藤間くんは発明部を認めない

 発明品を作るのに必要なのだと説明したら、技術部はとても快く豆電球と電池の入った電池ボックスを貸し出してくれた。
 先に第二美術室へ戻ってきた僕は、そわそわとした気持ちで蜜木の帰りを待つ。
 きちんと借りていいか聞くように蜜木に言ったが、果たして貸してもらえただろうか。断られていないだろうか。少し様子を見に行ってみようか。
 第二美術室の窓ガラスには、目的もなく室内を歩き回る僕が映っていた。
 しかし、そんな心配は無用であった。蜜木も用務員さんに快く長靴を貸してもらえたようで、蜜木は長靴片手に帰ってくるなり「用務員のおじさん、優しかった」と、僕に嬉しそうに報告したのだった。
「技術部の人たちも優しかったぞ」
 ほっとした気持ちで、教卓の上に置いていた豆電球と電池ボックスを持ち上げて蜜木に見せた。
 この学校の人たちは、みんな優しいのである。
「やったね。これで材料は揃ったね」
「ああ。急いで作らないとな」
 僕と蜜木は「よし!」と意気込んで、さっそく作成に取りかかった。
 まず、改造する折りたたみ傘を開いてみた。ところどころにサビのついたその折りたたみ傘は骨が六本。開いた状態で上から見ると六角形になっていた。
 この外側の六つの辺に、それぞれ六枚の覆いを貼っていくことにした。
 覆いの丈の長さを決めて、のり代を計算に入れてカーテンを裁断していく。覆いの丈は、裾が傘を持っている人の脛あたりにくる長さにした。
 蜜木がカーテンにチャコペンで裁断線を書き、僕がそれを裁断。裁断したものから瞬間接着剤で傘に貼り付けていく。
 そんな分担作業をしている最中、僕は少し気になっていたことを蜜木に尋ねてみることにした。
「蜜木。どうして発明品を作ろうと思ったんだ?」
 蜜木のチャコペンを引く音が止まる。僕も裁断を中断した。
「会長、ニコラ・テスラって発明家知ってる?」
「いや……知らない。エジソンなら知ってるが。すまない」
 僕には聞き馴染みのない名前だった。
 蜜木は気を害した様子もなく「謝らなくていいよ」と、笑って返してくれた。
「俺、仙台の古本屋さんで、その人の本を読んだんだ。本棚にはいろんな偉人の本が並んでたんだけど、俺と名前が似てたからさ、なんとなく本棚から手に取って」
 ニコラと(にこ)。なるほどなと、心の中で頷く。
「テスラの発明した発明品の仕組みとか、難しいところはよく分からなかった。生前のエピソードを読んでも、ちょっと変な人だなぁって思った。だけど、一生を研究と開発に捧げた生き様はすごくカッコいいと思ったんだ。俺も何かに夢中になったり、頑張れるようになりたいなって思ってさ。でも、その〝何か〟がなんにも思いつかなかったから、テスラの真似して発明品作ることにしたんだ。それが理由。……なんか冷静に説明してみると恥ずかしいね」
 蜜木が照れた様子で笑っていたので、「いいじゃないか」と力強く返した。
 蜜木が発明品作りを始めたその動機を、少なくとも僕は恥ずかしいだとか不純などと思ったりはしない。頑張ることはいいことである。
「あとね、『独りになれ。それが発明の秘訣である。独りになれ。アイデアが生まれるのはそういう時だ。』っていうテスラの言葉があってさ。俺、学校ほとんど行ってなくて友達いなかったんだけど、その言葉になんかちょっと自信をもらえたんだよね。人って、独りでいてもいいんだ、って」
 蜜木が、何を見るでもなく上を向いた。蜜木にとってそれはきっと、思い出すたびに前向きになれるお守りのような言葉なのだろう。
「いい言葉だな。でも、古本屋に行くなんて意外だな。蜜木にはあまり本を読むイメージがなかった」
 ぷは、と蜜木が笑った。
「それがさ、聞いてよ。仙台の商店街の隅っこに小さな古本屋があるんだけど、俺、学校行ってなかったから、昼間はずっとそこの古本屋で過ごしてたんだよね。そこの古本屋のおじさん、俺が本を読んだらすごく喜んでくれてさ。本を読むなんて偉いぞ〜って、お菓子とお茶まで出してくれたりして。それが嬉しくて、毎日通って本読んじゃったんだよね。それまで本なんて読んでこなかったのにさ」
