いつか、かぐや姫のお母さんだった話をしましょうか


 亀井宅の第二リビングで、美奈子がよちよち歩きの小さなイトコと遊んでいたところ、仕事上がりのいぶきが上がってきたという。亀井家の第二リビングは従業員の休憩所でもあるらしく、そこで待ち合わせをしていたそうだ。

「そこにちょうど瑛太が帰ってきて」

 美奈子はふふっと思い出し笑い。

「あいつ、イブに目が釘付けになってたんです。あれは完全に落ちましたね、間違いなく! 絶対そうなるって思ってたんですよ~」

「まあ」

 あんな王子様風イケメンに一目ぼれされるとは! 我が娘、やるわね。

「で、いぶきはどうだったの?」

 ワクワクしながら身を乗り出すと、美奈子はガクッと肩を落とした。

「普通でした」

「普通?」

「はい。会釈して私に帰ろうって言うから、慌てて引き止めましたよ」


 美奈子としては、ほんのりと頬を染めた瑛太の顔がおかしくておかしくてたまらなかったのだが、いぶきの反応は思ったものではなくてがっかりした。
 子どものころから、なぜかこの二人を引き合わせたいと思っていた。パズルのピースのように、いぶきと瑛太は絶対ピッタリ合うと確信していたのだ。
 なのにどうしても会わせることが出来なくて、やっとのことで引き合わせることができたのに……。


「いぶきは顔色も変わらなかった、と?」

「です。私としては、こう、映画みたいに世界がキラキラーってなる瞬間を見られるものだと信じてたんですけどね。勘違いだったのかなぁ」

「ふーん」

 本気でガッカリしている美奈子に、忍としてはなんと声をかけてよいものやら分からない。うちの娘が淡白でごめんと言うわけにもいかないだろう。

 いぶきが美奈子にどこまで打ち明けているかは分からない。だがこの子は忍の目から見ても特別なのだ。理解しているわけではなくても分かってくれるような、不思議な安心感を与える子。側にいると「大丈夫」と笑ってくれるような女の子。
 彼女がいぶきに勧めるものは必ずというほど娘に合っていると、昔いぶきが話してくれたことがある。苦手かな、怖いかな。そんなものをあっさり吹き飛ばしてくれる存在なのだ。

 なので彼女がイトコを娘に合うと言うなら、実際そうなのだろう。長い年月かけてやっと邂逅(かいこう)したのなら、何か意味があるのかもしれない。それは母親としての単純な希望かもしれないが、やはりちょっともったいないような気がした。

「いぶきの好みや理想の男の子って、どんな感じなのかしらね」

 少なくとも芸能人などに興味を持ったことはないように思う。

「自分に恋心を抱いてない限り、イブは誰にでも優しいですからねぇ。相手のいいところを見つけるのも上手ですし」

「それは美奈子ちゃんの影響だと思うわよ」

「ええ、そんなことないですよぉ」

 本気で照れる美奈子が微笑ましいが、それは忍の本心だ。


 そこにいぶきが帰ってきた。

「お客さん拾ってきたよ」

「おじゃまします」

 いぶきのあとから、恐る恐るといった風情で現れたのは美奈子の彼氏だ。

「部活休止になったってぶらついてたから、ご飯に誘った。どうせミナが帰るときお迎えに来る予定だったし、ちょうどいいと思って」

「良太はお酒飲んじゃダメだよ?」

「もちろん。あ、忍さん、突然図々しくお邪魔してすみません」

「とんでもない。ゆっくりしていって」

 良太はちょっと申し訳なさそうにしているものの、がたいのいい男の子が家に一人いるだけで、急に部屋が狭くなったような感じがし、なんだか愉快になる。
 美奈子にくぎを刺されたところを見ると、車で送る予定らしい。見てて微笑ましいカップルだ。

 そこにチャットアプリの着信音が鳴った。美奈子のスマホのようだ。

 それを確認した彼女が急に笑い転げ始めた。「なに、どうした?」と覗き込んだ良太が戸惑った顔をすると、「さっき、遭遇したの」と美奈子がウインクする。それだけで通じたのか、良太は「ああ」と言ってニヤリと笑った。
 送信者は亀井瑛太で、どうやらいぶきの恋人の有無と、好みのタイプを聞かれたらしい。

「こ、これは新鮮だわ。こんなこと初めて聞かれたよ」

 よっぽどツボにはまったらしく美奈子は笑い転げるが、いぶきは肩をすくめただけだった。

「余計なこと言わないでいいからね」

「いやいや、大切なイトコですからねぇ。嘘は言いませんよ。えっと、恋人はいないよ。好みのタイプは……イブ、好みのタイプは?」

 その言葉に、忍も良太もいぶきに注目する。どう答えるのか興味津々だ。

 いぶきは逡巡(しゅんじゅん)した後、いたずらをした子猫のような目をした。

「じゃあね、忍さん」

 娘よ、それは母の名ですよ。たしかに男でも通じる、ユニセックスな名前ですけどね。

「りょうかーい。一番大好きな人だもんね、正しいわ。じゃあ、し・の・ぶ・さん、と。送信」

 本当に送ったらしい美奈子に、なぜかいたずらをしたような気持ちでみんなで大笑いをしてしまう。
 ――うん、青少年よ、悩むがいい。うちの娘は安くないのですよ。

 おかげで忍のモヤモヤとくすぶっていた怒りは、笑いと共に綺麗に消えていた。

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加純さまより、この返事を読んだ瑛太のイラストを頂きました(*´艸`*)
https://27296.mitemin.net/i482102/