ではない。
それが彼のモットーであり、自分を保つための手段だったのだ。
「汚名を被ったままでいいのかよ」
翔也はこの件を噂程度にしか知らない。それでも彼自身を守るために俺を気遣う。と言っても俺を良く言う噂はないので結果的に俺の味方をしているような気さえするが。
「いいんだよ別に」
投げやりだった。
第三者がどう思おうが結果は変わらない。それを俺は誰よりも知っているはずだった。
翔也はそれきり口を開くことなく席に戻った。教室では相変わらず夏休みの予定の話が至るところで繰り広げられている。
その空気に耐え兼ねた俺は、朝のHRさえ始まっていない教室を荷物を背負って飛び出した。
正門が見え始めたとき、後ろからはHR開始のチャイムが聞こえてきた。テキトウに校内で時間を潰せる場所を探そうとしていたはずの俺の足は校外に向かって動き続けたままだった。まるで時計の秒針のように止まることを許されないようだった。
そんな中、突然足がピタリと動きを止める。大通りを抜けて路地を数歩行ったところだ。
その道は春になると桜の絨毯が敷かれ、木の隙間から差す陽が幻想的な風景を増大させる。思えばよくコウタと歩いた道だった。その頃は桜の面影さえない時期だったけれど。
高校2年に進級するも、心を閉ざし切っていた俺に声をかけてくれたのがコウタだった。そこから距離を縮めるまでは、そう時間はかからなかった。
スポーツ万能で成績優秀なコウタが俺の友人であるというのはもったいない。コウタと俺が一緒にいるのを気に食わない人がいたのも事実だ。それを証明するかのように根も葉もない噂が学校中で飛び交っていた。勿論、どれも俺を貶めたいばかりの虚構だった。
「お前に出会ってからつまらねぇ」
それがコウタの口癖だった。コウタはお世辞にも人につまらないと言えるような人間ではなかった。俺からすればコウタの方がつまらなかった。スポーツ万能で成績優秀。おまけにクラスメイトからは好かれていて信頼も厚い。そんな全てを手に入れたようなコウタの方がよっぽど。
けれど、俺はそのつまらなさに魅了されたのだ。彼らしさ求めたところで何もない、それでもどこか目を引いてしまう、そんな彼が心底羨ましかった。
コウタに出会う前の俺は死んでいた。
人間は実に愚かだとつくづく思うけれど、それにしても人が死ぬ瞬間は実に滑稽だと思う。ギャンブルで巨額の借金を抱えることになったり、たった一夜の欲で家族を失ったり。俺の場合はどれでもなかったけれど、それでも滑稽だっただろう。
そんな俺をもう一度生かしてくれたのがコウタだった。
進みたい道も明日を生きる理由も当時の俺には何もなかった。それでもコウタは真の俺を見つけてくれた。そのおかげで、俺はすっかり存在価値を証明できる人間になった。
今日はそのまま帰る気にもなれなくて、俺は帰り道にある書店に立ち寄った。周辺で最も大きいこの店は小説や漫画のレパートリーが多い。加えて、新著に合わせて定期的に配置換えがあるので、いつ来ても新鮮な心地がしていた。
そんなここは俺のお気に入りの場所で、一度だけコウタと来たこともある。
その時、コウタは入口付近にあるおすすめ書籍の中から迷わず一冊を手に取った。それが、夜々稔の『夜に咲く青』だった。
それから数か月たった今も、そこには夜々稔のブースがある。
ブースに見入っていると、白のブラウスにチノパンを履いた男性・本藤さんが俺に近づいて頭を下げる。
俺も慌てて頭を下げてから、本藤さんに招かれるがまま関係者以外立ち入り禁止の扉を超えた。
「稔先生、お久しぶりですね」
「先生なんて、やめてください」
俺は苦笑いで返す。先生と言われるのはなんだかくすぐったい。
俺こそが夜々稔であり、そのことを本藤さんは知っていた。そのうえで特設ブースを設置したり、サイン本を置かせてくれたりと良くしてくれていた。
おそらく五十代と思われる本藤さんは第二の父とも呼べてしまうくらい俺の、夜々稔の人生には欠かせない存在だった。
「ブースに稔くん応援ノートを置いていたんだ。どうしてもこれを渡したくて」
「もちろん、持って帰らせてください」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
本藤さんの申し訳なさそうな表情が一瞬にして晴れていく。
本藤さんは俺の活躍を誰よりも喜んでくれる。
「追加でサインを書かせてもらってもいいですか?」
「いいのか?」
「はい、むしろ書かせてください」
本藤さんが裏から持ってきた数十冊に淡々とサインを書きながら、俺は自分でもわかるくらいに満足げだった。
俺の小説を求めてくれている人がいる、それは数年前の俺からは想像もつかないことだったのだ。
俺が小説を書き始めたのは小説が好きだとか認められたいだとか、そういうのではなかった。
