藤間くんは発明部を認めない

 五限目の日本史の授業が終わると、僕と蜜木は鞄を鷲掴んで、誰よりも早く教室を出た。
 早歩きで第二美術室(部室)へ向かう。今日は授業が五限目までしかないので、もう既にこの瞬間から部活動の活動時間は始まっていた。
 僕の中にはもう、〝まだ誰も作ったことのない傘〟のアイデアが浮かんでいる。アイデアの詳細はまだ蜜木に伝えていないが、それを作るために傘が一本必要だということは伝えた。
 第二美術室の前で周囲に人気が無いことを確認後、空気窓を通って順番に入室。鞄は二人とも教卓の横に放り投げた。
 僕は電気をつけてから黒板の前に立ち、白いチョークで黒板に傘を差している人間の絵を描く。人間は棒人間で、傘は平べったい三角の下に棒を描いただけの簡単な絵だ。
「これが一般的な傘だ。これを改造して、外で作業しても濡れない傘を作ろう」
 振り向くと、蜜木が部室の後ろに置かれていた【校内遺失物】と書かれた段ボールを抱えて持ってきて、黒板の前の大型教卓の上に置いたところだった。
「傘はね、たしかこの中に……あった!」
 ダンボールの中をゴソゴソと掻き回していた蜜木が、中から白い小さな折り畳み傘を取り出した。
 折り畳み傘には七年前の日付が書かれたタグが付いていた。七年前の忘れ物なら、僕らが勝手に使っても問題ないだろう。たぶん。
「ありがとう。それを使わせてもらう」
 僕は黒板と蜜木を交互に見ながら、アイデアの説明をする。
「僕の思いついたアイデアはこうだ。まず、普通の傘だと、今日みたいな横殴りの風が吹いている日は、傘を差していてもびしょ濡れになってしまう」
 傘の周りに雨足に見立てた斜めの線を何本か描いた。
「だから、横にも覆いをつけるんだ。完成形は、かさの長いキノコみたいなイメージだ。前には、前方が見えるように覗き窓を作る」
 青いチョークに持ち替えて、既に描いた絵の上から覆いと覗き窓を描き足す。
「いいね。面白い。これなら傘の中で濡れずに作業ができるね。あと、靴が濡れないように長靴を履いた方がいいかも」
「確かにそうだな」
 蜜木の提案を聞いて、棒人間の足に長靴を描き足した。
「長靴だったら用務員室にあった気がするから、俺が借りてくるよ」
「ありがとう。助かる。あと問題は、覆いの材料だ。どこかに使っていない大きな布生地があるといいんだが……」
「任せて」
 蜜木がグッと親指を立てて返事をした。部室の後ろに駆けていき、積んである不要物の山を漁り始める。
 「あったよ」と蜜木が振り向いた時、蜜木は長方形に畳まれた白くて大きな布を手にしていた。
「使われてないカーテンだよ。破れてるから、あとで捨てようと思ってそのままになっちゃったのかもね」
 蜜木が教卓の上で手にしていたカーテンを広げる。あまり厚みのない生地の白いカーテンだった。確かに裾のところが大きく裂けていて、もう誰も使いそうにはない。
「よし。捨てるものなら、ありがたく使わせてもらおう」
「うん。使おう使おう。覆いはマジックテープで取り外しできたらきっと便利なんだろうけど、今日は時間がないから瞬間接着剤で付けようか」
 蜜木が教卓の手前側に回り込み、教卓の引き出しを開けた。
 すぐ隣からその中を覗き込んで、僕は驚いた。引き出しの中には、瞬間接着剤はもちろん、トンカチやノコギリやカッター、ペンチに定規に釘と、ありとあらゆる工具や文具が入っていたのだ。
「これ、元からここにあったのか……?」
「ううん。だいぶ前に技術室とか家庭科室から借りて(・・・)きたんだ。発明品作るのに必要になるかなと思って」
 瞬間接着剤を手にした蜜木が得意げに胸を張る。
 高木先生がメガネを修繕できなかった理由を、僕は静かに察した。
 続けて、蜜木が引き出しから布切りバサミとメジャーとチャコペンを手際よく取り出して、カーテンの上に置いた。 
 なんでも出てくるその引き出しは、まるで猫型ロボットのポケットみたいだ。あまりの用意周到っぷりに「すごいな」と、僕の口から驚きが漏れる。
 「できる男ですから」と、蜜木が鼻を高くして冗談っぽく言った。
 おそらくこれらは各所から勝手に持ってきたものだろうと僕は予想したが、ありがたく使わせていただく手前、今日に限っては目を瞑ることにした。明日から少しづつ、元あった場所へ返却させていただこうと思う。
「でも、ちょっと気がついちゃったんだけどね」
 蜜木が急に難しい顔をして、カーテンの生地を撫でる。
「これ、傘の中がだいぶ暗くなっちゃうんじゃないかな? 外、もう日が落ちそうだし」
 言われて、僕はすぐに窓を見た。灰色の雲に覆われた日はすっかり低く、辺りには薄闇が広がっていた。
 秋は日の入りが早いので、この傘が完成する頃には完全に日が落ちて更に真っ暗になっていることだろう。
 そんな頃にこの傘を使ったら、確かに中は真っ暗闇だ。名簿を確認することもできない。
「確かにそうだ。盲点だった。気がついてくれてありがとう」
「でも、どうしようか? ライトでもなんでも、明かりになるものを付けられたらいいんだけど」 
 僕と蜜木は二人揃って「うーん」と頭を捻る。 
 なにかないだろうか。光って、技術のない僕らでも簡単に傘の中に取り付けられて、軽くて、校内で簡単に手に入る。そんな物が。
 灯り、電気、小さい、電球……
「あ!」
 僕が声を上げる。蜜木が目を丸くして僕を見た。
「技術室に豆電球があった! 昨日、校内アンケートのことで校内の見回りをしているときに技術部の見学をしたんだが、その時に技術室で豆電球を見た!」
「それだ!」
 蜜木が興奮した様子で目を輝せた。
「すごいよ会長! 発想力と記憶力が天才的!」
 僕に向かって拍手する蜜木。
 僕は思いのほか褒められて気恥ずかしくなり、「できる男ですから」と、さっきの蜜木の口調と仕草をそのまま真似して返した。
「あ。俺の真似したな」
 笑った蜜木の口元から、またちらりと八重歯が見えた。
 蜜木は僕のことをかわいいと言う。だが僕が思うに、八重歯を見せて笑っている時の蜜木の方が、僕なんかよりよっぽど……いやいや。
 頭に浮かんだおかしな思考を追い出して、一呼吸。今のはなにかの錯覚である。
「よし。問題は打開した。時間もないし、善は急げだな。僕は今から技術室に行って、技術部の部員に豆電球を借りてくる」
「わかった。じゃあ俺は用務員さんのところに行って、長靴を借りてくるね」
 僕と蜜木はドタドタと慌ただしく空気窓から廊下に出て、僕は技術室へ、蜜木は用務員室へ、それぞれ真逆の方向へ駆け出した。
 僕の鼓動が早いのは、これから作る発明品への期待感か、それとも
「あ!」
 急ブレーキを掛けたみたいにつんのめりながら、僕は慌てて足を止めた。
 蜜木に伝えておかなければいけない、とても大切なことを思い出したのだ。
 僕は勢いよく振り向いて、用務員室へ駆けていく蜜木の背中へ大声で呼びかけた。
「蜜木! ちきんと用務員さんに声をかけて、借りていいか聞くんだぞ! 勝手に持って来るのは、借りたとは言わないんだからな!」