「おー、きたきた、『都庁』の二人! んじゃカラオケ向かうべー」
そんなふうに俺たちを呼ぶクラスメイトは、並んで歩く190センチコンビの俺たちに手を降っていた。
「矢壁くん、思ったより全然優しいよね。今までちょっと避けててゴメンね」
「いやー、やっぱ二人デカいわー。二人が後ろ歩いてると安心するっつか」
「ていうか二人、どっちの方がデカいんだっけ?」
「うわ、今の息ぴったり。さっすが」
なにが「さすが」なんだか。
とにかく、あのバスケ対決から二週間が経つ頃には、いつの間にか俺の周りにはクラスメイトが当たり前のように集まっていた。
それはあの日、互いの頭をぶつけた瞬間から起きた〝奇妙な症状〟のせいだ。
――視界共有。
小島が勝手に名付けたそれは、互いの視界が一時的に共有されるというイカれた代物だった。
視界が共有される時間は、長くても一分。視界を奪うというより、視界が重なるといった感覚が近く、共有されている側はそれに気付かない。
また、共有中に相手の身体を操作することはできないが、目をぐるぐると動かし、それなりに広い範囲で物を見ることはできる。VRのヘッドセットを被ったような、そんな感覚なのかもしれない。
そしてこの力は任意のタイミングで使え、どうやら物理的な距離は関係していない。実際に検証したところ、小島が休日に遠出していた際もこの力を使うことができた。とんでもなくオカルトめいた話だ。
今でこそようやく冷静になりつつあるが、これが一体なんの役に立つのかは正直さっぱり分からない。
それでも俺たちの日常は少しずつ、確かに変わっていった。
俺が小テストの範囲を盛大に間違えた時、小島の視界をハックして居残り回避したこと。
小島が体育で髪のセットが崩れた時、俺の視界をハックして直しやがったこと。
どれも些細なことばかりだったが、その中で事件と呼べるものがあるとすれば、小島が転校生ならではの〝やっかみ〟で校内裏に連れ出された際、俺がこの力で居場所を特定して助けてやったことだろう。
それ以来俺たちの距離はぐっと縮まり、小島と絡む姿がクラスメイトの目に触れると、いつの間にか友だちと呼べる存在が増えていった。
こうして前を歩くクラスメイトのボディガードのように、俺と小島は並んで歩き、小島はのんびりと空を見上げていた。
「そうだ、佐之助」
「なんだよ」
「今週お前んち行っていい? お前の母親にご挨拶したくて」
こいつを我が家に上げた覚えはない。母親のことだって知るはずもない。
となれば、つまり。
「……次、俺の視界、勝手に覗いたらコロす」
この力にはどうしてもプライバシーの問題がつきまとう。
だから俺たちはそれをむやみに使わないよう、一応の取り決めを交わしていた。
特に今の俺の視界が小島に覗かれるのは、ちと困ることがある。
机の上の染みを眺めていた俺が、今ではクラスの真ん中へ目を向けるようになったなんて、知られてたまるものか。
◇
「なーんでオレらにこんな変な能力がついちまったんだろうな」
小島は制服姿のまま砂浜に寝そべり、そんなことを言ってのけた。
クラスの連中とのカラオケが終わった後、俺たちはいつものようにこの夜の砂浜へ来て、またバカみたいにバスケのワン・オン・ワンに夢中になっていた。
おかげで今はもうヘトヘトだ。とはいえ砂の上に寝転がる気にはどうしてもなれず、ただ、小島の横で真っ黒い海の向こうをぼんやりと眺めている。
「身長がまったく一緒だったから、とか」
俺がそう言うと、小島はクラスでは見せないような笑い声を漏らした。
「っぶは。そっかー身長一緒かー。最初絡んだ時、5センチ下にサバ読んでた奴がいたなぁー」
「怪しい奴には個人情報教えちゃダメだろ? それと同じだ」
「いや捻くれすぎ。佐之助のそれ、ずっと変わらないんだな。はは」
「それでいいだろ。こんな性格にだってちゃんと意味はある」
