藤間くんは発明部を認めない

 とんでもない不良生徒だ。こんなことが許されてたまるものか。
「君、これが初犯じゃないだろう!? 今まで騙された生徒はどうなったんだ!?」
「みんな入部してくれなかったよ。俺が〝入部届書かせるくん〟で書いてもらった入部届を出したら、その生徒が所属してる部活動の顧問の先生が『何かの間違いだ』って本人に確認取って取り下げちゃうんだ。この学校って部活動の兼部ができないんだね。想定外だったなぁ。俺としては部員を横取りしようとかは考えてなくて、ただ名前を貸してほしかっただけなんだけどね。本人の知らないところでこっそり入部届出して、本人もそのまま入部したことに気づかず過ごしてくれたらいいなって。でも、できなかった」
 蜜木は心底残念そうに肩を落としていた。
 なるほど。僕の場合は部活動に所属していないから、入部届を取り下げてくれる先生がいなかったということか……
「よしわかった。僕も今すぐ教務室に行って、不当に提出された入部届を取り下げてもらう」
 しかし、ならば自分で取り下げてもらえばいいのだ。事情を説明すれば、先生たちだって理解してくれるはずである。
 善は急げと第二美術室を立ち去ろうとした僕の手を、蜜木が「待って!」と掴んでその場に引き留めた。
 僕は振り返ることもせず、蜜木をそのまま引きずるように前に進む。
「離せ!」
「嫌だ!」
「離せ!」
「嫌だ!」
「しつこいぞ!」
 三歩進んで二歩下がるような攻防が幾度も繰り返された。
 戦況が変わったのは、いい加減腕が痛くなってきたので弁慶の泣き所に蹴りのひとつでもお見舞いしてやろう、そう決めた僕が勢いよく振り向いた時であった。
「俺、会長と仲良くなりたい!」
 振り向いた僕と目が合った瞬間、蜜木は蜜木らしからぬ覇気のある口調でそう宣言したのである。
 いきなり予想外の言葉を投げつけられ、一瞬のうちに毒気を抜かれた僕は、「うぇ?」と、相槌でも返事でもない変な声を喉から出した。蜜木が続ける。
「発明部、本当は一人で活動するつもりだったんだ。だけど、昨日会長に校内アンケートのことを聞かれた時にひらめいたんだ。会長と一緒に発明部で活動したら、きっと仲良くなれるし、絶対楽しいって。そしたら俺は会長のこともっとよく知れるし、会長にも俺のこと知ってもらえる。もしもこのチャンスを逃したら、俺と会長はこれからもずっとただの同級生のままなんだって思った。そんなの俺、嫌だよ」
 僕の手を握っている蜜木の手がじわりと熱を帯びる。
 柄にもなく真剣な声と表情で話すから、僕は蜜木の琥珀色の瞳から目がそらせなかった。やや圧倒されながら、「そうなのか」と小さく頷く。なんだか他人事のような相槌になってしまった。仲良くなりたいと言ってくれているのだから、『ありがとう』と言えば良かったのかもしれない。
 なんだかむず痒い気持ちだ。握られた手から熱が伝染したように、僕の体温が上がる。
 なぜだかそれを蜜木には悟られたくなくて、でもどうしたらいいのかわからなくて。僕はこの名前のわからない戸惑いを、ただ胸の奥に押し込めることしかできなかった。
 そして、僕が普段通りの僕であるために、普段通りの僕らしい自然な口調を意識して話題を変えた。
「それより、あの校内新聞の記事はなんだ? 君のインタビューは嘘ばっかりだったぞ。誰が発明部に喜んで入部なんてしたんだ。ああやって普段から平然と嘘をついていると、将来ろくな大人にならないぞ。人間、一番大切なのは誠実さだ。誠実な人間は誰からも好かれるんだ。僕だって、誠実な人となら喜んで仲良くなる」
 やけに早口になってしまったことに、蜜木が気が付かなければいいなと思った。話題を変えたことも、不自然に見えていなければいい。
 心が落ち着かないのは手を握られていることが原因かもしれないのに、蜜木の手を振り解くことができない。仲良くなりたいと言われた手前、無下に扱いづらいという心理が働いたからだろうか。
