王女ではなくなりますが‥‥

 グネビアがローブを織り上げたのは、ランスロの帰還予定日だった。

 翌日は3月13日。グネビアが17歳、ランスロが19歳になる。



 グネビアは織り上げたローブを持ち、公爵領の町の入口でランスロが帰るのを待っていた。グネビアは想い出していた。

(エーベ川の戦いの後の帰り、ランスロはここで、死んだと等しい永遠の眠りから目覚めた私を見た時、とても喜んでくれた。あの時のランスロの顔を見た時が、今までで一番幸せだった瞬間だったわ。)

 幸せな気持ちでグネビアは待っていた。

 ところが、どれだけ待ってもランスロの姿は見えなかった。もう、夕方になろうとしていた。


 すると、早馬が走ってきた。早馬に乗った伝令は大変慌てた様子で馬に鞭を何回も当てて、グネビアの前をたいへんなスピードで通り過ぎ、城に向かって行った。

(なにか大変なことが起きたのかしら。ランスロが帰ってこないことと関係があるのかしら。)

 グネビアは家に帰ることとした。そして母親のエリザベスに言った。

「母様。今、早馬がお城の方に駈けていったわ。それに、ランスロ様も帰ってこないの。何か起きたのかしら。悪いことでなければいいけれど。」

 しばらくすると、馬の乗った公爵の家来が何人も町中をめぐり、領民に大声で知らせを告げた。

「公爵様の御命令である。もう少しでこの町に魔王軍がやってくる。領民はただちに家を出て、城に避難するのだ。」

 母親が言った。

「グネビア。こういう時こそ、心を落ち着かせましょう。ランスロ様や他の騎士様達が私達を必ず守ってくれるわ。さあ、お城に入りましょう。」

 グネビアが言った。

「母様。魔物達に取られてはいけないから、ローブを持っていくわ。私が知らないうちに、ランスロ様はお城に帰還されているかもしれないわね。」

 2人はお城に避難した。



 城壁に囲まれた空間には、町から避難してきた数百人の領民が集められていた。みんなが心配そうな顔をして黙り込んでいた。やがて公爵の家来が大きな声で告げた。

「今から公爵様がお話になられる。」

 その後で、領民を見渡せる塔の踊り場に公爵が姿を見せた。グネビアは公爵の顔に大きな異変を感じた。

(前に見た時より、別人のように変わられている。打ちひしがれて疲れ切った顔、短い間に何歳も年をとられたような。)

 公爵が話し始めた。

「みなさん。我が国軍が山岳地の戦いから帰還し、王都イスタンに入ろうとした寸前で魔王軍の待ち伏せを受けてしまった。騎士達は勇敢に戦ったのだが、王都イスタンの住民を人質にとられ、十分に戦うことができず敗北してしまった。………全滅だった。」

 その言葉を聞いた時、グネビアをはじめ領民のほとんどが意味を理解した。そして公爵はとても苦しそうな顔で言葉を続けた。

「私の息子、ランスロも、魔王ゲールに殺された。」

 グネビアは気絶してその場に崩れ落ちた。


 ‥‥



 時間をさかのぼり、その日の午前のこと。

 ランスロに率いられて帰還した国軍は王都イスタンに入ろうとしていた。ところが、普段は住民でごったがえしている町の城門近くに人影は全く見えなかった。多くの住民が歓声を上げて国軍を迎えるはずだった。

 ただ、人間ではないものが正面に立ち、待ち構えていた。赤い鋭い目に黄金の髪、背中には黒色の翼を生やしていた。

 先頭を進んでいたランスロが驚いて言った。

「あれは、文献で見たことがある。魔王ゲールだ。」

 そして副官に告げた。

「みなさんはここで待機していてください。魔王ゲールは奇跡的に誕生した最上級の魔物、どれほど強いかわかりません。私が戦います。」

 そう言うとランスロは前に進んだ。近づいてくるランスロに向かって、魔王ゲールが言った。

「世界最強の騎士ランスロ、ナイト・グランドクロス。初めてお目に掛かることができて誠に光栄です。いや、この時間では初めてお目に掛かると言った方が正確かもしれないな。」

 ランスロが言った。

「あなたは人間に大きな災厄をもたらす者、王都イスタンのその場に立つことすら私は許さない。魔王ゲール、住民の皆さんをどうしたのだ。」

 魔王ゲールが応えた。

「立つことすら許さないとは、ひどいじゃないですか。それから教えましょう。私は王都イスタンの住民達が動けなくなる大魔術をかけただけですよ。宮殿までの道を見てください、皆さんが横たわっているでしょう。」

 最初は気がつかなかったが、ランスロがよく見ると道にはぎっしりと住民が横たわっていた。

「なんでそのようなことをしたのだ。」

「騎士ランスロ。既に終わった未来でもあなたは大変強かったが、時間が戻った今は、その時よりさらに強くなっている。なにしろ、あの王女様の愛に守られていますからね。だけど、あなたに勝つ方法がたった一つある。」

 ランスロには魔王ゲールが言ったことがほとんど理解できなかったが、一つだけ頭に浮かんだことがあった。

(住民を助けるために、勇気を出して戦うしかない。)

 そして宝剣プライラスを鞘から抜き、魔王ゲールに剣戟を加えようとした。しかし、魔王ゲールが言った。

「私の後ろを見るがいい。宝剣プライラスの光りを浴びて住民は全て死ぬがいいのか。」

 その言葉を聞いた瞬間、ランスロに大きな隙ができた。


 タイミングを待っていたかのように、魔王ゲールは剣を振るい魔風斬を起こした。そして、不意をつかれたランスロの心臓を甲冑の上から貫いた。

 その場に倒れたランスロに対し、魔王ゲールが言った。

「高潔な騎士ランスロよ。騎士としての義務があなたを縛り、自分の命を守るよりも他人の命を救うことを選択してしまう。まともに戦えば私は勝てなかった。卑怯な手を使ったことを許してくれ。」



 魔王ゲールは、側に現われた伝令の使い魔に言った。

「全軍姿を現わし、後ろに控えている国軍を殲滅してしまえ。その後王都イスタンはこのまま捨てておいて、真の王女がいる公爵領に進軍するぞ。王女の命を奪い、後顧の憂いを断つのだ。」