『この日がなにか、わかる方います?』
スーツを着た司会者が、出演者に問いかけながらフィリップを取り出す。
【19XX年3月10日】
『えぇ~なんやったかなぁ?あッ!アレや!!ケンちゃんの誕生日!!』
『誰やケンちゃんって』
『え、知らん?俺のいとこ』
『知るわけないやろ!!』
最近人気の芸人コンビのやり取りに、スタジオがドッと笑いに包まれた。
時刻は夜7時すぎ、すでにリビングでは夕食の準備が整っていて、テレビには情報バラエティ番組が流れていた。
テーブルに並んだお皿に目を移す、今日はハンバーグらしい。
父さんがボクに向かって、早く座れと手招きしていた。
「大地、今日はテレビの特集でお前の通ってる中学校が出るんだぞ」
そう言っているが、父さんも同じ中学校の卒業生だ。
この番組を見たがっているのだって、実際には父さんだけだった。
『それでは本日は19XX年3月10日のニュースに、タイムスリップ!!』
司会者がカメラに向かって指を突き出すと、電子レンジみたいな昔のテレビが現れて、映像が浮かんでくる。
こういうテレビ、どこかのゴミ捨て場や田舎の祖父の倉庫で見たことがあるっけ…
あのホコリまみれで所在なさげに、その場所に有るだけの姿は好きじゃない。
見ていて心がゾワゾワする。

『3月10日未明、H県F市の黒金中学校の校庭に巨大な物体が落下しました』
古臭い映像に、変に肩のとがった服を着たアナウンサーがしゃべっている
こんな番組どうでもいい、帰ってきてまで学校なんて見たくない。
それでも画面には、見慣れた校舎が映った。
『落下した物体は全長約15m、幅約5m。大型バス2台分ほどの大きさで、生き物ではないかという情報もあり、調査が進められています』
昔のテレビらしいボヤけた映像だけど、学校の外観は今とちっとも変ってない。
その姿を見ていると少し気分が悪くなって、夕食のハンバーグを口に含んだままウッと胃がケイレンした。
『ドーン!!ってスゲェ音がしてぇ!学校が揺れたんで外を見たら怪獣だったんスよ!!』
興奮しながらインタビューに答えている中学生のうしろで、重々しい雰囲気の自衛隊が並び、その周囲を見物人が囲んでいる。
「大地知ってるか?父さんが通っていた頃には、もう校庭に居たんだぞこの怪獣」
「…らしいね」
「まだ怪獣は元気なのか?」
「…生きてるらしいよ、全然動かないけど」
「そりゃ動いたら大変よ」
食卓で唯一、この中学に通っていない母さんが、興味なさげにそう言うと「冷める前に早く食べてよ」と付け加えた。
なつかしいなぁなつかしいなぁと、青春時代に浸る父親が不思議でしょうがなかった。
(この人はそんなにも素晴らしい中学時代を過ごしたんだろうか?)
どうひいき目に見ても到底イケメンとは呼べない。顔は野暮ったく、手足は華奢でヒョロヒョロしているのにお腹はポッコリと突き出ている。
小さい頃から一緒にスポーツをやったことなんてないし、得意だという話も聞いたことがない。
ボクは不幸にもその陰気な容貌と、チビで運動音痴の性質を受け継いでしまって苦しんでいるというのに、この人は中学時代がなつかしいという。
それなら、ボクのつらさも今だけのことで、中学が終わってしまえば、なつかしくなるのだろうか?
『え~なんでしたっけ?黒金中学校?あそこに落下した怪獣は生きてるったってね、30年も動いとらんのですよ?いつまでそんなモンに、大事な防衛費を使うんですか!!』
テレビのほうはいつのまにか場面が切り替わって、ボヤけていた映像がだいぶ鮮明になっていた。時代が進んだらしい。
『そうだ!そうだ!』と野次が飛ぶ。
国会中継で防衛大臣と呼ばれたオジサンが、質問者とその取り巻きから高圧的に責め立てられている。
授業中に問題を当てられたり、教室の前で発表をする自分の姿を連想した。
(早くしろ、みっともなく恥をかけ)
(さぁ、またバカが馬鹿なことを言うぞ)
みんなの視線がボクを嘲笑している。
胃が捻じれて逆流しそうになる。
『政府は黒金中学校の怪獣を危険は無いと判断し、自衛隊による監視を終了。今後の対策方法を変更すると発表しました』
