「はい、じゃぁ恵比寿までヨロシク!」
シアンは龍の後頭部にひょいっと座り込むと、ペシペシっと鱗を叩く。まるで馬の首を叩くような気軽さで。
「もぅっ! そんなタクシーみたいに……」
レヴィアは不満をこぼす。天下の真龍がタクシー代わりとは沽券にかかわるのだ。
「つべこべ言わない!」
シアンはブンっと腕を振り上げた。金色の光が龍全体を包み込み、漆黒の鱗が黄金の輝きを帯びていく。
「へっ!?」
レヴィアが驚いた声を上げた。自分の意思とは関係なく、力が身体に流れ込んでくるのだ。これはまさか。
「ソイヤー! 行っけぇ! きゃははは!」
シアンが楽しそうに叫んだ。
次の瞬間。
ドンッ!
凄まじい加速が全員の身体を襲った。一気に引っ張られ、視界が一瞬白くなる。
「ひょえぇぇぇ! 危ない! 危ないですって! うわぁぁぁ!」
勝手に加速させられてレヴィアは目を丸くして慌てていた。自分の身体なのに自分で制御できないのだ。
「ごはっ!」「ひぃぃ!」「いやぁぁ!」「もぉ!」
少女たちも龍の鱗の突起にしがみついて必死だった。ウェディングドレスが激しくはためき、渋谷の夜景が流れ星のように後方へ飛んでいった。風が頬を叩く。
「それそれぇ! きゃははは!」
シアンは心底楽しそうに笑っていた。そして龍の身体をくるりと回転させる。バレルロール。世界がぐるりと反転する。
「きゃぁぁぁ!」「もう無理ぃぃぃ!」「ヒャッハー! さーいこー!!」
悲鳴が夜空に響き渡った。シアンはそんな悲鳴すらも楽しんでいるようだった。
いきなり上空に現れた巨大な光る龍に、渋谷の街は騒然となった。無数の人々が空を見上げている。映画か何かの撮影なのか。空中に映像を投影しているのか。人々はその異常事態をいぶかしそうに見つめていた。誰もがスマートフォンを掲げて映像を撮ろうとしたが、なぜかカメラには何も映らなかった。ただ暗いだけの都会の空しか撮れず、龍の姿はどこにも映らない。スマートフォンが故障したのかと人々は首を傾げていた。
シアンの力が人間の記録装置を欺いているのだろう。神話は神話のまま、記録されることなく、ただ人々の記憶にだけ残る。やがてそれも夢だったのかと忘れられていくのだろう。
◇
そんな群衆たちの上空を飛びながら、レオンは眼下に広がる光景を見つめた。
地上に降りた銀河。四千万の命が紡ぐ光の海。その上を美しい花嫁たちと一緒に、漆黒の龍に乗って飛んでいく。吹き付ける風が髪を巻き上げる――。
まるで夢の中にいるようだった。いや、夢でもこんなことにはならないだろう。追放された落ちこぼれが四人の美しい花嫁と結婚して、伝説の龍に乗って、異世界の光の海の上を飛んでいる。こんな物語、誰が信じるだろうか。自分自身でさえ、これが現実だとは信じられない。
レオンは隣のエリナを見た。ウェディングドレス姿の彼女が黒髪を靡かせている。その横顔はどこか郷愁に満ちていた。黒曜石の瞳が眼下の光景を見つめている。懐かしそうに、そして少しだけ切なそうに。
前世で笑い、泣き、夢を見て、過労でぶざまに命を落とした街。その光の一つ一つにかつての記憶が宿っている。毎朝通った駅。残業帰りに立ち寄ったコンビニ。友人と笑い合った居酒屋。すべてがあの光の海のどこかにある。
レオンはそっとエリナの手を握った。冷たい夜風の中で温かさが伝わる。エリナは少し驚いたように顔を向けた。黒曜石の瞳がタキシード姿のレオンを映し、そして微かに微笑んだ。いつもの鋭い表情ではなく、クールな仮面を脱ぎ捨てた素顔の笑み。
言葉はいらなかった。ただ手の温もりが二人を結びつける。
大丈夫、一人じゃない。これからはずっと一緒だ、と。
エリナはそっとレオンの肩に頭を預けた。黒髪がレオンの頬をくすぐる。
気づけば他の三人もレオンの周りに集まってくる。ミーシャが穏やかに微笑み、ルナが照れくさそうに、シエルが幸せそうに――。
レオンはニコッと笑うとみんなを引き寄せ、一緒に美しい夜景に見入った。
龍は首都高速三号線の上空をゆっくりと横切っていく。赤いテールランプの光の川。それは血管のように街を巡り、人々の営みを運んでいる。
渋谷から恵比寿へ。過去から未来へ。絶望から希望へ。
四人の花嫁と一人の花婿を乗せた黄金の龍が、悠然と飛んでいく。新しい物語の始まりを告げるように。
眼下の光が、まるで祝福の星のように瞬いていた。
シアンは龍の後頭部にひょいっと座り込むと、ペシペシっと鱗を叩く。まるで馬の首を叩くような気軽さで。
「もぅっ! そんなタクシーみたいに……」
レヴィアは不満をこぼす。天下の真龍がタクシー代わりとは沽券にかかわるのだ。
「つべこべ言わない!」
シアンはブンっと腕を振り上げた。金色の光が龍全体を包み込み、漆黒の鱗が黄金の輝きを帯びていく。
「へっ!?」
レヴィアが驚いた声を上げた。自分の意思とは関係なく、力が身体に流れ込んでくるのだ。これはまさか。
「ソイヤー! 行っけぇ! きゃははは!」
シアンが楽しそうに叫んだ。
次の瞬間。
ドンッ!
