藤間くんは発明部を認めない

 僕が完成したきのこアンブレラくんを差してみると、思ったより身長が足りず、カーテンで作った囲いをずるずると床に引きずってしまった。よって、きのこアンブレラくんを差して作業するのは蜜木の役目となった。
「役に立てなくて、すまない」
 本来なら途中で交代しながら二人で作業するべきところ、不本意ながら全て蜜木に押し付ける形となってしまった。
「いいよいいよ。気にしないで」
 何も気にしていない様子で蜜木が笑ってくれたので、僕の胸は軽くなった。
 それでも僅かに残った申し訳なさと不甲斐なさを噛み締めながら、僕は「うん」と小さく頷いた。
 さあ、のんびりしてもいられない。部活動の活動時間が終わるより前に、奉仕活動を終わらせなければいけないのだ。
 僕は折り畳んだきのこアンブレラくん、蜜木は用務員さんから借りた長靴と高木先生から預かった名簿とボールペン。それぞれを持って、僕らは足早に駐輪場へ向かった。
 一階の駐輪場近くの廊下には、廊下からそのまま外へ出られるアルミサッシの出入り口があった。なるべく雨の中を歩きたくない僕らは、僕の提案により、ここから外に出ることにした。
 そしてここからだと、僕は廊下に居ながらにして駐輪場で作業をする蜜木の姿を見ることができる。一人で作業をしてくれる蜜木のことを、せめて見守るくらいはしたいのだ。
 僕は持っていたきのこアンブレラくんを一旦蜜木に押し付けて、建て付けの悪いアルミサッシの出入り口を、ふん!と両手で開けた。
 外は既にとっぷりと暗く、十メートルほど先にある駐車場はすっかり闇の向こうにある。
 バケツをひっくり返したような激しい雨が相変わらず続いていたが、幸いなことに風は少し弱くなっていた。
「行ってくるね」
 蜜木が内履きを脱いで長靴に履き替え、きのこアンブレラくんを差した。内部の豆電球を点灯させ、きのこアンブレラくんを回して覗き窓を前方にもってくる。
 きのこアンブレラくんの覗き窓は、横にしたスマートフォンくらいの大きさだ。雨が入ってこないように、外側から透明なビニールテープで窓を塞いである。
「頼んだ。気をつけて歩くんだぞ」
「うん」
 僕に言われたとおり、蜜木は足元と身の周りを気にしながらゆっくりと駐車場へ向かった。
 これはきのこアンブレラくんが完成してから気がついた失敗点なのだが、覗き窓が小さすぎた。視界がとても狭く、周囲に気を配りながら歩かないと危ないのだ。
 狭い歩幅で少しずつ、きのこアンブレラくんを差した蜜木が闇に潜っていく。
 駐輪場に着いた蜜木は、きのこアンブレラくんを自転車に引っ掛けないように注意しながら作業を始めた。覗き窓から自転車を確認して、きのこアンブレラくんの中で名簿に記録をつける。その繰り返しだ。
 僕は、そんな蜜木の姿を廊下から眺めていた。
 駐輪場のきのこアンブレラくんは、なかなか異様な存在感を放っていた。
 カーテン生地の向こうで光る豆電球の灯りは、雲に覆われた月の明かりのようにおぼろげで、きのこアンブレラくんの白い輪郭を幻のようにぼんやりと滲ませていた。
 蜜木は黒い長靴を履いていたが、長靴は暗闇と完全に同化してしまっている。それがまるで、きのこアンブレラくんが重力を無視して、闇の中にゆらりと浮かび漂っているように見せた。
 僕は思った。何も知らない人がきのこアンブレラくんを見たら、お化けと勘違いして驚いてしまうかもしれないな、と。
 なにせ、暗闇の中に佇むきのこアンブレラくんの姿は、日本人が思い浮かべるお化けの姿そのまんまだったのだ。
 これは危ない。うっかり騒ぎを起こさないためにも、後日改良の必要があるだろう。
 そういえば、テレビの動物番組で七色に光る犬の首輪を見たことがある。あれを豆電球の代わりに取り付けるのはどうだろうか。七色に光っていたら、さすがに誰もお化けだとは思うまい。我ながらナイスアイディアだ。
 七色に光るきのこアンブレラくんを空想していた僕の背後で、何かが床に落ちる音がした。
 ん? と、何気なく振り向く。
 すると僕の背後には、いつの間にか高木先生が立っていたのだった。
 ぎょっとした。
 高木先生の足元には、透明なビニール傘が落ちている。
 僕は反射的に「高木先生」と呼びかけた。それと同時に、なにやら高木先生の様子がおかしいことに気がついた。
 高木先生はメガネ不在の裸眼の目を見開いて、口をパクパクさせながら、僕の背後を見ている。
 その表情はまるで、恐ろしいバケモノと対峙してしまった、パニック映画の不運な第一犠牲者のような……
 高木先生が震える指で、その視線の先を指差す。
「だ、第二美術室の幽霊……」
 高木先生の指差した先には、きのこアンブレラくんを差した蜜木がいた。
 みるみる高木先生の顔色が青ざめていく。状況を理解した僕の顔色も、一瞬で同じ色になる。
「ま、待ってください高木先生! 違うんですあれは! よく見てください!」
 僕が事態を収めようとした時には、既に手遅れであった。
「ギャーーーーーー!!」
 高木先生は校内中に響き渡る大きな悲鳴を上げたかと思うと、こちらを一切振り返ることなく、オリンピックの陸上選手のようなスピードであっという間にその場を走り去ったのだった。
 僕だけが残された廊下に、一瞬の静寂が訪れる。
 まずい。
 嫌な予感が四方から高波のように押し寄せた。
 その予感は見事に的中したようで、遠くの方で「なんだ今の悲鳴は!」と、誰かが騒ぎだす声がした。
 僕の脳内の危機警報装置がけたたましく鳴り響く。十三年の人生の中でも指折りの大ピンチに心臓がバクバクと音を立て始め、パニック状態の脳細胞たちが働くことを一切放棄して縮み上がる。
 まずい。まずい。まずい。
「大丈夫!? 会長!?」
 高木先生の悲鳴を聞きつけたのであろう蜜木が、駐輪場から慌てた様子で校舎に帰ってきた。きのこアンブレラくんと高木先生から預かった名簿を廊下に放り投げ、長靴のまま僕に詰め寄る。
「今の悲鳴、何!? 誰の悲鳴!?」
 僕の手を取って、大きく首を振りながら辺りを見渡す蜜木。
 どうするべきが正解か、わからない。
 だが、今は——
「話は後だ! 蜜木、とりあえず内履きに履き替えてくれ」
「え?」
 蜜木は状況が飲み込めないという顔をしつつも、僕の切羽詰まった表情を見てすぐに内履きに履き替えてくれた。
 僕は蜜木が内履きに履き替えている間に、大急ぎできのこアンブレラくんを畳んだ。
 そして、長靴と高木先生から預かった名簿を蜜木にしっかりと持たせ、ボールペンは蜜木のポケットに突っ込み、僕はきのこアンブレラくんを鷲掴む。
 きのこアンブレラくんは雨水を吸って、かなり重たくなっていた。改良版は水を弾く素材で作らなければ。……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「人が来る前に部室へ逃げるぞ!」
「う、うん。よくわからないけど、わかった!」
 まだ何も知らない蜜木を連れて、僕はとりあえず第二美術室へ逃げ帰ることにしたのである。