月はきっと、星を願う

放課後。
「ちょ、大丈夫?!」

「大したことねーって言ってんだろ」

「大した事ないやつがこんなガーゼ当てられるわけねーだろ」

澄井くんが言い返す。でも、その目は明らかに心配一色。

保健室のベッドに座ったまま、晴月くんがため息をつく。

膝にはガーゼ。腕にもいくつかの擦り傷。

「ごめん」

心の底から私は言った。

「なんで天河が謝んの?」

「だって…天体観察の場所の下見に行ってくれた帰り道なんでしょ、怪我したの。今度川沿いでみんなで天体観察しよって言い出だしたの私だし、」 

「ただ、自転車でコケただけ。運悪かっただけ。天河のせいじゃない。」

軽い口調。

 






でも_______違う。

 






喉の奥が、ぎゅっと締まる。

 

見た。

 

あの時、確かに見えた。

病院のベットで寝込み、声をかけても反応しない影。



 

 

「……ほんとに、大丈夫?」

やっとのことで出した声は、自分でも分かるくらい震えていた。

「だから平気だって」

呆れたように北野くんが笑う。


その顔を見た瞬間、なぜか、背筋が冷たくなる。

 

 

まだ、終わってない。

 

 

そんな気がした。

その日から私は、少しずつ距離を取った。

話しかけない。目を合わせない。帰る時間もずらす。

 
神楽ちゃんには言われた。

『ねぇ、星ちゃん。最近北野のこと避けてない?』

『…別に?ただ会長さんって忙しいでしょ?』

そう言って、誤魔化した。
 

これでいい。近くにいなければ。関わらなければ。

 

 

__________きっと

 

 

ある日の帰り道。ぼーっと、頭を空っぽにして、一人で帰っていると、

「天河」

呼ばれる。

無視しようとして_____できなかった。

振り向く。そこには、晴月くんが立っていた。

「なぁ、俺のこと、なんで避けてんの」

まっすぐすぎるくらい、まっすぐな声。

「別に」

会話をしたのはもう2週間ぶりだ。傷はだいぶ癒えているようで、ガーゼ一つもついていなかった。

関わりたくない。関わったら、もう、抜け出せない。 

ふぅ、と息を吐けば視界が滲んで来る。

話しかけないでよ。北野くんのために、話してないんだよ?

「嘘」

即答。距離を詰められて、逃げ場が、なくなる。

「……なんでもないって言ってるでしょ」

「じゃあなんで目合わせねーの」

「……関係ないでしょ」

「ある」

間髪入れずに返される。

「俺には、ある」

その一言で、心臓が、大きく鳴る。

やめてよ。近づかないで。











これ以上は________

 



 

「……もう、関わらない方がいい」


やっと、それだけ言えた。





沈黙。

 

 

空気が、張り詰める。ただ一瞬で、消え去った。

「は?」

低い声。

「意味わかんねーんだけど」

「……分からなくていい」

「よくねーよ」

少しだけ、苛立ちが混ざる。 

「せめて理由だけでも言えよ」

「言えない」 

「なんで」

「……言ったら」

喉が震える。

「困るから」

「誰が」 

「……私が」

 



沈黙。

 

 

 

もう無理。__________全部、溢れた。

 

 

 

「だって……」

声が、勝手に出る。




「これ以上一緒にいたら……」


目から涙が落ちる。


「北野くん、死ぬかもしれないじゃん……!」

 

 

 

空気が、止まった。

 

 

 

言ってしまった。

 

 

 

「……は?」

当然の反応。

でも、止まらなかった。


「事故だって、見たの……!今日みたいに、ちゃんと見えた……!」


震える声。

 「次はもっと大きいのが来るかもしれない……!だから……」

一歩、後ろに下がる。

「離れた方がいいの……」

 
振り絞るように、言った。 



長い、沈黙。



「……それで?それが理由?」

北野くんがまっすぐ私を見て、ぽつりと呟く。
 
顔を上げる。

「非科学的すぎる」

あっさりと、言い切る。


「そんな理由で離れるとか、納得できるわけないだろ。なに、噂のこと気にしてんのか?」


…分かってた。この人は、信じない。

それでも。


「……私は、怖いの」


初めて、本音が出た。


「北野くんがいなくなるの、無理なの、耐えられないの……」

言った瞬間。

時間が止まった気がした。
 


晴月くんの目が、少しだけ揺れる。そして少し考えるような仕草をしてから、口を開いた。

「……それってさ、俺のこと、好きなの?」

言ってしまったら、認めてしまったら、もう、逃げられない。









それでも___________

 

「…うん」

小さく、頷く。

「じゃあ、離れんな」

即答。あまりにも、あっさりと。

「え」

「好きなんだろ、俺のこと」

当たり前みたいに言う。

「だったら一緒にいろよ」

簡単に言う。

本当に、なんでもないことみたいに。

「……無理だよ、だって、そしたら……」

また、あの光景がよぎる。倒れている誰か。動かない身体。

もう、確信せざるおえない。 




「次は、もっと取り返しつかないことになる……」
 
「は……?お前、何言ってんの?」




少しだけ、眉をひそめる。 

「事故ったの俺だし」

「でも……!」

「でもじゃねーよ」

遮られる。

「俺は普通に生きてるだけ。で、ちょっと派手に怪我した。ただそれだけ。そこに、龍中とか澄井が言ってる噂に絡めて、離れようとすんな」

ぐっと、言葉が詰まる。

正しい。悔しいくらい、全部、正しい。

でも。 

「……それでも怖いの」

絞り出す。
 

 

沈黙。

 

 

 

数秒、何も言わない。風の音だけが聞こえる。
きっと空には、天秤座が輝いているんだろう。

 

「じゃあさ、それ、外れたらどうすんの」

「……え」 

「お前の見たやつ、全部当たるって決まってんの?」

言葉が、刺さる。

「……分かんない」
 
正直に答える。

「じゃあ半分くらい外れるかもな」

軽く言う。 

「それでも離れられんの?」

答えられない。

「……無理」

小さく、呟く。 

「だよな」

すぐに返ってくる。

そのまま、少しだけ視線を逸らして、

「俺も無理だわ」

ぽつりと、言う。

「え?」

「だから」

少しだけ照れたみたいに、息を吐く。

「お前が離れるの、普通に嫌なんだけど」

心臓が、止まりそうになる。
 
「……それって、どういう意味……?」

聞き返すのが、怖い。 でも、聞かずにはいられない。

沈黙。


そして、

「天河星が好きってこと。それ以外あるか?」

あまりにも自然に。逃げ場なんて、一つも残さず。

怖いのに、嬉しい。矛盾した感情が、一気に溢れる。


「……でも」

それでも、言ってしまう。

「ほんとに、死ぬかもしれないよ……?」

最後の確認みたいに聞く。

「俺は信じない。噂のことだって、お前が選ばれてるっていうのだって、全部」

あっさり。

「え……?」

「色々調べたけど、やっぱ俺は信じない。選ばれたやつの恋人が死ぬ?そもそも選ばれるってなんなんだよ。全部漫画かなんかの話しかよ」

「え?」 

「現実じゃ起こらねーよ、そんなこと。だから、一緒にいる。」

その一言。

逃げ道なんて、もうなかった。

「……っ」

涙が、こぼれる。

 

 

 

怖い。

 

 

 

 



でも、

「……私も、一緒にいたい……」

声が震える。
 

 



その瞬間、全部が、決まった気がした。