変な奴だのネガティブだの小島には散々言われたが、別に自分のことが嫌いなわけではない。
このデカすぎる身長はさすがにやりすぎだが、それ以外は一応自分に納得して生きているのだから。
夢を大きく持たない分、堅実に生きられる。
ほどほどの大学に行って、ほどほどの企業に就職して、ほどほどに生きていく。
そりゃ小島が言ったように、俺はガチりやすい性格かもしれない。だけどそれはゲームやちょっとしたハマりごとでの話だ。勉強や芸術で飛び抜けた才能を持っているわけじゃなく、そういったものにはガチらない。
だから趣味でもなんでも熱中できるものが一つでもあって、それを分かち合える友人が一人でもいれば、俺は人生に大いに満足したと死に際に胸張って言えると思う。
なんてことを考えていると、いつまで経っても小島の返事はなかった。
まさか俺の話がつまらなすぎて寝たか? いやあり得る。中学の頃、樹霊と話しているみたいと言われた俺だ。おそるおそる小島の様子を窺ってみると……。
「それだよ」
「は?」
「それだよ、佐之助。全部、意味があるんだよ」
立ち上がった小島は制服に砂をつけたまま、まっすぐ目の前に立っていた。
「おい、ストップ。なんだよ、怖い怖い」
「オレはな、すべてに意味があるって信じてる」
「意味……?」
「オレたちの背がバカみたいにデカいのも、オレが種子島からこっちに越してきたのも、オレたちにこんな変な能力が備わったことだって、人生には全部意味がある。必然だ」
「は、はぁ」
さっきまでのんびり話していた小島とはまるで別人だ。
どこかに火でもついたような、見たことのない熱を帯びた表情が月夜に照らされていた。
「オレには絶対に実現したいことがある」
夢ではなく、小島はそれを〝実現〟と言った。
「だから、オレたちにこんな妙な力が与えられなのか。そうか、そういうことだったのか」
なにやら勝手に納得しているようで、どう反応したらよいものか。
一応、訊ねておいた方がいいと思ってそれを聞いてみた。
「えっと、それは」
「はは、悪い、勝手に盛り上がっちゃって。でも十年後とかに分かるかもな」
「十年? それ、犯罪とかじゃないよな……? まさか俺に加担しろと?」
「んなワケないだろ。さて、つーことでやっぱ勉強だ。佐之助は大学、どこ目指してるんだ?」
「適当に近いとこ」
「そっか。もしガチるんなら一緒に目指してみないか」
「どこだよ。東京の大学?」
すると、小島がこっそりとその大学の名前を教えてくれた。
……冗談だろ。
今度は俺の方が返事もせずぼけっとしていると、小島は優しい目をして笑っていた。
「はは、きついか」
「それはさすがにムリ……」
「オレだってきついと思うけど、まあ、少しでも実現したいことに近づけるようにって」
そう言った小島は夜空を見上げる。
スピカ、アークトゥルス、デネボラ――春の大三角を指でなぞって名前を読み上げるその声は、朝礼で初めて聞いたあの明るい声とも、俺だけに向けたあの低い声とも違う。子どもが星を見つけてははしゃぐような声。
するとそんな無垢な様子で、小島は別のことを訊ねた。
「佐之助は背が高いの、今でもキライか」
「……ほどほどでよかったんだ。あと十センチ、いや、十五センチ低くてよかった」
「そっか」
小島は一息つくと、今度は別の方向に視線を向けていた。
デカい俺たちを見下ろす、まんまるいお月様。
――なぜだろうか。
その瞬間、小島とお月様の目が互いに合ったような、不思議な感覚があった。
「悪いけどオレはそう思わない。この身長でよかったって思ってる」
「ちょっと高すぎないか? まあ、スポーツやモデルやるならいいんだろうけど」
「ああ、高すぎる。ギリギリだ。でもそれがいい」
「うん……? ギリギリ……?」
「その中で一番高い視点を手に入れられる。それが190センチだ」
その意味がまるでわからなかった。190センチがギリギリ?
