危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編

夜の空気は、昼間とは別物だった。
海風が少し湿り気を含んで頬をなで、遠くで波の音が低く響いている。
その奥――森の中へ続く細い道の先に、今回の舞台となる神社がある。

「……ほんとに、ここ行くの?」

美羽は懐中電灯を両手で握りしめ、声を震わせた。

「あぁ」

隣を歩く椿は即答だった。
月明かりに照らされた横顔は、やけに落ち着いていて、頼もしい。

「まぁミッションは単純だ。神社にある鈴を取って帰る。それだけだ。」

「それだけって言うけどさぁ……!」

美羽はすでに半泣きだ。

「この道、絶対なんか出るよ!?雰囲気がもう無理!!完璧に仕上がってるよぉぉお?!!!」

「大丈夫だ。俺がいるだろ?」

椿はちらっと美羽を見て、ふっと口角を上げた。

「……っ」

その一言だけで、少しだけ心臓のドキドキが怖さから別のものに変わるのが悔しい。

二人が進むルートは、碧の執事達が用意した“中級者向けコース”。
木々が生い茂り、足元は落ち葉で音を立てやすく、視界も悪い。

「……ね、椿くん……」

美羽は無意識に椿の袖を掴んでいた。

「手、離さないでね……?」

「は?離すわけねぇだろ。」

ぶっきらぼうだけど、その言葉に嘘はない。

――そのとき。

ガサッ。

「……っ!?」

美羽の全身が一気に強張る。

「い、今の音…なになに!?」

ガサガサッ。

茂みが揺れる。

「ひっ……!!」

次の瞬間、白い布がふわりと闇から浮かび上がった。

「ぎゃああああああああ!!!でたあああ!!!」

美羽の悲鳴が、夜の森に木霊する。

「ちょ、落ち着け美羽!」

椿が手を伸ばすが――

「むりむりむりむりぃぃぃ!!!こないでえええ!!!」

美羽は振り払うように走り出してしまった。

「おい!!美羽!!」

椿はすぐに追いかける。

だが、碧の執事達は容赦がない。

反対側の茂みから別の影が飛び出し、鈴の音がリン……と不気味に鳴る。

「いやぁぁぁぁぁ!!」

美羽は方向もわからないまま走り続け、ついに足をもつらせて転び――

そのまま、椿とはぐれてしまった。




**ー闇の中でー

「……っ……ひっ……」

美羽は、神社へ続く石段の途中、地べたに座り込んでいた。

三角座りになり、膝に顔をうずめる。

「ふえぇん!椿く~ん!…どこいったのよぉ……」

声は震え、涙がぽろぽろとこぼれる。

「……こわいよぉ~!!……」

風が吹き、木の葉が揺れる。

カサ……カサ……。

「……ひゃぁっ!?」

美羽は顔を上げることもできず、息を止めた。

また、音が近づいてくる。

カサ……カサ……。

「……や、やだ……」

逃げようにも、足に力が入らない。

――そのとき。

パッ。

懐中電灯の光が、やさしく美羽を照らした。

「……美羽。」

聞き慣れた、低い声。

「……え……?」

顔を上げると、そこには息を切らした椿が立っていた。

「つ、椿くん……?」

次の瞬間。

「うわあああああん!!」

美羽は完全に泣き崩れた。

「ばかぁぁ!!なんで置いてくのよぉぉぉ!!」

椿は慌ててしゃがみ込み、美羽の前に膝をつく。

「おいおい、泣くなって。」
(てか、俺が置いてかれたんだけど…)

美羽はしゃくり上げながら、椿の胸をぽかぽか叩く。

「もぅ!!!こわかったんだからぁぁ!!」

「あははっ、悪ぃ、悪ぃ。」

椿は笑いながら、その手を受け止める。

「……本当可愛いな、美羽は。」

「……っ!?」

その言葉に、美羽が顔を上げた瞬間。

椿は、そっと美羽の額に触れ――
軽く、キスを落とした。

「……っ!!?」

一瞬で涙が止まり、美羽は目を見開く。

「な、ななななにするのよ!!こんな時に!!!」

顔を真っ赤にして叫ぶ。

「椿くんのバカ!!」

「はは、効いたな。」

椿は楽しそうに笑っている。

だが次の瞬間。

「……あれ?」

美羽は立ち上がろうとして、ふらついた。

「どうしよう……足、動かない……」

「ははっ、腰抜けたんじゃね?」

「笑わないでよぉ!!」

椿はとうとう声を上げて笑った。

「ははは、しゃーねぇな。」

背を向けてしゃがむ。

「ほら、乗れ。」

「……おんぶ……?」

「他にどーすんだよ。」

美羽は少し迷ったあと、ぎゅっと椿の背中にしがみついた。

「……もう、絶対離さないんだから……」

ぽつりと呟く。

椿は歩き出しながら、少しだけ声を低くした。

「ばーか。…こんなに好きな奴、俺も離さねぇよ。」

美羽の胸が、きゅっと熱くなる。

「もう、ずるいー」

「ははっ」



**ーミッションクリアー

二人はそのまま神社にたどり着き、
本殿に吊るされた鈴を手に取った。

リン、と澄んだ音が夜に響く。

「……取れたね……」

「あぁ。クリアだ。」

帰り道、椿の背中で、美羽はいつの間にか眠ってしまっていた。

規則正しい寝息。
ぎゅっと服を掴む指。

「美羽?」

椿は立ち止まり、そっと振り返る。

「はは、……ほんと、無防備だな。」

そのまま美羽をお姫様抱っこに切り替え、別荘へ向かった。




**ー別荘前ー

「「「「「おっかえりぃ~!」」」」」

黒薔薇メンバー達が迎える。

「うわ、美羽ちゃん寝てるぅ!!」

悠真が目を輝かせた。

「おばけ苦手なんだね!?可愛いすぎる!!次は僕が守るね~っ!!」

「悠真うるせぇ、美羽が起きるだろ。」

椿の一言で、全員が笑った。

月明かりの下、
眠る美羽を抱えた椿の姿を、
仲間たちは微笑ましく見守っていた。

こうして、
怖くて、甘くて、忘れられない夜は、
静かに更けていくのだった。