 僕がもっと交友関係の広い社交的な人間だったなら、この戸惑いの理由も、この場でとるべき正解の言動も、すぐに導き出せていたのかもしれないのだが。
 目を逸らすことは逃げることと同義である気がしたので、僕は真っ直ぐに蜜木だけを見ていた。
 蜜木も、僕だけを見ていた。
「……あのさ、会長。今から一度だけ、すごく真面目に会長を発明部に勧誘してもいい?」
 蜜木が穏やかな声で、けれど射止めるような真剣な瞳のまま、僕に尋ねた。
「ああ」
 すっかり気圧されていた僕は、最低限の受け答えしかできなかった。
 それでも蜜木は「ありがとう」と微笑んだ。そして、握っていた僕の手を静かに離す。
「俺、会長のことウザいなぁって思ってた」
「は?」
 いきなり真正面からストレートに悪口が飛んできたので、僕は自分の耳を疑った。僕がよほど怖い顔をしていたのか、蜜木が慌てて弁明を始める。
「待って、ごめん。あのね、初めて会った時の話。会長に初めて会ったときの印象の話。今は違うよ。今は違うから怒らないで」
「なるほど。君は最初、僕のことをウザいと思っていたのか」
「いや、だってさ、初対面の時から俺の髪の色とか注意してきたでしょ会長」
「その髪色で注意されない方がおかしいだろう!」
 そのまま文句をいくつも連ねたかったが、話が進まない気がしたので僕は文句をぐっと飲み込んだ。何が言いたいんだと訝しみつつ、おとなしく話の続きを聞くことにする。
「最初はウザいなぁとしか思ってなかったんだけど、毎日一生懸命注意しにきてくれてさ。俺、すごいなぁってびっくりしたよ。そしたら、『すごいなぁ』が、いつの間にか『面白いなぁ』になってて、気がついたらいつも会長のことを目で追うようになってた。会長は鈍いから気づいていなかったと思うけどね」
 『面白い』は褒められているのだろうか。よくわからないので反応に困る。
 あと僕は鈍くない。察しの良い方であると自負している。
 どちからといえば、鈍いのは蜜木の方ではないだろうか。手紙回しもあんなに下手くそだったのだから。
「会長のことを目で追うようになったら、会長がすごく不器用だってことに気がついたんだ。あ、手先の話じゃなくて、世渡りの話ね。たとえば、ちょうどよくサボることができないところとか、困ってても人に頼ろうとしないでひとりで頑張っちゃうところとか。なんかもう、遠くから見てても笑っちゃうくらい不器用で。でも、どれだけ苦労しても、失敗したとしても、会長は誰のことも恨まずに次の日もひたむきに頑張るんだよね」
 不器用という言葉には大きな異議を唱えたかったが、蜜木は楽しい思い出を振り返るような表情でそれを語っていたので、遮るのはやめておいた。
 そして、僕は少しずつ気恥ずかしくなってきた。
「俺、この間まで仙台のアパートで母さんと二人で暮らししてたんだ。でも、急に母さんが客の男と駆け落ちしちゃってさ。いろいろあってこの島のばあちゃんちに居候させてもらうことになったんだけど、毎日すごく気まずいんだよね。俺、今までばあちゃんに会ったこと一度もなかったのに、初対面でいきなり同居だよ? すごく気を使われるから、俺も気を使わないといけない気がしてさ。学校もつまんないし、引越してきてから楽しいことなにもなかった」
 蜜木は頬を膨らませて、わざとらしく怒った仕草で冗談っぽく話した。それは空気が重くならないようにという、蜜木なりの配慮なのかもしれない。
 この第二美術室を不法占拠して入り浸っていたのは、きっと家に帰りたくなかったという理由もあるのだろう。
「だけどね、もしも会長と仲良くなれたら、引っ越してきて良かったなって前を向ける気がしたんだ。……なんかいろいろと話しちゃったけど、結局のところ、俺は会長と仲良くなりたい。それだけ」
 蜜木が僕の前に握手を求めるように右手を差し出した。
「俺と一緒に発明部やろうよ、会長」