危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編

別荘の廊下は、夜の海の音だけが静かに流れ込んでいた。
窓の外では、潮の匂いを含んだ風がカーテンをわずかに揺らし、遠くで誰かの笑い声と花火の弾ける音が、淡く混ざり合っている。

椿は、腕の中に眠る美羽を抱えたまま、静かに部屋へ入った。

「……軽すぎだろ。」

小さく呟きながら、ベッドの脇に立つ。
眠っている美羽は、昼間の元気いっぱいな姿が嘘のようにおとなしく、長い睫毛を伏せ、穏やかな寝息を立てていた。

椿は、そっと体をかがめ、美羽をベッドに横たえる。

「ほら……」

起こさないよう、慎重に。
布団を胸元までかけてやると、美羽は小さく身じろぎをした。

「……ん……」

その拍子に、頬にかかっていた髪が、ふわりと唇に触れる。

椿は一瞬、動きを止めた。

(……ほんと、無防備すぎ。)

指先で、そっとその髪を払う。
触れるのは、ほんの一瞬なのに、胸の奥が妙にざわつく。

「……美羽。」

返事はない。
代わりに、美羽は寝返りを打ち、椿の方へ顔を向けた。

そして――

「……ん……椿くん……」

寝言。

「……大……好き……」

「……っ」

椿は、完全に固まった。

一拍遅れて、耳が少し赤くなる椿。

「……おい……」

思わず小さく声が漏れるが、美羽は気持ちよさそうに眠り続けている。

「はあー、……寝言で言うなよ……」

そう呟きながらも、唇の端はわずかに緩んでいた。

椿は、ゆっくりと身をかがめる。

月明かりが、窓越しに二人を淡く照らす。
波の音が、子守唄みたいに規則正しく響く。

そして――
椿は、美羽の唇に、そっとキスを落とした。

ほんの一瞬。
触れるだけの、優しいキス。

「……ばーか。」

低く、照れ隠しみたいに呟く。

「俺の方が、大好きだっつーの。」

美羽は、眠ったまま、ふわりと微笑んだ。

まるで、その言葉を聞いたみたいに。

「……ほんと……」

椿は、ベッドの横に腰を下ろし、もう一度美羽を見る。

「俺の気も知らねぇで……」

小さく、苦笑する。

「……可愛い奴。」

指先で、美羽の手に触れようとして――
少し迷って、やめた。

(……今日は、ここまでだ。)

布団を整え、静かに立ち上がる。

「おやすみ、美羽。」

その声は、誰よりも優しかった。


**

一方、月明かりと星が輝く外では。

浜辺で莉子と黒薔薇メンバー達が、花火を手にしてはしゃいでいた。

「わあっ!きれい~!!」

莉子が打ち上げた花火が、夜空に弧を描く。

「夏って感じだね~!!」

悠真はノリノリで何本も花火を点けている。

「美羽ちゃん、来れなくて残念だなぁ~!」

「爆睡だわ。」

椿が戻ってきて、短く答えた。

「ええ!?もうあのまま寝ちゃったの?!」

「今日は色々あったからな。」

遼はニヤニヤしながら椿を見て、

「ふーん?ずいぶん優しい顔してるね~?」

「…るせぇ。」

碧は微笑みながら、

「安心して眠れているなら、何よりですね。」

玲央は花火を見上げつつ、

「映像に残さなくて正解だったな。これは。」

莉子は、椿の方をちらっと見て、にやりと笑う。

「……椿くん!美羽のこと、これからも大事にしてね。」

椿は、少しだけ視線を逸らし、

「……当たり前だ。」

そう言って、夜空に咲く花火を見上げた。

色とりどりの光が、海に映り、
夏の夜は、静かに、甘く、更けていく。

その頃、ベッドの中で眠る美羽は、
夢の中でも、きっと――
誰かの腕の温もりを、感じていた。