「な、何だあれは!?」
レオンは思わず叫んだ。心臓が激しく脈打っている。あれほどの巨体が空を飛んでいるのに、魔法の気配はまったく感じられない。ならば一体何の力で?
「ひぇぇぇ……!」
ルナがレオンの腕にしがみついた。小さな身体がガタガタと震えている。
「ま、魔物……?」
シエルが反射的に弓を構えようとして、自分が丸腰であることに気づき蒼白になった。
「落ち着きなってぇ。ちょっと、説明してあげて。佐藤絵里奈さん?」
シアンはクスッと笑うとエリナに水を向けた。その言葉はあまりにも唐突で、あまりにも異質だった。
「へ?」「はぁ?」「エ、エリナ?」
みんなの視線が一斉にエリナに向けられる。サトウ、エリナ。それは聞いたことのないタイプの名前だった。大陸のどの国にも存在しない、異国の響き。
エリナは頭を抱えた。
「う……、うぅ……」
苦悶の声が漏れる。まるで何か重いものが一気に押し寄せてきたかのように、黒髪の間から覗く顔が苦痛に歪んでいる。
「ど、どうしたんだ、エリナ!」
レオンは慌ててエリナの元に駆け寄り、その身体を支えた。冷や汗が額に浮かんでいる。
「だ、大丈夫……。思い出した、だけ……」
エリナはそう言いながら、冷や汗を額に浮かべながらよろよろと立ち上がった。黒曜石の瞳が涙で滲んでいる。けれどその奥には確かな光が宿っていた。何かを受け入れたような、長い間探していたものをようやく見つけたような。
「ここは渋谷……日本という国の、街の一つだわ……」
エリナはそう言うとキュッと口を結んだ。
「に、日本……?」
聞いたことのない国名だった。大陸には存在しない国の名前。
「そう、私はあそこで仕事をしていたの……」
エリナは懐かしそうな眼をして、遠くに見える新宿の高層ビル群を指さした。夕暮れの空を背景に無数の塔がシルエットとなって立ち並んでいる。それはまるで巨人の墓標のようにも見えた。
「あ、あそこで? ま、まさか……」
レオンの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。ルナがリナの転生者だったように、エリナもまた――。
「そう、私は転生者だったわ」
エリナは静かに告白した。その声はどこか遠くを見つめているようだった。過去と現在の狭間で揺れているような、夢と現実の境界に立っているような。
「前世は、ここで暮らしていたの。毎日、満員電車に揺られて、あのビルまで通っていた……」
レオンは少女たちと顔を見合わせた。誰もが驚きに目を見開いている。エリナの過去。彼女自身忘れていた心の奥底に封印された記憶。それが今、この場所で解き放たれようとしていた。
「働きすぎで、ふらふらしてて……そのまま交通事故でね……」
エリナは自嘲気味に笑った。けれどその笑みはどこか痛々しかった。
「馬鹿だったわ。仕事のことしか考えてなくて、自分の身体のことなんて全然気にしてなかった……」
その言葉には深い後悔が滲んでいた。毎日終電まで働き、休日も家で仕事をして、友人と会う時間もなく、恋人を作る余裕もなく、ただひたすら走り続けた日々。その先に待っていたのは、トラックのヘッドライトと、一瞬の衝撃と、そして永遠の闇だった。
「でも……」
エリナは眼下に広がる夜景を見つめた。その黒曜石の瞳に無数の光が映り込んでいる。懐かしさと切なさと、そして微かな誇りがその眼差しに宿っていた。
「ここはいい国よ。貴族もいないし、奴隷もいない。とても平等な国だわ」
声が少し震えていた。
「餓死する人なんていない……。生まれた家柄で人生が決まることもない。努力すれば、誰でも夢を叶えられる……そういう国よ」
エリナは少し寂しそうな顔で微笑んだ。それは郷愁の笑み。あの光の海の中でかつての自分が生きていた。笑い、泣き、怒り、喜び、そして命を落とした。その記憶が今、鮮やかに蘇っている。
「そ、そうか。そんな国が……できるんだね」
レオンは感慨深げに呟いた。
貴族も奴隷もいない世界。誰もが平等に生きられる世界。それはレオンがずっと夢見てきた理想郷そのものだった。幼い頃からずっと胸の奥で燃え続けてきた炎。けれど誰に語っても鼻で笑われた。夢物語だと。現実を見ろと。お前のような落ちこぼれに何ができるのかと。
いつしか自分でも諦めかけていた。実現不可能な空想なのだと、心のどこかで認めてしまっていた。
けれどそれは確かに存在した。目の前にこうして広がっている。
「そう、できる。見渡す限り……四千万人の人が、そうやって幸せに暮らしているわ」
「よ、四千万人!?」「ひぇっ……!」「ほわぁ……」
レオンたちはその数字に絶句した。四千万人。王国最大の都市、王都ですら三十万人なのだ。それが百個以上。途方もない規模の都市。それが目の前に広がっている。想像すら追いつかない。
光の海の中で、四千万もの命が今この瞬間も息づいている。笑っている人がいる。泣いている人がいる。愛し合い、夢を追いかけている人がいる。そのすべてがこの光の一つ一つなのだ。それが四千万。
レオンの翠色の瞳が潤んだ。胸の奥で何かが熱く燃え上がる。
できる。本当にできるんだ。
誰もが幸せに暮らせる世界は夢物語なんかじゃない。人の手で創り上げることができる。この光の海がその証拠だ。
レオンはぎゅっと拳を握り、その奇跡の街をじっと見つめた。瞳に映る無数の光が、まるで彼の決意を照らし出しているかのようだった。
レオンは思わず叫んだ。心臓が激しく脈打っている。あれほどの巨体が空を飛んでいるのに、魔法の気配はまったく感じられない。ならば一体何の力で?
