月はきっと、星を願う


白い天井、消毒液の匂い、規則的な機械音。

病室の中は、やけに静かだった。

「……晴月くん」

ベッドの横に座って、手を握る。


冷たくはない。でも、反応もない。

 

ここで、生きている。

 

それだけが、救いみたいで。それだけが、苦しくて。

モニターの音だけが、一定のリズムを刻んでいる。



ピッ、ピッ、ピッ。

 

その音が、逆に怖い。

「……ねぇ」

返事はない。

分かってる。

それでも、話しかけるしかなかった。

「……起きてよ」

声が震える。

「いつもみたいにさ……」

泣きそうになりながら、少しだけ、笑おうとして失敗する。

「嘘って言ってよ……」

「でも、今は、まるで、嘘が……」

言葉が詰まる。

 



 

ドアが静かに開く。

振り向くと、オレンジやピンク、黄色と明るい色の花束を持った神楽とそのすぐ後ろに澄井くんが立っていた。

二人とも、いつもの明るさはない。

「……大丈夫?」

神楽の声は、優しいのに壊れそうだった。

「……分かんない」

正直に答える。


「医者は……命に別状はないって」


澄井くんが静かに言う。


「ただ、意識が戻るかは……まだ」


その言葉が、ゆっくり沈む。


『戻るかは、まだ』


その『まだ』が一番怖い。


神楽ちゃんが、そっと私の隣に座る。

 
「ねぇ、星」


小さく呼ばれる。

 
「……うん」

「分かってたんでしょ、あの時」

その一言で、息が止まる。

 





 

否定できなかった。

 










 

「……うん」

かすれた声で、答える。

 

 

沈黙。

 

 

でも誰も責めない。

 

 

誰も、否定もしない。

 

 

ただ、そこにある事実だけが重い。

「……それでも止められなかった」

ぽつりと零れる。そして涙がボロボロと落ちてくる。

「分かってたのに」

手が震える。

「……ごめん」

誰に向けたのか分からない、でも、重い言葉が落ちる。

 

 

そのとき。

 

 

「謝るな」

 

 

顔を上げる。

澄井くんが、まっすぐ見ていた。


「お前のせいじゃない」


即答だった。そしてふっと笑ってこう言った。
 

「北野ならこういうよ」
 

でも、その言葉が残酷でも希望でもあった。

 



 

ベッドの上の晴月くんに向き直る。

晴月くんは、まだ目を閉じたまま。 

「……晴月くん」

もう一度呼ぶ。

 
返事はない。

 


それでも。

 

 

 

その手は、まだ温かかった。

 

 

 

だから。

 

 

 

「……待ってるから」

 

 

小さく言う。

 

 

「ちゃんと、戻ってきて」

 

 

 

その瞬間。

 

 

モニターの音が、少しだけ変わった気がした。

 

 

ピッ。

 

 

たった一拍。それだけなのに、どこか、安心感があった。