藤間くんは発明部を認めない

 そして僕は知っている。高木先生は生徒指導をする時、『今すぐ職員室に来なさい』と言って呼び出すのだ。
 稀に生徒指導以外で生徒を呼び出すこともあるが、その時は『来なさい』ではなく『来てください』と言うため、僕と蜜木が生徒指導で呼び出されたことは確定である。
 恐怖と絶望感で身体中の血の気が引いていく。
 正直なところ、僕は高木先生が苦手なのである。なぜなら恐いからだ。
 しかし、どうして優等生の僕が呼び出されたのだろう。しかも、蜜木と二人で。
 実はさっき、僕らがこの第二美術室へ無断侵入していたことに気がついていた?
 ……いや。高木先生のことだ。気がついていたならその場ですぐに僕らを叱っていただろう。
「ぼ、僕は呼び出される理由に全く心当たりがないが、君はどうだ……? 何か呼び出されるようなことをした覚えはあるか?」
「心当たりがありすぎてわからないよ」
 あっけらかんと笑って全く怯む様子のない蜜木に、僕は驚き以上に畏怖の念を抱いた。きっと蜜木の心臓には毛がフサフサと生えているに違いない。バケモノである。
 だが考えても分からないことを考え続ける時間は、今の僕らにはない。
 昼休みは残りわずか。それに、職員室へ行くのが遅くなればなるほど、高木先生の機嫌は悪くなる。そんな気がする。僕の勘だ。
「行くぞ! 昼休みはあと少ししかない!」
「あのさ、会長。今の校内放送、聞かなかったことにしない?」
 寝言のようなことを言っている蜜木を「ばか!」と一喝してから、素早く教室の電気を消して、僕を先頭に空気窓から廊下に出た。
 先に第二美術室から出た僕は、蜜木より一足早く職員室へ駆けていく。その少し後、蜜木も空気窓から出てきたであろうタイミングで振り向いて、大きな声で呼びかけた。
 
「走れ! 蜜木!」

 蜜木はちょうどのそりと立ち上がったばかりだった。何かに驚いた様子で目を丸くしたのち、「了解!」と八重歯を見せて、こちらに駆けてくる。
 僕も前に向き直って、走る。
 ドタドタと騒がしい足音が二人分、昼休みの校舎に響いた。
 廊下を歩いていた生徒は皆、僕らを見ると何事かという顔をして道を空けてくれた。申し訳ない、と心の中で詫びる。
 僕を追いかけてきた蜜木との距離が縮んで、ついに蜜木が僕の横に並んだ。
 手さえ繋げそうな至近距離で、僕らは並走する。
 廊下は走ってはいけない。
 だけど今だけは校則を内履きで踏みつけて、二人揃って職員室へ全速力で駆けていった。