 「どう? 俺、結構ちょろくない?」と蜜木が聞いてきたので、「そうだな。ちょろいな」と、くつくつ笑いながら返した。
 お茶とお菓子に釣られて読書習慣を身につける蜜木。僕の頭の中には、お菓子を餌にした釣竿で見事に一本釣りされている蜜木の絵が浮かんだ。
 でも、仙台に蜜木のことを大切に扱ってくれる大人がいたということが、僕にはじんわり嬉しかった。
「蜜木、仙台では学校に行っていなかったのか」
「うん。集団行動と朝が苦手なんだよね、俺。瑠璃村島は学校サボっても暇つぶしするところがないし、学校行かないとおばあちゃんに気を使わせちゃうから、こっちに来てからは頑張って登校してたけど。ああでも、今は頑張らずに学校来れるようになったよ。だって、学校に来たら会長に会えるからね」
 そう言って、イタズラっぽく蜜木が僕に向かってウィンクを飛ばした。
 ウィンクなんて、僕はテレビの中で芸能人が不特定多数の視聴者に向けてやっているものしか見たことがなかった。
 だから知らなかったのだ。顔の整った人間が至近距離から個人に向けてピンポイントで放ったウィンクは、恐ろしいほどの破壊力があることを。
 布きりバサミが僕の右手から滑り落ち、教卓に少し傷をつけてしまった。あわあわと拾い上げて作業に戻ろうとするが、自分がどこを裁断していたか忘れてしまって、わたわたと布をひっくり返したり持ち上げたりする。
 蜜木の気まぐれなウィンクのせいで、ものの数秒で僕はすっかり変なやつになってしまった。穴があったら入りたい。
「そんな綺麗な顔でいきなりウィンクするな!」
 苦し紛れにわけのわからない抗議が口から出た。
 綺麗な顔立ちをしているのも、ウィンクをしたのも、蜜木は何も悪くない。それはわかっているが、どうしても文句を言わなければ気持ちの収まりがつかなったのである。
「もしかして、今ので少しは意識してくれた?」
 目を細めて弄ぶような意地悪めいた笑みを浮かべる蜜木に、僕は対抗手段をなにも持ち合わせていなかった。
「意識ってなんだ。その綺麗な顔立ちのことをか? そんなの、一目見ただけで誰だってわかるだろう! 最初に見た時は芸能人かと思ったぞ!」
 逆ギレである。
 今度はぶは、と蜜木が笑った。
「あれ? もしかして、俺の顔をめちゃくちゃ褒めてくれてる? どうもありがとう。他の誰に褒められるより、一番嬉しいよ」
「うるさい! 不良生徒め! 喋ってないで作業しろ!」
 僕から話しかけたくせに、とことんひどい言い草である。
 蜜木が僕の立場だったなら、「そうだよ」とさらりと言ってのけ、余裕たっぷりに微笑んでいるに違いないのに。
 顔が熱い。心臓もうるさい。こんなにも心が乱されるのは何故だろう。
 煙のように消えてしまいたい。僕はどうしてだか、こんな軽いウィンクひとつで動揺しているようなかっこ悪い姿を、蜜木に見られたくないと思ってしまうのだ。
「ちょっとテスラの話に戻るけどさ。会長の苗字って、藤間(とうま)でしょ?」
「それがどうした」
 顔が真っ赤になっているため、再開した作業に集中しているフリをして、顔を上げずに返事した。
「俺たち、運命を感じない?」
「何にだ?」
 運命? それはテスラと関係があるのか?
 聞き返した僕に、蜜木がそうだねぇ、と意味深に言葉をにごす。
「俺たちはさ、喧嘩とかしないで、ずっと二人で仲良くやろうよ。俺たちが力を合わせたら、発明王なんか超えて発明神になれるかもしれないよ」
「なんだそれ」
「不良生徒は作業に戻りまーす」
「おい」
 再び蜜木のチャコペンの音が聞こえてくる。
 蜜木は結局、僕の苗字の何に運命を感じたのかは教えてくれなかった。


 それから1時間半ほどで、発明品の傘は完成した。
 僕たちはこれを〝きのこアンブレラくん〟と名付け、共同制作の発明品一号とした。ちなみに、名付け親は僕である。