今週の怪獣対策当番


【今週の怪獣対策当番:海野(うみの) 大地(だいち)くん】

教室に入ると黒板の横にデカデカと、ボクの名前の入ったプリントが掲示されていた。
しかし朝礼前の騒然とした雰囲気の中にあっては、そんな掲示物に注意を払っている生徒は、ほかに誰も居なかった。

「ホントにこの学校がテレビに出てたな」
「校門も校舎も全然変わってなかった」

やはり話題は昨日の情報バラエティ番組のようだ。

「昔のニュース映像ばっかでつまんねぇよ、別に俺たちが出てたわけでもねぇし」

たしかにそうだ。誰かが放ったその一言は、皆が内心で思っていた感想を的確に表現したのだろう。

この話題はたちまちに終息し、いつも通りゲームだの、流行りのグッズだのという話へそれぞれが移行していった。

スゥッと教室前方のドアが開き、担任の加藤先生のシカメっ面が騒がしい教室内を睨みつけた。
それに気づいていない生徒が、引き続きガヤガヤとおしゃべりを続けている。

「朝礼を始めるぞ!はやく席につけ!」

毎朝恒例の怒声が、教室に響き渡った。
加藤先生は神経質な顔をして、すぐに怒鳴るので生徒からの評判はすこぶる悪い。

朝礼は「インフルエンザが流行っているから気を付けるように」とか「下校中に買い食いをしている生徒の目撃があった」とか、いつもの退屈な内容で最後に「怪獣対策当番は昼休憩に説明があるから怪獣のところまで来るように」と言って締めくくった。

怪獣が落下してから30年以上、ピクリとも動かず寝そべっているその場所は、校庭のなかでもフェンスに囲まれた隅にあって、生徒も教師もほとんど立ち寄ることがない。
すぐ横は鬱蒼とした裏山になっているから、いつでも校舎か、山の木々か、そのどちらかの影が落ちている陰気で閑散とした場所だった。

しばらくボーッと揺れる山の枝葉を見ていると、担任の加藤先生のシカメっ面が歩いてきた。
怪獣の顔にあたる部分の近くに置かれた『怪獣対策用具入れ』と書かれた箱の前で一度足を止めた先生は、中に入っていた用具一式を取り出し、コチラに差し出した。

ボクはそれを黙って受け取った。

・怪獣対策ノートと書かれたバインダー
・普通よりも大きくて不格好な体温計
・ストップウォッチ

この3点が怪獣対策用具だ。

「怪獣対策ノートの説明ページを開きなさい」

言われるがまま、ボクはページを開く。

「え~、毎日昼休憩に怪獣対策ノートの日報を記入すること、まずチェック項目①だが…」

知ってる、もう3回やってる。心の中でため息をついた。
「平井」と「福原」と「安田」に押し付けられた。

俺たちはドッジボールに行くからお前がやれ、と
ど~せお前はヒマでドッジも下手なんだから、と

その通りだ。

昼休憩の教室に、ボクの居場所なんてない。
ボクの席は、よそのクラスからおしゃべりに来る女子に毎日、占拠される。

最初のころは「使っていい?」って聞かれたような気がするけど、すぐに無言の(なんでいんの?どけよ)の視線に変わった。

教室に居場所がないからと、男子のドッジなんかに参加したら大変だ。

みんなが我先にとボールを投げつけてくる。

あいつが穴だ弱点だとキャッキャッと楽しそうに、そうして昼休憩終了のチャイムが鳴ったら、ボールを片付けるのはボクなんだ。

「それじゃあ、サボらずにやるんだぞ」

ボクがそんな回想をしているあいだに、加藤先生の説明は終わっていたらしい。

こんな場所からはサッサと立ち去りたいとでもいうように、職員棟のほうへ足早に戻って行った。
場所から…というよりもボクと二人きりが嫌だったのかもしれない。

それなら、お互い様だ。

暗く陰気な校庭の隅、まったく違和感なくお似合いのボクと怪獣だけが残された。

怪獣は巨大な爬虫類のようだが、長年の風雨に晒され、ところどころ苔むし、容貌は生き物と言うよりも巨大な岩石と化していた。

<チェック項目①:怪獣の身体が線から出てないかチェックする>

怪獣を取り囲むように、白いブロックが埋められて、それらが繋がって線になっている。
その線から怪獣の身体が出ていたら、異常。
「出てない、出てない」
指さし確認しながら怪獣の周りを歩く。

<チェック項目②:怪獣の体温を計って変化がないかチェックする。>

特別に大きく頑丈に作られた、不格好な専用の体温計を怪獣の口にねじり込む。

あぁ…この作業が一番イヤだ…。

固いクチビルと歯を掻きわけて、体温計に刻印された赤い線の部分まで差し込むと、一転して柔らかくブヨブヨした感触が手に伝わってくる。
ピピッと電子音が鳴って、体温計を引き抜くとデロリッと怪獣のよだれが垂れてきた。

15.7度。

先週の対策当番が計った体温と変化なし。

<チェック項目③:怪獣を周囲から5分間観察して気になることはないかチェックする。>

ボクは怪獣から少し離れた地面に座り込んで、ストップウォッチをスタートさせた。

一日を通して影が落ちてほぼ日の当たらない地面は、じっとりと湿っていてその水分はズボンを越えて、パンツにまで染み込んできた。

「お前なんのために学校に落ちてきたんだよ…怪獣ならさ、こんなところブッ壊せよ…」

ピピピ…

5分経過のアラームが鳴っても、なんだか動く気がしなかった。

キーンコーンカーンコーン

昼休憩終了のチャイムが鳴った。
また教室に戻らないといけないのか…お腹のあたりがズシッと重くなる。

「あ!海野くん?なんでこんなところに居るの!?」

暗く湿った校庭の隅っこ、その澱んだ空気を一瞬で払う明るい声が響いた。

美しい彫像、この世ならざる者、まるで天使のシルエットがそこには立っていた。

足立柚乃(あだちゆの)

白くスラッと伸びた四肢は、薄暗いこの場所にあっても、ポォッと優しい光を放っている。

「あ、そっか、怪獣対策当番なんだっけ。もう教室戻らないと授業遅れるよ、はやく行こ!」

明るく分け隔てのない性格の足立さんは、学校の人気者で、唯一ボクと普通に接してくれる女子でもあった。

愛嬌抜群・容姿端麗。

友達の付き添いで東京のアイドルコンテストに応募したら、自分だけが受かってしまうような人だった。

足立さんと並んで、教室に向かって走る。
綺麗なストレートの黒髪が風になびいて、柔らかな香りがした。

「ドクン」

どこかで心臓の音が聞こえた。

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夕食時間に、怪獣対策当番をしていることを両親に話した。

「昨日テレビでやってたやつだろ、良かったじゃないか」

「もう4回目だよ」

「スゴイじゃない、もうベテランね」

おかしいと思わないのだろうか?

二人とも、昨日のテレビで『怪獣対策当番は、生徒が毎週持ち回りで行う』と説明する場面を見ていたハズだ。

黒金中学校は全校生徒で100人以上居るのに、4回も当番が回ってくると思ってるのか?

いやどうでもいい、余計なことを考えるのは、心がしんどくなる。

「なぜ大地が4回もやってるんだ!学校に苦情を言ってやる!」

そんな言葉が出てくるかと、少し期待していたのだろうか。