ただ、“石戸普段”の、父の大切なものを奪うことができれば、それでよかった。
それで中学2年の春、独学で執筆を始めた。
それから1年も経たないうちに最優秀賞を受賞した。
“石戸普段”の息子であることは誰も知らない。俺は父の力を借りることなく、実力だけで高い評価を得て小説家となった。自分でも良くできたシナリオだと思った。
父は俺が受賞したことを知らない。“普段”の知らぬ間に手も届かないほど上に立って見下げてやりたかった。そうすればきっと父を追い詰められる。
全てを犠牲にした父の人生の先に俺がいれば、たいそう絶望することだろう、と。
俺は“普段”の人生を終わらすことができればそれでよかったのだ。
俺は父を変えてしまった小説が、父よりも憎かったのだ。
だから、こうして小説に生かされているような今は全く想像できなかった。
「再来月に新作出るんだっけ?」
「はい、予定通りにいけば」
「そっか、楽しみにしてるよ」
そこでサインを書き終えた俺は本藤さんに時間を割いてもらうのも申し訳なくて、すぐにリュックを背負った。
「あ、サイン本また減ったら教えてください、書きにくるんで」
「ありがとう、まあ無理せずにな」
「はい、じゃあ店内一周して帰ります」
「ごゆっくりどうぞ、また顔だけでも見せに来て」
本藤さんは俺を見送ると駆け足で持ち場に戻っていく。
俺は迷うことなく国内の書籍が置いてあるコーナーに行き、五十音順に並ぶ書籍の中から“石戸普段”の文字を探した。国を代表するミステリー作家の池谷良助だとか最近新人賞を受賞した井坂五郎だとか、著名な作家には名前の書かれたプレートと大量の書籍が並ぶ。その隅に追いやられるように“石戸普段”は辛うじて存在していた。
それも2冊だけ。人気で品切れなのか不評で入荷していないのか。
“普段”がこれまで出したのは4冊。人気を獲得したのはうち1冊で、それにしても数が合わない。なにも初めての事ではなかったし、後者であるというのは書店の扱いからしても明らかである。
俺は地に落ちた“普段”の評価を見て、優越感に浸ることができた。
と同時に勝手に落ちぶれた“普段”につまらなさも感じるのだった。もう少し接戦ができるものだと、小説を書き始めた頃の俺は思っていた。
「疑っているつもりはない。ただ事実が知りたいんだ」
放課後、颯爽と靴箱まで降りてきた俺を担任が呼び止めた。
クラスで広まったコウタの噂について、真相を聞きたいとのことだった。
生徒を守るにしても事実かどうか確かめておく必要があったのだろう。
「殺すわけないじゃないですか。コウタとはただの友人でした、それも唯一の」
俺は迷うことなく否定する。
コウタは友人だった。それも、俺にはもったいないくらいの。
コウタが死んだという実感のないまま、俺は流されるように1週間を過ごした。俺の日々からコウタが消えても日常は淡々と続いた。
唯一変わったのは俺が学校に行かなくなったことだろうか。はじめのうちは遅刻したり早退したりと俺なりに学校には行っていた。それでも学校に行けばコウタがいないという事実を突きつけられるので次第に教室にすら入れなくなり、そのまま不登校となった。
とはいえ学校に行っていないことで母に心配かけるのも気が引けるので俺は毎日学校へ行くふりをする。
それは今日も同じだ。
制服姿で家を出ると最寄りのコンビニで私服に着替える。それから市営図書館が開くまでの2時間を公園のベンチで過ごすのだ。
平日の朝の公園に人気はない。たまに親子連れが遊びに来ることもあったが、最高気温が30度を超えるとそれもなくなった。
中には俺を不審に思って公園を変えた人もいるだろうが。
高校生の俺は公園で遊ぶことはない。ベンチに座って本を読んだり小説を書いたり。俺は俺ながらの過ごし方で、暑さを感じないくらい、自分の世界で生きていた。
それでもたまに時計を見ては図書館開館までの残り時間を計算して絶望を味わうこともある。
今日がそうだった。
メモ帳を開いて風景を描写しながらもすっかり心は俺を離れてしまったみたいだった。今の俺にとっての小説は効率の悪い作業でしかない。
「もしよければもう少し寄ってもらえませんか?」
突然左から飛んできた、今にも消えそうなほどか細いその声に俺は小さく頭を下げてから右に寄った。
顔を上げると、彼女は同年代に見えた。
ひとつに結われた髪は時折吹く風に煽られるも彼女は全く気にする素振りを見せない。
彼女は鞄から1冊の小説を取り出すと、俺に構わず読書を始めた。
俺はその小説の表紙に見覚えがあった。嫌というほど眺めたその表紙を知らないはずがなかった。
俺の視線は彼女の手元の本で止まったまま、身動きがとれなくなったみたいだ。
