カノンのメロディーに誘われて。-3人の秘密-

 カノン。
 これは有名な曲で、きっと誰もが聞いたことがある曲だ。
 それは今年の、私たちのコンクール曲。
 でも、それだけじゃない。
 私たち3人の、秘密の源。
 それだけじゃなくって、私たちの心を色づけていく、素敵な力を持っているもの。
 カノン。
 この響きには、心を揺さぶられ、締め付けられる。
 私たちの物語にはいつも、カノンが流れる。


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 「おっはよー!リリカ!」
 はぁ、またこいつかよ。
 私は内心毒を吐く。
 私、中学2年生の藤崎リリカ。
 隣に座ってきたのは同じクラスの天宮カナタ。
 こいつは最悪。マジで最悪。
 なんでこんなやつがクラスの人気者なのか1ミリも理解できない。
 ちゃらそうな髪の毛、着崩した制服、笑うと見える八重歯と笑窪。
 しまいには二重で涙袋がある。
 見た目はまぁ好かれる理由がわかるけれど、性格が最悪。
 ほんとに小学生みたいなやつ。
 虫を見つけたら追いかけていくし、興味を持ったらすぐそれしか見えなくなる。
 あぁまじでだいっきらい。
 「おーい、リリカ?返事くらいしてー?」
 カナタの声ってなんだか、不思議な感じがする。
 気を抜いたらカナタに惑わされてしまいそう。
 だからモテるのか?
 とりあえず私はカナタが嫌い。
 「ねぇこのキーホルダー可愛くない?
 レアなバリトンサックスだよ!
 リリカの楽器のフルートは残念ながらなかったけど!」
 「あーそうなんですねー。」
 正直キーホルダーには興味があったけど、カナタとは喋りたくない。
 本当に、カナタってなんだか惹き込まれそう。
 「リリカのこのふわふわの長い髪、可愛いね。」
 そう言ってカナタは私の髪を触ってくる。
 触れられた瞬間、時が止まったかのように私は固まってしまった。
 なぜだか頬が熱くなっていく。
 やっぱり、カナタといるとおかしくなりそう。
 「や、めてっ!」
 カナタの手を振り払って立ち上がる。
 「どこいくの?」
 そんな幼なげな声に、心臓の音が近く聞こえる。
 「お手洗い」
 とぶっきらぼうに答えて教室から出る。
 今の季節は温かい春の日差しが差し込んできて、廊下がキラキラと光っている。
 教室の暖房ガンガンの空間より、廊下の少しひんやりとして、でも温かい空間のほうが好き。
 そんなことを考えながら、私は図書室へ向かった。

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 Natsume_Saku
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 コンコンコン
 と、扉をノックする音がする。
 僕、夏目サクはクラシックを聴いていたイヤホンを外す。
 それから、読みかけの本に栞を挟んで顔を上げる。
 そして、
 「はーい。どうぞ。」
 と、返事をする。
 「こんにちは。今日もまた、来ちゃいました。」
 ガラガラガラっと重い扉を引いて入ってきた女の子は、1個下の後輩、藤崎リリカ。
 ゆるく巻かれた長い茶髪に、まるでドールみたいな大きい瞳に、整った顔。
 吹奏楽部の中でも先輩後輩関係なく、かなりモテている。
 「夏目先輩はなんの本読まれてるんですか?」
 隣の席に座った藤崎ちゃんが、可愛い声で聞いてくる。
 「今日は『星が降る夜』っていう、最近話題になっている小説を読んでいるよ。」
 そう答える。
 「そうなんですか!なんだか先輩って、星空の本とか好きですよね?」
 藤崎ちゃんに言われて、心がずきっと痛む。
 漆黒の空に満天の星。ゆらゆらゆれる海面は月明かりを反射して幻想的に光っている。
 そんな風景がフラッシュバックして、僕はあのことを思い出した。

 ☆.。.:*・°

 「なっつめちゃーん!こっちこっち〜!」
 そう、いたずらっぽく笑った彼女は、星空が反射する海辺を走っていった。
 追いつかなきゃ、と思った僕は彼女に続いて走り出す。
 「カノン!ちょっとまってよ!」
 まだ小学校6年生だった僕は、中学校三年生のカノンに追いつけなくて。
 そんな追いかけっこを楽しみながら、僕は幸せをいっぱいに抱きしめていた。
 パタパタとビーチサンダルを鳴らしながら走っていたカノンはふと足を止めた。
 そしてゆっくり振り返って、美しく微笑む。
 そして口をゆっくり開いて、
 「ちょっとお手洗いに行ってくるね!」
 そう言ったカノンは、近くにあった海の家に走っていった。
 「すぐ戻ってくるからー!そこでまっててねーー!」
 …それが、僕が最後に聞いた彼女の声だった。
 お手洗いに行ったカノンは何分経っても戻ってくることはなかった。
 五分経っても戻ってこないカノンを心配して僕は、海の家に駆け込んだ。
 「あの、僕より身長がずっと高くて、白いワンピースに麦わら帽子の、えっと、とってもかっこよくて、可愛い女の子!来ませんでしたか?」
 必死に説明する僕に、店員さんは、
 「君、そんな女の子来てないよ。君の保護者の方は?もう遅いから帰ろうね。」
 と声をかけてくれた。
 でも、混乱した僕は泣き出してしまった。
 なんで、どうして?
 カノンは、カノンはどこに行ったの?
 僕のせい?僕が付き添わなかったせいだよね?
 ねぇ、カノン、カノン!
 そう、自分を責めまくった。
 頬を伝う涙が、砂浜を濡らしていく。
 思わず上を向いて涙を抑えようとしたら、カノンが好きだったベテルギウスがはっきり見えた。
 吸い込まれそうな星空に、少し怖いと思った。
 でも、星空にはカノンの面影があるように感じた。
 僕は、ずっとずっと泣いた。
 その後の記憶はもうおぼろげで、今ではとにかく辛かった記憶だけが残っている。
 「カノンは行方不明になった。」
 と、兄に言われた瞬間は、人生で一番辛かったのかもしれない。

