アルカナタワーと湖畔の間、碧落湖の青い湖面上に構築された円形のステージ――。
ここが今日の舞台となる。
湖畔はクレーターの崖の傾斜をそのまま活かして芝生で覆い、数キロにわたって円弧を描いた天然の客席が設けられていた。まるで古代の円形劇場を何十倍にも拡大したような壮大な光景で、そこには数十万人もの観客が詰めかけている。色とりどりの服を着た人々が斜面を埋め尽くし、遠目には花畑のようにも見えた。
その後ろにはタワーマンション群が林立しており、どのベランダにも人が鈴なりになっている。建物と建物をつなぐ連絡通路にも人が溢れ、まるで都市全体がこの日を待ち望んでいたかのようだった。空には無数のエアモンが舞い、祝福の光の粉を撒き散らしている。
会場に現れない人々もほとんど自宅で中継映像を眺めながら、今か今かと開催を心待ちにしていた。トータルで百万人、まさに大陸最大の祭典だった。
ポーンという時報の合図とともに、黒髪のアリスが微笑みを振りまきながら現れると、数十万人の観客が待ちきれんとばかりに歓声を上げた。
その地響きを伴うかのような歓声は、多くのエアモンを刺激して、湖面も空も多くのエアモンのダンスで埋め尽くされる。
レスター三世は、貴賓席からその光景を見下ろしていた。
見えているだけでも数十万人。
それは、自分の国の王都の人口にも匹敵する数だ。それだけの人間が、一つの祭典のために集まっている。しかも、誰もが笑顔だった。強制されているわけでも、義務で来ているわけでもない。純粋に、この国を、この日を祝いたくて集まっているのだ。
「くっ……」
その事実が、レスター三世の胸に重くのしかかった。
◇
「それでは、エリナ王妃より開会の宣言です」
アリスの声が響き渡ると、会場が一瞬静まり返った。
そして――。
舞台の奥から、一人の女性が姿を現した。
エリナ・アルカナ。
大アルカナ王国の王妃にして、かつて「緋剣の剣姫」と呼ばれた伝説の剣士。
彼女は優雅なラインのグレーのドレスに身を包み、腰まで届く艶やかな黒髪を風に揺らしながら、凛とした足取りで前に進み出た。かつて復讐心と孤独を宿していたという黒曜石のような瞳は、今は喜びと希望の光を湛えている。
その姿を見た瞬間、数十万人が一斉に歓声を上げた。
「エリナ様ー!」「王妃様ー!」「愛してますー!」
地鳴りのような、圧倒的な音の波が湖畔を包み込む。
エリナはにこやかに観客に手を振りながら、ステージの中央へと歩いていく。その足取りには、剣士としての鍛え抜かれた力強さと、王妃としての気品が同居していた。
右手を高々と掲げる――。
会場が、再び静まり返る。
数十万人の視線が、一点に集中した。
「これより――」
エリナの声が、澄み渡る青空に響いた。
「大アルカナ王国、建国十五周年記念式典及び収穫祭を始めます!」
宣言と同時に、エリナは上空の斜め方向を見上げた。
その仕草に、観客たちは首を傾げた。
「え?」「何?」「どこ見てるの?」
戸惑いの声が広がる中、人々は一斉にエリナの視線の先を追った。
そして――。
誰もが、息を呑んだ。
太陽を背景に、巨大な何かが悠然と飛んでいる。
最初は、鳥かと思った。しかし、あまりにも大きい。飛行機ほどの巨体が、ゆったりと翼を羽ばたかせながら気持ちよさそうに旋回している。
それは、漆黒のドラゴンだった。
鱗の一枚一枚が黒曜石のように輝き、巨大な翼が空を掻くたびに、風が渦を巻いてゴウっという重低音を響かせた。長い首を優雅にもたげ、真紅の瞳が会場を見下ろしている。
観客たちの多くは、最初それをエアモンのような合成像だと思った。この国では、そういう幻を見せることなど造作もないことだから。
しかし、眼鏡を外しても、ドラゴンは消えなかった。
漆黒の巨体は、変わらず優雅に空を舞い続けている。
本物だ――――!
生きている、本物のドラゴンだ!