なんのことだ。マッチングアプリでそれ以上の値を入力できないとか? いや、そんなワケないだろう。
そんな小島は空に向かって手を伸ばすような姿を見せ、ああ、背が高いからこいつは人よりもちょっとだけ月や星に近いんだろうなと、そんなバカげたことが頭をよぎった。
「よくわかんないけど、まあいいわ」
その帰り道、小島は交通事故に遭った。
それは月や星に呼ばれたせいなのか。なにもかもがわからないままだった。
そんなふうに俺たちを呼ぶクラスメイトは、並んで歩く190センチコンビの俺たちに手を降っていた。
「矢壁くん、思ったより全然優しいよね。今までちょっと避けててゴメンね」
「いやー、やっぱ二人デカいわー。二人が後ろ歩いてると安心するっつか」
「ていうか二人、どっちの方がデカいんだっけ?」
「うわ、今の息ぴったり。さっすが」
なにが「さすが」なんだか。
とにかく、あのバスケ対決から二週間が経つ頃には、いつの間にか俺の周りにはクラスメイトが当たり前のように集まっていた。
それはあの日、互いの頭をぶつけた瞬間から起きた〝奇妙な症状〟のせいだ。
――視界共有。
小島が勝手に名付けたそれは、互いの視界が一時的に共有されるというイカれた代物だった。
視界が共有される時間は、長くても一分。視界を奪うというより、視界が重なるといった感覚が近く、共有されている側はそれに気付かない。
また、共有中に相手の身体を操作することはできないが、目をぐるぐると動かし、それなりに広い範囲で物を見ることはできる。VRのヘッドセットを被ったような、そんな感覚なのかもしれない。
そしてこの力は任意のタイミングで使え、どうやら物理的な距離は関係していない。実際に検証したところ、小島が休日に遠出していた際もこの力を使うことができた。とんでもなくオカルトめいた話だ。
今でこそようやく冷静になりつつあるが、これが一体なんの役に立つのかは正直さっぱり分からない。
それでも俺たちの日常は少しずつ、確かに変わっていった。
俺が小テストの範囲を盛大に間違えた時、小島の視界をハックして居残り回避したこと。
小島が体育で髪のセットが崩れた時、俺の視界をハックして直しやがったこと。
どれも些細なことばかりだったが、その中で事件と呼べるものがあるとすれば、小島が転校生ならではの〝やっかみ〟で校内裏に連れ出された際、俺がこの力で居場所を特定して助けてやったことだろう。
それ以来俺たちの距離はぐっと縮まり、小島と絡む姿がクラスメイトの目に触れると、いつの間にか友だちと呼べる存在が増えていった。
こうして前を歩くクラスメイトのボディガードのように、俺と小島は並んで歩き、小島はのんびりと空を見上げていた。
「そうだ、佐之助」
「なんだよ」
「今週お前んち行っていい? お前の母親にご挨拶したくて」
こいつを我が家に上げた覚えはない。母親のことだって知るはずもない。
となれば、つまり。
「……次、俺の視界、勝手に覗いたらコロす」
この力にはどうしてもプライバシーの問題がつきまとう。
だから俺たちはそれをむやみに使わないよう、一応の取り決めを交わしていた。
特に今の俺の視界が小島に覗かれるのは、ちと困ることがある。
机の上の染みを眺めていた俺が、今ではクラスの真ん中へ目を向けるようになったなんて、知られてたまるものか。
◇
「なーんでオレらにこんな変な能力がついちまったんだろうな」
小島は制服姿のまま砂浜に寝そべり、そんなことを言ってのけた。
クラスの連中とのカラオケが終わった後、俺たちはいつものようにこの夜の砂浜へ来て、またバカみたいにバスケのワン・オン・ワンに夢中になっていた。
おかげで今はもうヘトヘトだ。とはいえ砂の上に寝転がる気にはどうしてもなれず、ただ、小島の横で真っ黒い海の向こうをぼんやりと眺めている。
「身長がまったく一緒だったから、とか」
俺がそう言うと、小島はクラスでは見せないような笑い声を漏らした。
「っぶは。そっかー身長一緒かー。最初絡んだ時、5センチ下にサバ読んでた奴がいたなぁー」
「怪しい奴には個人情報教えちゃダメだろ? それと同じだ」
「いや捻くれすぎ。佐之助のそれ、ずっと変わらないんだな。はは」
「それでいいだろ。こんな性格にだってちゃんと意味はある」
変な奴だのネガティブだの小島には散々言われたが、別に自分のことが嫌いなわけではない。
