ふつふつと胸が騒ぎだす。
湧き上がるこの気持ちはなんだ? 期待感かもしれないし、虫の知らせなのかもしれない。
この手を取った先に何が待っているのかはわからないが、何かが変わる予感を感じるのだ。
僕は今の今まで、蜜木のことをどうしようもない不良生徒だと認識していた。だが振り返れば、僕は蜜木の悪いところばかり見ていた気がする。
それに気がついたとき、僕はなにか大事なものをこぼしながら歩いてきてしまったような、ひどくもったいことをした気分になった。
心の中で立ち止まって、考える。
僕は、どうしたらいいのだろう。
いや。僕は、どうしたいんだ?
「……発明部のことは認めていない」
僕が告げると、穏やかだった蜜木の表情が一瞬で曇った。
違う。そうじゃない。
僕は慌てて、蜜木が力なく降ろしかけた手を掴む。そして、伝えたかったことを早口で続けた。
「だが、君の作った〝入部届書かせるくん〟のアイデアはすごいと思った。君はそのアイデア力を人の役に立つ発明品を作ることに生かすべきだ。そして、僕は今後の発明部の活動に興味がある。だから、しばらくは仮入部という形で発明部の活動に付き合ってあげてもいい!」
言った。言ってしまった。
まさか自分が、いくら真面目に勧誘されたからといって、自ら飛んで火に入るようなことをしてしまうとは。
仲良くなりたいと言われたことが嬉しかったから。素直に白状すれば、それも理由のひとつだ。仲良くなりたいと言われていなかったら、僕はあの勢いのまま蜜木に蹴りを入れてこの場を去っていただろう。
しかし、それだけではない。
僕は蜜木の作った発明品を見て、してやられたことに心底腹を立てつつも、悔しいけれどワクワクしてしまったのだ。
そうだ。だって、まるで推理小説のトリックみたいだったじゃないか!
蜜木はぽかんとした顔のまま、僕を見ていた。けれど、少しずつ瞳に光が戻ってくる。
「あとそれから、今まで僕は君のことを救いようのない不良生徒だと思っていた。何度校則違反を注意しても一向に聞き入れようとしないし、授業中はいつも寝ているし、宿題なんてやってきた試しがない。日々の言動に責任感がまるで感じられないし、僕に対して『小さい』などと失礼なことを言ってくるし、やる事なす事周りの迷惑を顧みない」
これはさっきの『ウザい』へのささやかな仕返しでもあり、蜜木に抱き続けてきた負の感情の清算でもあった。
「だけど、君はそんなに悪いやつじゃない気がしてきた。だから僕は、君が仙台にいた頃の話や、暇なときは何をして過ごしているのかとか、そんな話を聞いてみたいと思った。つまり、その、君に興味がある」
とても遠回しな言い方になってしまったことが、すぐに恥ずかしくなった。ただの一言『仲良くなろう』で済むことである。
なにか大切なことを真っ直ぐに伝えることは、とても気恥ずかしく勇気のいることであると僕は学んだ。さっき僕に『仲良くなりたい』とストレートに伝えてきた蜜木の度胸はすごい。
息を呑んで蜜木の反応を待った。
蜜木の瞼が、ぱちぱちぱちと大きく瞬かれる。三回目に蜜木が目を開けたとき、その瞳は爛々と輝いていた。
「えっと、仮入部して、俺と仲良くしてくれるってこと?」
そんなこと、わざわざ確認しなくてもいいだろう!