初めて見る幻獣の姿に、会場は大きくどよめく。ドラゴンは伝説の中にしか存在しないはずの生き物で、ドラゴンを見た話など誰も聞いたことが無かった。
レスター三世たちもその予想外の展開に驚きの声を漏らした。もちろん神の力を背景に持つこの国ならこういうことがあってもおかしくはないが、目の前で伝説を見せられれば心穏やかではいられない。
そして、高度を落としてくると、ドラゴンの背中に、人影があるのが見えてきた。
純白のスーツに身を包んだ、茶色い髪の男性――。
国王だ。
レオン・アルカナその人が、ドラゴンの背に乗って空を舞っているのだ。
「うわぁぁぁ!」「陛下ぁぁぁ!」「レオン様ーーー!」
その粋な登場に、会場のテンションが一気に沸点に達した。
その瞬間、ドン!ドコドンドン! と重厚な打楽器の音が響き渡り、吹奏楽団が祝賀マーチの演奏を開始した。空からは無数の花びらが降り注ぐ。
ドラゴンは旋回しながらアルカナタワーの向こう側を回り込み、徐々に高度を下げていく。そして突如、翼を畳んで急降下を始めた。
観客たちから悲鳴にも似た歓声が上がる。
漆黒の巨体が矢のように落ちてくる。そして湖面が近づいてきた瞬間バッと大きく翼を広げ、またバサッバサッと巨大な翼を羽ばたかせた。湖面に大きな波紋を残し、ゆったりと上昇しながら観客席の前を通過していく。
ここが今日の舞台となる。
湖畔はクレーターの崖の傾斜をそのまま活かして芝生で覆い、数キロにわたって円弧を描いた天然の客席が設けられていた。まるで古代の円形劇場を何十倍にも拡大したような壮大な光景で、そこには数十万人もの観客が詰めかけている。色とりどりの服を着た人々が斜面を埋め尽くし、遠目には花畑のようにも見えた。
その後ろにはタワーマンション群が林立しており、どのベランダにも人が鈴なりになっている。建物と建物をつなぐ連絡通路にも人が溢れ、まるで都市全体がこの日を待ち望んでいたかのようだった。空には無数のエアモンが舞い、祝福の光の粉を撒き散らしている。
会場に現れない人々もほとんど自宅で中継映像を眺めながら、今か今かと開催を心待ちにしていた。トータルで百万人、まさに大陸最大の祭典だった。
ポーンという時報の合図とともに、黒髪のアリスが微笑みを振りまきながら現れると、数十万人の観客が待ちきれんとばかりに歓声を上げた。
その地響きを伴うかのような歓声は、多くのエアモンを刺激して、湖面も空も多くのエアモンのダンスで埋め尽くされる。
レスター三世は、貴賓席からその光景を見下ろしていた。
見えているだけでも数十万人。
それは、自分の国の王都の人口にも匹敵する数だ。それだけの人間が、一つの祭典のために集まっている。しかも、誰もが笑顔だった。強制されているわけでも、義務で来ているわけでもない。純粋に、この国を、この日を祝いたくて集まっているのだ。
「くっ……」
その事実が、レスター三世の胸に重くのしかかった。
◇
「それでは、エリナ王妃より開会の宣言です」
アリスの声が響き渡ると、会場が一瞬静まり返った。
そして――。
舞台の奥から、一人の女性が姿を現した。
エリナ・アルカナ。
大アルカナ王国の王妃にして、かつて「緋剣の剣姫」と呼ばれた伝説の剣士。
彼女は優雅なラインのグレーのドレスに身を包み、腰まで届く艶やかな黒髪を風に揺らしながら、凛とした足取りで前に進み出た。かつて復讐心と孤独を宿していたという黒曜石のような瞳は、今は喜びと希望の光を湛えている。
その姿を見た瞬間、数十万人が一斉に歓声を上げた。
「エリナ様ー!」「王妃様ー!」「愛してますー!」
地鳴りのような、圧倒的な音の波が湖畔を包み込む。
エリナはにこやかに観客に手を振りながら、ステージの中央へと歩いていく。その足取りには、剣士としての鍛え抜かれた力強さと、王妃としての気品が同居していた。
右手を高々と掲げる――。
会場が、再び静まり返る。
数十万人の視線が、一点に集中した。
「これより――」
エリナの声が、澄み渡る青空に響いた。
「大アルカナ王国、建国十五周年記念式典及び収穫祭を始めます!」
宣言と同時に、エリナは上空の斜め方向を見上げた。
その仕草に、観客たちは首を傾げた。
「え?」「何?」「どこ見てるの?」
戸惑いの声が広がる中、人々は一斉にエリナの視線の先を追った。
そして――。
誰もが、息を呑んだ。
太陽を背景に、巨大な何かが悠然と飛んでいる。
最初は、鳥かと思った。しかし、あまりにも大きい。飛行機ほどの巨体が、ゆったりと翼を羽ばたかせながら気持ちよさそうに旋回している。
それは、漆黒のドラゴンだった。
鱗の一枚一枚が黒曜石のように輝き、巨大な翼が空を掻くたびに、風が渦を巻いてゴウっという重低音を響かせた。長い首を優雅にもたげ、真紅の瞳が会場を見下ろしている。
観客たちの多くは、最初それをエアモンのような合成像だと思った。この国では、そういう幻を見せることなど造作もないことだから。
しかし、眼鏡を外しても、ドラゴンは消えなかった。
漆黒の巨体は、変わらず優雅に空を舞い続けている。
本物だ――――!
生きている、本物のドラゴンだ!
初めて見る幻獣の姿に、会場は大きくどよめく。ドラゴンは伝説の中にしか存在しないはずの生き物で、ドラゴンを見た話など誰も聞いたことが無かった。
レスター三世たちもその予想外の展開に驚きの声を漏らした。もちろん神の力を背景に持つこの国ならこういうことがあってもおかしくはないが、目の前で伝説を見せられれば心穏やかではいられない。
そして、高度を落としてくると、ドラゴンの背中に、人影があるのが見えてきた。
純白のスーツに身を包んだ、茶色い髪の男性――。
国王だ。
レオン・アルカナその人が、ドラゴンの背に乗って空を舞っているのだ。
「うわぁぁぁ!」「陛下ぁぁぁ!」「レオン様ーーー!」
その粋な登場に、会場のテンションが一気に沸点に達した。
その瞬間、ドン!ドコドンドン! と重厚な打楽器の音が響き渡り、吹奏楽団が祝賀マーチの演奏を開始した。空からは無数の花びらが降り注ぐ。
ドラゴンは旋回しながらアルカナタワーの向こう側を回り込み、徐々に高度を下げていく。そして突如、翼を畳んで急降下を始めた。
観客たちから悲鳴にも似た歓声が上がる。
漆黒の巨体が矢のように落ちてくる。そして湖面が近づいてきた瞬間バッと大きく翼を広げ、またバサッバサッと巨大な翼を羽ばたかせた。湖面に大きな波紋を残し、ゆったりと上昇しながら観客席の前を通過していく。