このデカすぎる身長はさすがにやりすぎだが、それ以外は一応自分に納得して生きているのだから。
夢を大きく持たない分、堅実に生きられる。
ほどほどの大学に行って、ほどほどの企業に就職して、ほどほどに生きていく。
そりゃ小島が言ったように、俺はガチりやすい性格かもしれない。だけどそれはゲームやちょっとしたハマりごとでの話だ。勉強や芸術で飛び抜けた才能を持っているわけじゃなく、そういったものにはガチらない。
だから趣味でもなんでも熱中できるものが一つでもあって、それを分かち合える友人が一人でもいれば、俺は人生に大いに満足したと死に際に胸張って言えると思う。
なんてことを考えていると、いつまで経っても小島の返事はなかった。
まさか俺の話がつまらなすぎて寝たか? いやあり得る。中学の頃、樹霊と話しているみたいと言われた俺だ。おそるおそる小島の様子を窺ってみると……。
「それだよ」
「は?」
「それだよ、佐之助。全部、意味があるんだよ」
立ち上がった小島は制服に砂をつけたまま、まっすぐ目の前に立っていた。
「おい、ストップ。なんだよ、怖い怖い」
「オレはな、すべてに意味があるって信じてる」
「意味……?」
「オレたちの背がバカみたいにデカいのも、オレが種子島からこっちに越してきたのも、オレたちにこんな変な能力が備わったことだって、人生には全部意味がある。必然だ」
「は、はぁ」
さっきまでのんびり話していた小島とはまるで別人だ。
どこかに火でもついたような、見たことのない熱を帯びた表情が月夜に照らされていた。
「オレには絶対に実現したいことがある」
夢ではなく、小島はそれを〝実現〟と言った。
「だから、オレたちにこんな妙な力が与えられなのか。そうか、そういうことだったのか」
なにやら勝手に納得しているようで、どう反応したらよいものか。
一応、訊ねておいた方がいいと思ってそれを聞いてみた。
「えっと、それは」
「はは、悪い、勝手に盛り上がっちゃって。でも十年後とかに分かるかもな」
「十年? それ、犯罪とかじゃないよな……? まさか俺に加担しろと?」
「んなワケないだろ。さて、つーことでやっぱ勉強だ。佐之助は大学、どこ目指してるんだ?」
「適当に近いとこ」
「そっか。もしガチるんなら一緒に目指してみないか」
「どこだよ。東京の大学?」
すると、小島がこっそりとその大学の名前を教えてくれた。
……冗談だろ。
今度は俺の方が返事もせずぼけっとしていると、小島は優しい目をして笑っていた。
「はは、きついか」
「それはさすがにムリ……」
「オレだってきついと思うけど、まあ、少しでも実現したいことに近づけるようにって」
そう言った小島は夜空を見上げる。
スピカ、アークトゥルス、デネボラ――春の大三角を指でなぞって名前を読み上げるその声は、朝礼で初めて聞いたあの明るい声とも、俺だけに向けたあの低い声とも違う。子どもが星を見つけてははしゃぐような声。
するとそんな無垢な様子で、小島は別のことを訊ねた。
「佐之助は背が高いの、今でもキライか」
「……ほどほどでよかったんだ。あと十センチ、いや、十五センチ低くてよかった」
「そっか」
小島は一息つくと、今度は別の方向に視線を向けていた。
デカい俺たちを見下ろす、まんまるいお月様。
――なぜだろうか。
その瞬間、小島とお月様の目が互いに合ったような、不思議な感覚があった。
「悪いけどオレはそう思わない。この身長でよかったって思ってる」
「ちょっと高すぎないか? まあ、スポーツやモデルやるならいいんだろうけど」
「ああ、高すぎる。ギリギリだ。でもそれがいい」
「うん……? ギリギリ……?」
「その中で一番高い視点を手に入れられる。それが190センチだ」
その意味がまるでわからなかった。190センチがギリギリ?
なんのことだ。マッチングアプリでそれ以上の値を入力できないとか? いや、そんなワケないだろう。
そんな小島は空に向かって手を伸ばすような姿を見せ、ああ、背が高いからこいつは人よりもちょっとだけ月や星に近いんだろうなと、そんなバカげたことが頭をよぎった。
「よくわかんないけど、まあいいわ」
その帰り道、小島は交通事故に遭った。
それは月や星に呼ばれたせいなのか。なにもかもがわからないままだった。