ギリと奥歯を噛み締めると、顔が赤くなっていくのを感じた。
すっかり赤くなったであろう顔で、僕はこくりと頷く。
「えっ、本当? 本当に?」
「本当だ」
「嘘じゃないよね?」
「僕は嘘なんてつかない」
「俺と仲良くなれそう?」
「それは仲良くなってみないとわからない」
「スマホ持ってる? SNSやってる?」
「持ってない。やってない」
そんなやり取りをしながら、僕は赤くなっている顔を蜜木に見られたくなくて何度も顔を背けた。何度も顔を背けたのは、背けても背けても蜜木が僕の顔を覗き込んできたからだ。
しつこいぞいい加減にしろと心の中で悪態をつきつつも、視界にチラチラと入ってくる蜜木の顔はとても嬉しそうだったので、邪険にはできなかった。
「何人家族?」
「御じい様と、僕と、一応父さんの三人だ。一応というのは、父さんは数年前に本土に出かけたきり、帰ってきていないからだ。母さんは僕が小さい頃に病気で死んでしまった」
「じゃあ、今はおじいちゃんと二人暮らしなの?」
僕が「そうだ」と頷くと、蜜木は少し驚いた様子で「えっ、俺とお揃いってこと? 俺もばあちゃんと二人暮らしだし」と言って、僕にピースを向けた。
僕は今まで、誰かに家族の話をすると、いつも気の毒そうな顔をされてきた。
でも母さんが死んでしまったのはもう随分昔のことだし、父さんがいなくなってしまったことも僕は特に気にしてはいない。それでも僕が家族のことを話したとき、反射的に「ごめんね」と謝られたり、悲しそうな顔をされたりすると、自分が可哀想な人間であるような気がして、その度に少し悲しくなるのだ。
だから蜜木の反応は新鮮だったし、面白かった。
「ああ。お揃いだな」
頬が緩んで、笑ってしまった。
家族構成にお揃いという概念はなかったし、厳密に言えばお揃いではない。僕は祖父と二人暮らしで、蜜木は祖母との二人暮らしなのだから。
でも、僕もこれをお揃いと呼びたいので、細かいことは気にしないことにした。
蜜木が急に静かになり、わずかに開いた口が微かに動く。
「会長が、笑った……」
ロボットのようなきごちない動きで、自分の頬をつねり始める蜜木。夢でも見ていると思ったらしい。
確かに僕は人前では滅多に笑わないが、そんな反応をされると今後笑いにくくなる。
「今の、俺に笑ったんだよね?」
「当たり前だ。ここには君しかいないんだから」
ぱあと笑った蜜木の口元から、また八重歯が見えた。
微笑みを浮かべて澄ました顔をしている普段の蜜木はやや大人っぽく見えるが、八重歯が見えた時の蜜木には愛嬌を感じられる。どちからといえば、僕は八重歯が見えているときの蜜木が好きだ。
湧き上がるこの気持ちはなんだ? 期待感かもしれないし、虫の知らせなのかもしれない。
この手を取った先に何が待っているのかはわからないが、何かが変わる予感を感じるのだ。
僕は今の今まで、蜜木のことをどうしようもない不良生徒だと認識していた。だが振り返れば、僕は蜜木の悪いところばかり見ていた気がする。
それに気がついたとき、僕はなにか大事なものをこぼしながら歩いてきてしまったような、ひどくもったいことをした気分になった。
心の中で立ち止まって、考える。
僕は、どうしたらいいのだろう。
いや。僕は、どうしたいんだ?
「……発明部のことは認めていない」
僕が告げると、穏やかだった蜜木の表情が一瞬で曇った。
違う。そうじゃない。
僕は慌てて、蜜木が力なく降ろしかけた手を掴む。そして、伝えたかったことを早口で続けた。
「だが、君の作った〝入部届書かせるくん〟のアイデアはすごいと思った。君はそのアイデア力を人の役に立つ発明品を作ることに生かすべきだ。そして、僕は今後の発明部の活動に興味がある。だから、しばらくは仮入部という形で発明部の活動に付き合ってあげてもいい!」
言った。言ってしまった。
まさか自分が、いくら真面目に勧誘されたからといって、自ら飛んで火に入るようなことをしてしまうとは。
仲良くなりたいと言われたことが嬉しかったから。素直に白状すれば、それも理由のひとつだ。仲良くなりたいと言われていなかったら、僕はあの勢いのまま蜜木に蹴りを入れてこの場を去っていただろう。
しかし、それだけではない。
僕は蜜木の作った発明品を見て、してやられたことに心底腹を立てつつも、悔しいけれどワクワクしてしまったのだ。
そうだ。だって、まるで推理小説のトリックみたいだったじゃないか!