 
 職員室。
 僕と蜜木は、すぐに高木先生の席へ通された。
 高木先生が事務椅子に座って腕を組み、僕と蜜木のことを睨んでいる。
 恐い。恐すぎる。命を取られることはないと分かっているのに、ふしぎと生命の危機を感じる。これが蛇に睨まれたカエルの気分か。
 ヘビ……いや、高木先生は、いつもの赤縁メガネをかけていなかった。
 高木先生の整頓された事務机の隅を見ると、ブリッジが折れて真っ二つになった赤縁のメガネが、折り畳んだハンカチの上に置かれている。修繕されていないため、結局あの後も瞬間接着剤は見つからなかったのかもしれない。
「——これは何ですか? 私が四限目の授業中、寝ていた生徒から没収したものです。その生徒は『発明部から五百円で買った』と言っていました。説明しなさい」
 高木先生が、事務机の真ん中に置かれた黒縁の変テコなメガネを顎で指した。
 僕の視線が事務机の隅に置かれた赤縁メガネから、黒縁メガネに移る。
 なんだこれは?
 その変テコな黒縁メガネには、レンズの外側に印刷された人の目の写真が貼ってあった。どことなく見覚えのある、ぱっちりと見開いた二重の目の写真だ。おそらく芸能人の目だと思う。写真はレンズの全面に貼ってあるため、かければ完全に前が見えなくなるだろう。
 説明しなさいと言われたが、僕はこれが何なのかさっぱりわからないのである。
 助けを求めるように、横にいる蜜木の顔を見上げた。
 蜜木にはしっかりと心当たりがあるらしい。訳知り顔で頷いた。
「僕が作った発明品、〝すやすやメガネくん〟です」
「すやすやメガネくん?」
 苛立ちを滲ませた口調の高木先生が片眉を上げる。
 何も知らない無力な僕は、爆発寸前の爆弾が目の前にあるような戦々恐々とした状況で、蜜木と高木先生のやり取りを固唾を飲んで見守ることしかできない。
「はい。授業中に居眠りをしていたら、先生たちは怒りますよね」
「当たり前です」
「僕は怒られても気にしないタイプなので平気ですが、中にはそうじゃない生徒もいます。そこでこの、すやすやメガネくんの出番です。このメガネをかければ、ほら、眠っていても……」
 蜜木が事務机の上に置かれたすやすやメガネくんを拾い上げて、目を閉じた。
 そして、一拍置いてから、それを自分の目に掛けた。
「起きているように見えます」
 おお、と僕は声を漏らした。
 なるほど。面白い発明品だ。
 しかし、高木先生のこめかみにに青スジが走っているのに気がついたため、僕は慌てて神妙な顔をして見せた。
 それはそうだ。先生の立場で考えてみろ。自分が授業をしている時に、生徒がすやすやメガネくんで寝ていたら、頭に来るのは当然だ。
(もういいから、早く謝れ! 蜜木!)
 心の中で蜜木に叫ぶ。
 高木先生は爆発寸前だ。高木先生にこんな間近で爆発されたら、無関係の僕だってかなり恐い思いをすることになる。蜜木と違って、僕の心臓に毛は生えていないのだ。
 そんな僕の心中の叫びも虚しく、心臓にフサフサと毛が生えている蜜木が、爆発寸前の爆弾を微笑みながら弄ぶ。
「あと、もうひとつ別の使い方があるんです。学校行事などで集合写真を撮るときにこれをかけると、無加工でも目が盛れます。見てください。目だけ橋田環奈です」
「いい加減にしなさい!」
 ついに高木先生は爆発し、大きな大きな雷が落ちた。
 僕の鼓膜は震え、身はすくみ、衝撃で一瞬視界が真っ白になった。
「何が、すやすやメガネくんですか! あなた達(・・・・)、こんなふざけた物作ってないで、もっとためになる発明品を作りなさい!」
 高木先生は『あなた達』と言いながら、僕と蜜木を交互にビシリと指差した。
 あなた達!?
「待ってください! 僕はこの、すやすやメガネくんとは無関係です!」
 慌てて意義を申し立てた僕を、高木先生がギロリと睨む。
「無関係? そんなわけがないでしょう!」
 高木先生は勢いよく立ち上がると、書類立てから引き抜いた紙を事務机の上にバン!と、叩きつけた。
 その紙には、大きな目立つ文字で【噂の発明部、ついに創部! 部員は転校生・蜜木和と生徒会長・藤間秀一の異色コンビ!】の文字が踊っている。
 ……今朝の校内新聞だ。
「いや、これは違うんです……先生……」
 この記事は嘘です。でも、なんやかんやあって仮入部することになったわけなのですが、そのあたりを説明すると長くなります。ですが、誓って僕はこの発明品の製造と販売に一切関わっていなくて、その。
 どう説明したものかと、しどろもどろになっている僕に構わず、高木先生が僕と蜜木に判決を言い渡す。
「発明部には今日の放課後、校内で奉仕活動をしてもらいます! それから、すやすやメガネくんの販売は今後一切禁止とします!」 
 閉廷を告げる予鈴のチャイムが鳴った。