そんな俺に彼女は不思議そうに口を開いた。
「この本ならさっきそこの本屋で……」
彼女は俺の右手を指さす。
その先にある本屋は、いつもお世話になっている本藤さんの勤める書店だった。
「いや、そうじゃなくてその本……」
「これなら石戸普段先生の本で……ってもしかして知ってるんですか?」
彼女は食い気味だった。
やっと見つけたとでも言いたげな勢いに思わず俺は身体を反らした。
「まぁ、うん……」
「そっか、そうですよね、有名ですもんね」
俺の言い方に彼女は冷静になる。
「好きなんです、現実を淡々と描く感じとか、希望を持たせない感じとか」
彼女は“石戸普段”を絶賛する。
俺は自分でもわかるくらい嫌な顔をしていると思った。あいにく平気な素振りを見せる余裕も持ち合わせていない。
それで彼女が俺の顔を見てハッとし、同時に眉をひそめた。
「すみません、有名だからってみんなが好きなわけじゃないですもんね」
「いや、別に……」
彼女を横目に、俺は膝の上に合った手帳を両手で覆って隠した。
それから彼女は気分よく小説を読み始めた。
世界に引き込まれていくようで、ページをめくる音が人気のない公園に響いた。
俺の左手の腕時計は午前9時半を示している。図書館の開館時間まで、あと30分もあった。それでもこの場にいるのは気分が悪くて、立ち上がった時だった。
「まだ図書館空いてないですよ」
その瞬間、背筋が凍った。
彼女と俺は今日が初対面のはずだった。しかし、この数日の動きを、少なくとも一日は俺を追いかけていることになる。
動揺を見せる俺に、彼女は座っているベンチを指さして微笑む。
「元々ここは私の居場所だったから」
俺が学校に行かなくなって数日の間、俺は彼女の居場所を奪っていたのだろうか。公共のものだから誰の居場所でもないのだけど、それでも申し訳なさが押し寄せてくる。
「ごめん……」
俺の謝罪に彼女は悪戯気に微笑む。数秒前のおっとりとした、怯えるような彼女からの変わりように俺は呆気にとられていた。
「いいんです……私だけの居場所でもないから」
この時間に公園に来た辺りで彼女が不登校であることは何となく察しがついていたのだけど、公園が居場所というくらいだから似た境遇なのだろうと彼女に同情した。
彼女は“石戸普段”の本を閉じ、胸の前で抱えた。
「あの…… 朝田彩葉って言います。君の名前も……いいかな?」
「…… 末永夜明です」
「夜明くん……綺麗な名前ですね」
「あ、いや……朝田さんこそ」
彼女の名前を呼んだ途端、彼女の表情が曇った。彼女が名前を呼ばれ慣れていなかったのか、名前に嫌な思い出があったのか、俺は咄嗟に頭を下げていた。
「いや、違うんです……私名字苦手で、それで……」
「あっ……じゃあ、彩葉……」
俺たちの会話はぎこちないものから始まった。それから少しずつお互いのことを話し、同じ高校に通う同級生だとわかった。高校一年生の1ヵ月で不登校になってしまった彩葉のことを俺は知らず、彩葉も当然俺のことを知らなかった。
それをちょうどいいと、その時の俺は咄嗟に思った。
「彩葉……はなんで名字が嫌いなんだ?」
「再婚相手の名前だから……。名字が変わったばかりで実感が湧かないっていうか私は親だって認めてないから」
攻めた質問に彩葉は嫌な顔ひとつ見せず応える。彩葉の胸に抱かれたままの本は彩葉の身体にそっと寄り添っていた。
彩葉の応えに、俺は彩葉に似たところを感じた。家庭環境も境遇だって違うだろうけど、それでも。理由は何であれ俺だってアイツを父親だなんて認めたくない。
「寄り道して行くわ」
そう言って俺は彩葉のもとを離れた。都合が悪くなったのもあるけれど、今日知り合ったばかりの彩葉と長時間一緒に居られるほど人付き合いはうまくなかった。
俺はコウタとだけ一緒に居られた。この先コウタ以上に付き合っていける人はいないのだと、俺はそう思うことで今でもコウタに尽くしていられる気がしていた。
結局その日は図書館に行かなかった。彩葉と出くわしてしまうのも嫌だったし、そういう気分でもなくなった。それで、図書館近くのネットカフェに身を寄せた。
リクライニングソファに身体を倒し、本棚から適当に取ってきた漫画を流し見する。第三巻と表紙に書かれてあった。
目の前にはパソコンがあったけれど、俺は当然書く気にもなれなかった。
俺の脳内には朝田彩葉と石戸普段がいる。
彩葉が好きだという“普段”はもう社会から必要とされていないはずだった。勿論好みがあるということは分かっているつもりだ。それでも俺の目の前で“普段”を称えられると胸に来るものがある。
俺は結局のところ“普段”を超えられなかったのだと、そう思わされるようだった。販売数でも影響力でも、間違いなく俺は“普段”を上回ったというのに。