凄まじい加速が全員の身体を襲った。一気に引っ張られ、視界が一瞬白くなる。
「ひょえぇぇぇ! 危ない! 危ないですって! うわぁぁぁ!」
勝手に加速させられてレヴィアは目を丸くして慌てていた。自分の身体なのに自分で制御できないのだ。
「ごはっ!」「ひぃぃ!」「いやぁぁ!」「もぉ!」
少女たちも龍の鱗の突起にしがみついて必死だった。ウェディングドレスが激しくはためき、渋谷の夜景が流れ星のように後方へ飛んでいった。風が頬を叩く。
「それそれぇ! きゃははは!」
シアンは心底楽しそうに笑っていた。そして龍の身体をくるりと回転させる。バレルロール。世界がぐるりと反転する。
「きゃぁぁぁ!」「もう無理ぃぃぃ!」「ヒャッハー! さーいこー!!」
悲鳴が夜空に響き渡った。シアンはそんな悲鳴すらも楽しんでいるようだった。
いきなり上空に現れた巨大な光る龍に、渋谷の街は騒然となった。無数の人々が空を見上げている。映画か何かの撮影なのか。空中に映像を投影しているのか。人々はその異常事態をいぶかしそうに見つめていた。誰もがスマートフォンを掲げて映像を撮ろうとしたが、なぜかカメラには何も映らなかった。ただ暗いだけの都会の空しか撮れず、龍の姿はどこにも映らない。スマートフォンが故障したのかと人々は首を傾げていた。
シアンの力が人間の記録装置を欺いているのだろう。神話は神話のまま、記録されることなく、ただ人々の記憶にだけ残る。やがてそれも夢だったのかと忘れられていくのだろう。
◇
そんな群衆たちの上空を飛びながら、レオンは眼下に広がる光景を見つめた。
地上に降りた銀河。四千万の命が紡ぐ光の海。その上を美しい花嫁たちと一緒に、漆黒の龍に乗って飛んでいく。吹き付ける風が髪を巻き上げる――。
まるで夢の中にいるようだった。いや、夢でもこんなことにはならないだろう。追放された落ちこぼれが四人の美しい花嫁と結婚して、伝説の龍に乗って、異世界の光の海の上を飛んでいる。こんな物語、誰が信じるだろうか。自分自身でさえ、これが現実だとは信じられない。
レオンは隣のエリナを見た。ウェディングドレス姿の彼女が黒髪を靡かせている。その横顔はどこか郷愁に満ちていた。黒曜石の瞳が眼下の光景を見つめている。懐かしそうに、そして少しだけ切なそうに。
前世で笑い、泣き、夢を見て、過労でぶざまに命を落とした街。その光の一つ一つにかつての記憶が宿っている。毎朝通った駅。残業帰りに立ち寄ったコンビニ。友人と笑い合った居酒屋。すべてがあの光の海のどこかにある。
レオンはそっとエリナの手を握った。冷たい夜風の中で温かさが伝わる。エリナは少し驚いたように顔を向けた。黒曜石の瞳がタキシード姿のレオンを映し、そして微かに微笑んだ。いつもの鋭い表情ではなく、クールな仮面を脱ぎ捨てた素顔の笑み。
言葉はいらなかった。ただ手の温もりが二人を結びつける。
大丈夫、一人じゃない。これからはずっと一緒だ、と。
エリナはそっとレオンの肩に頭を預けた。黒髪がレオンの頬をくすぐる。
気づけば他の三人もレオンの周りに集まってくる。ミーシャが穏やかに微笑み、ルナが照れくさそうに、シエルが幸せそうに――。
レオンはニコッと笑うとみんなを引き寄せ、一緒に美しい夜景に見入った。
龍は首都高速三号線の上空をゆっくりと横切っていく。赤いテールランプの光の川。それは血管のように街を巡り、人々の営みを運んでいる。
渋谷から恵比寿へ。過去から未来へ。絶望から希望へ。
四人の花嫁と一人の花婿を乗せた黄金の龍が、悠然と飛んでいく。新しい物語の始まりを告げるように。
眼下の光が、まるで祝福の星のように瞬いていた。