蜜木はぽかんとした顔のまま、僕を見ていた。けれど、少しずつ瞳に光が戻ってくる。
「あとそれから、今まで僕は君のことを救いようのない不良生徒だと思っていた。何度校則違反を注意しても一向に聞き入れようとしないし、授業中はいつも寝ているし、宿題なんてやってきた試しがない。日々の言動に責任感がまるで感じられないし、僕に対して『小さい』などと失礼なことを言ってくるし、やる事なす事周りの迷惑を顧みない」
これはさっきの『ウザい』へのささやかな仕返しでもあり、蜜木に抱き続けてきた負の感情の清算でもあった。
「だけど、君はそんなに悪いやつじゃない気がしてきた。だから僕は、君が仙台にいた頃の話や、暇なときは何をして過ごしているのかとか、そんな話を聞いてみたいと思った。つまり、その、君に興味がある」
とても遠回しな言い方になってしまったことが、すぐに恥ずかしくなった。ただの一言『仲良くなろう』で済むことである。
なにか大切なことを真っ直ぐに伝えることは、とても気恥ずかしく勇気のいることであると僕は学んだ。さっき僕に『仲良くなりたい』とストレートに伝えてきた蜜木の度胸はすごい。
息を呑んで蜜木の反応を待った。
蜜木の瞼が、ぱちぱちぱちと大きく瞬かれる。三回目に蜜木が目を開けたとき、その瞳は爛々と輝いていた。
「えっと、仮入部して、俺と仲良くしてくれるってこと?」
そんなこと、わざわざ確認しなくてもいいだろう!
ギリと奥歯を噛み締めると、顔が赤くなっていくのを感じた。
すっかり赤くなったであろう顔で、僕はこくりと頷く。
「えっ、本当? 本当に?」
「本当だ」
「嘘じゃないよね?」
「僕は嘘なんてつかない」
「俺と仲良くなれそう?」
「それは仲良くなってみないとわからない」
「スマホ持ってる? SNSやってる?」
「持ってない。やってない」
そんなやり取りをしながら、僕は赤くなっている顔を蜜木に見られたくなくて何度も顔を背けた。何度も顔を背けたのは、背けても背けても蜜木が僕の顔を覗き込んできたからだ。
しつこいぞいい加減にしろと心の中で悪態をつきつつも、視界にチラチラと入ってくる蜜木の顔はとても嬉しそうだったので、邪険にはできなかった。
「何人家族?」
「御じい様と、僕と、一応父さんの三人だ。一応というのは、父さんは数年前に本土に出かけたきり、帰ってきていないからだ。母さんは僕が小さい頃に病気で死んでしまった」
「じゃあ、今はおじいちゃんと二人暮らしなの?」
僕が「そうだ」と頷くと、蜜木は少し驚いた様子で「えっ、俺とお揃いってこと? 俺もばあちゃんと二人暮らしだし」と言って、僕にピースを向けた。
僕は今まで、誰かに家族の話をすると、いつも気の毒そうな顔をされてきた。
でも母さんが死んでしまったのはもう随分昔のことだし、父さんがいなくなってしまったことも僕は特に気にしてはいない。それでも僕が家族のことを話したとき、反射的に「ごめんね」と謝られたり、悲しそうな顔をされたりすると、自分が可哀想な人間であるような気がして、その度に少し悲しくなるのだ。
だから蜜木の反応は新鮮だったし、面白かった。
「ああ。お揃いだな」
頬が緩んで、笑ってしまった。
家族構成にお揃いという概念はなかったし、厳密に言えばお揃いではない。僕は祖父と二人暮らしで、蜜木は祖母との二人暮らしなのだから。
でも、僕もこれをお揃いと呼びたいので、細かいことは気にしないことにした。
蜜木が急に静かになり、わずかに開いた口が微かに動く。
「会長が、笑った……」
ロボットのようなきごちない動きで、自分の頬をつねり始める蜜木。夢でも見ていると思ったらしい。
確かに僕は人前では滅多に笑わないが、そんな反応をされると今後笑いにくくなる。
「今の、俺に笑ったんだよね?」
「当たり前だ。ここには君しかいないんだから」
ぱあと笑った蜜木の口元から、また八重歯が見えた。
微笑みを浮かべて澄ました顔をしている普段の蜜木はやや大人っぽく見えるが、八重歯が見えた時の蜜木には愛嬌を感じられる。どちからといえば、僕は八重歯が見えているときの蜜木が好きだ。
