危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編

「りりりりり莉子!!お願い!!」

夜の海辺に、美羽の必死な声が響いていた。

「ぜぇったい、椿くんに言わないでぇぇ!!」

半泣きで莉子の腕にしがみつく美羽。その姿は、昼間の強気な彼女からは想像もできないほど切実だった。

「ふふふ……へぇ~?」

莉子は口元に手を当て、楽しそうに目を細める。

「まさか美羽が肝試しとおばけが苦手だったなんて~!こんな面白いネタ、ないよね!?」

「ううう……莉子の意地悪ぅぅ……!」

美羽は完全に涙目で、だだをこねていた。

そのとき。

「美羽、遅せぇ。」

低く、落ち着いた声が背後から響く。

「……ひゃっ!」

美羽はビクリと肩を跳ねさせ、恐る恐る振り返った。

そこに立っていたのは、夜の闇に溶け込むような椿だった。月明かりが彼の髪を照らし、余裕のある目でこちらを見ている。

「つ、椿くん!?」

美羽は慌てて姿勢を正す。

「わ、私、ちょーっとお腹が痛くて!部屋で寝ててもいいかなぁ!?」

うるうると目を潤ませ、全力の演技を繰り出す。

「……は?」

椿は一瞬だけ間を置いたあと、鼻で笑った。

「食べすぎただけだろ。行くぞ。」

ぐいっと美羽の腕を掴む。

「やだ!!絶対いかない!!」

美羽は地面に踏ん張り、必死に抵抗した。

その様子を見て、椿は一歩引き、じっと美羽を見下ろす。そして――
ゆっくりと、ニヤリと笑った。

「あぁ……なるほど。」

美羽の背筋が、ぞくっと震える。

「美羽、怖ぇのか。」

「ち、ちが……!」

「へぇ。なら尚更、楽しみだな?」

次の瞬間。

「え?」

美羽の視界がふわっと浮いた。

「きゃぁあああ!!!」

椿は軽々と美羽を担ぎ上げていた。

「ちょっと!!椿くんんん!!おろしてぇぇ!!」

「うるせぇ。」

肩に担がれたまま、じたばた暴れる美羽。

「俺に仮病なんて使うからだ。諦めろ。」

椿は楽しそうに笑っている。

「いいなぁ~!」

その様子を見て、莉子は呑気に声を上げた。

「美羽!私も遼くんに担がれたい!!」

「なに言ってんのよ莉子ぉぉ!!」

美羽は涙声で叫んだ。

「ふたりとも意地悪ぅぅ!!」




*ー集合地点ー

担がれたまま連れてこられた集合地点。

「ええ~!?美羽ちゃん!?担がれてるけど、どしたの!?」

悠真が目を丸くして駆け寄ってきた。

「俺に仮病使ったからペナルティだ。」

椿は涼しい顔で言い放つ。

「ちょっと椿くん!!恥ずかしいからおろしてよぉ~!!」

美羽は顔を真っ赤にして暴れるが、椿は一切聞く気がない。

「よし。」

碧がにこやかに手を叩いた。

「美羽さんは置いておいて、皆さん集まりましたね?」

「ひどくない!?碧くん!?」

美羽は半泣きで抗議する。

すると――

ピィーッ!

碧が笛を吹いた。

次の瞬間、暗がりから現れたのは、ずらりと並ぶスーツ姿の大人達。

「……え?」

「おお~!!」

悠真が拍手する。

「すごーい!!」

「な、なにこれ……?」

美羽は言葉を失った。

「僕の家に仕える執事達です。」

碧は穏やかに微笑む。

「肝試しの舞台を整えてくださいます。ぜひ楽しんでください。」

「さっすが碧くん!本格的~!」

遼は楽しそうに笑っている。

「ちょっと待って!!」

美羽は椿の肩の上で暴れた。

「またお金持ち設定なの!?嘘でしょ!?本格的にしなくていいからぁぁ!!」

「因みに、美羽!碧くんの家はね~」

莉子が説明を始める。

「車の大手メーカーの会社なの!お父様は、社長よ!」

「……そうなのね……」

美羽はもう遠い目をしていた。

椿はそんな美羽をちらりと見て、低く言った。

「美羽、俺がついてんだから大丈夫だ。」

その声は、驚くほど優しい。

「……椿くん……」

「じゃあ……おろしてくれる……?」

切実なお願い。

「嫌だね」

即答だった。

「お前、絶対ぇ逃げるだろ。」

「……うっ。」

正論すぎて、何も言えない。

「ペアを組むぞ。」

玲央が冷静に告げる。

「ミッションクリア方式だ。
悠真と碧。
遼と莉子。
そして――」

一瞬の間。

「椿と美羽。」

「ええぇぇ!?!?」

美羽の悲鳴が夜に響いた。

「ミッションあるの!?てかなんで玲央くん見張り役なの!?私も観客席がいい!!」

「諦めろ。」

椿はクスリと笑い、美羽を下ろした……が、手はしっかり握ったままだ。

夜の海、闇に包まれた道、仕掛けられた恐怖。

そして――
逃げ場のない、椿との距離。

こうして、
本気の肝試しが、いよいよ始まるのだった。