「ひぇぇぇ……!」
ルナがレオンの腕にしがみついた。小さな身体がガタガタと震えている。
「ま、魔物……?」
シエルが反射的に弓を構えようとして、自分が丸腰であることに気づき蒼白になった。
「落ち着きなってぇ。ちょっと、説明してあげて。佐藤絵里奈さん?」
シアンはクスッと笑うとエリナに水を向けた。その言葉はあまりにも唐突で、あまりにも異質だった。
「へ?」「はぁ?」「エ、エリナ?」
みんなの視線が一斉にエリナに向けられる。サトウ、エリナ。それは聞いたことのないタイプの名前だった。大陸のどの国にも存在しない、異国の響き。
エリナは頭を抱えた。
「う……、うぅ……」
苦悶の声が漏れる。まるで何か重いものが一気に押し寄せてきたかのように、黒髪の間から覗く顔が苦痛に歪んでいる。
「ど、どうしたんだ、エリナ!」
レオンは慌ててエリナの元に駆け寄り、その身体を支えた。冷や汗が額に浮かんでいる。
「だ、大丈夫……。思い出した、だけ……」
エリナはそう言いながら、冷や汗を額に浮かべながらよろよろと立ち上がった。黒曜石の瞳が涙で滲んでいる。けれどその奥には確かな光が宿っていた。何かを受け入れたような、長い間探していたものをようやく見つけたような。
「ここは渋谷……日本という国の、街の一つだわ……」
エリナはそう言うとキュッと口を結んだ。
「に、日本……?」
聞いたことのない国名だった。大陸には存在しない国の名前。
「そう、私はあそこで仕事をしていたの……」
エリナは懐かしそうな眼をして、遠くに見える新宿の高層ビル群を指さした。夕暮れの空を背景に無数の塔がシルエットとなって立ち並んでいる。それはまるで巨人の墓標のようにも見えた。
「あ、あそこで? ま、まさか……」
レオンの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。ルナがリナの転生者だったように、エリナもまた――。
「そう、私は転生者だったわ」
エリナは静かに告白した。その声はどこか遠くを見つめているようだった。過去と現在の狭間で揺れているような、夢と現実の境界に立っているような。
「前世は、ここで暮らしていたの。毎日、満員電車に揺られて、あのビルまで通っていた……」
レオンは少女たちと顔を見合わせた。誰もが驚きに目を見開いている。エリナの過去。彼女自身忘れていた心の奥底に封印された記憶。それが今、この場所で解き放たれようとしていた。
「働きすぎで、ふらふらしてて……そのまま交通事故でね……」
エリナは自嘲気味に笑った。けれどその笑みはどこか痛々しかった。
「馬鹿だったわ。仕事のことしか考えてなくて、自分の身体のことなんて全然気にしてなかった……」
その言葉には深い後悔が滲んでいた。毎日終電まで働き、休日も家で仕事をして、友人と会う時間もなく、恋人を作る余裕もなく、ただひたすら走り続けた日々。その先に待っていたのは、トラックのヘッドライトと、一瞬の衝撃と、そして永遠の闇だった。
「でも……」
エリナは眼下に広がる夜景を見つめた。その黒曜石の瞳に無数の光が映り込んでいる。懐かしさと切なさと、そして微かな誇りがその眼差しに宿っていた。
「ここはいい国よ。貴族もいないし、奴隷もいない。とても平等な国だわ」
声が少し震えていた。
「餓死する人なんていない……。生まれた家柄で人生が決まることもない。努力すれば、誰でも夢を叶えられる……そういう国よ」
エリナは少し寂しそうな顔で微笑んだ。それは郷愁の笑み。あの光の海の中でかつての自分が生きていた。笑い、泣き、怒り、喜び、そして命を落とした。その記憶が今、鮮やかに蘇っている。
「そ、そうか。そんな国が……できるんだね」
レオンは感慨深げに呟いた。
貴族も奴隷もいない世界。誰もが平等に生きられる世界。それはレオンがずっと夢見てきた理想郷そのものだった。幼い頃からずっと胸の奥で燃え続けてきた炎。けれど誰に語っても鼻で笑われた。夢物語だと。現実を見ろと。お前のような落ちこぼれに何ができるのかと。
いつしか自分でも諦めかけていた。実現不可能な空想なのだと、心のどこかで認めてしまっていた。
けれどそれは確かに存在した。目の前にこうして広がっている。
「そう、できる。見渡す限り……四千万人の人が、そうやって幸せに暮らしているわ」
「よ、四千万人!?」「ひぇっ……!」「ほわぁ……」
レオンたちはその数字に絶句した。四千万人。王国最大の都市、王都ですら三十万人なのだ。それが百個以上。途方もない規模の都市。それが目の前に広がっている。想像すら追いつかない。
光の海の中で、四千万もの命が今この瞬間も息づいている。笑っている人がいる。泣いている人がいる。愛し合い、夢を追いかけている人がいる。そのすべてがこの光の一つ一つなのだ。それが四千万。
レオンの翠色の瞳が潤んだ。胸の奥で何かが熱く燃え上がる。
できる。本当にできるんだ。
誰もが幸せに暮らせる世界は夢物語なんかじゃない。人の手で創り上げることができる。この光の海がその証拠だ。
レオンはぎゅっと拳を握り、その奇跡の街をじっと見つめた。瞳に映る無数の光が、まるで彼の決意を照らし出しているかのようだった。