 𓇼 𓆡 𓇼 Amamiya_Kanata 𓇼 𓆡 𓇼

 「あぁ、まぁ。好きっちゃ好きかな。小さい頃、好きだった人が星空を好きだったから。」
 そんな声が図書室から聞こえる。
 オレはノックを忘れて、図書室の扉を思いっきり引いた。
 「へぇ、そうなんですか!」
 リリカの聞いたことのないような猫なで声が聞こえてびっくりする。
 オレ、天宮カナタは教室から出ていったリリカをこっそり追いかけてここまで来た。
 でもまさか、先輩に会いに来ているとは知らずに、ショックを受ける。
 確かに夏目先輩はすらっとしてて、賢そうで、金管楽器ならなんでも吹けるらしい。特にホルンは格別で、密かにオレは夏目先輩の美しい音色に憧れている。
 記憶の底で、夏目先輩がホルンでヨハン・パッヘルベルのカノンという曲を吹いている。
 先輩は毎日、朝練の時には必ず吹いているから、鮮明に思い起こされる。思わず先輩の音色にうっとりしかけてハッとする。
 そうだ。オレはリリカを追いかけてきたんだ。
 「おい、リリカ。お前なんで出てったんだよ。」
 先輩の隣に座るリリカに、思っていたことを口にする。
 「んー?だってあんた、今日日直でしょ?
 黒板どうせ消してないでしょ。消してきなさいよ。」
 そんないつもより高いリリカの声にハッとする。
 そうだ、オレは今日日直だった。
 「カナタのことだから、そうだと思った。感謝してよねっ?」
 そうやって首を傾げてきたリリカが愛らしくて。
 心臓の鼓動が早くなっていく。
 「じゃあ早く出てってよね!」
 と、リリカにどんっと背中を押される。
 押されるがまま廊下に出たオレは、リリカのさっきの行動を思い返して、ニヤニヤしながら教室へと足を進めた。

 𓇼 𓆡 𓇼

 深夜0時26分。
 オレ、天宮カナタはふと、目が覚めてしまった。
 ほぼ床と変わらないような布団から抜け出し、李敏うにおいたスマホを撮って戻ってくる。
 スマホで時間を確認して、なんとなくリリカにメッセージを送ってみた。
 まぁどうせ既読も何もつかないだろう。
 スマホの電源を落として枕元の床に置き、そのまま、ひんやりとしたフローリングの床を何気もなく触ってみる。
 なんだか冬みたいな気分になって、寒気がした。
 かけてた布団を思いっきり引き上げて、ばさっとかぶる。
 そしてもう一度目をつぶるが、眠れない。
 「そんなときは、星を数えるのはどう?」
 透き通るような、美しい声が蘇ってくる。
 あぁ、あの人はそういう人だったな。
 オレは数年前に出会ったあの美しい人を思い出していた。

 ☆.。.:*・°

 オレの家庭は元々父子家庭の3人家族だった。
 オレの兄貴は高校生に上がる段階で全寮制の高校に進んでしまったため、家には滅多に顔を出さなかった。
 それもそのはず、オレの親父は典型的な虐待をしてくる親だった。
 酒とギャンブルに溺れ、オレも相当辛い思いをしてきた。
 だが、そんな親父はオレが中学校に上がるすぐ前に死んだ。
 こんなことを思うのは良くないが、嬉しかった。
 そのタイミングで兄貴はオレの元に帰ってきた。
 兄貴はもう社会人だったし、父の貯金もあったため、俺たち二人はそんなに困ることはなく、現在も元気に生活をしている。
 でも、そうなる前。オレが小学四年生の時、まぁ、1番暴力が激しかった時期。
 オレはよく夜になると家からフラフラと出て行き、近くの公園で時間を潰していた。
 ある冬の夜。オレはいつものように家から近いコスモス公園のブランコに座っていた。
 キコキコとゆっくりブランコを揺らしていたら、ちょんちょんとすそをひっぱられた。
 思わずビクッと体を震わせる。
 そして、
 「ボク。こんなとこでなにしてるのー?風邪、ひいちゃうよー?」
 と、大人の女性のような、透き通った声が聞こえた。
 「いや。別に。ただ眠れなかったから来ただけ。」
 人見知りのオレは、ぶっきらぼうに答えた。
 「そうかそうか〜。ボク、いい方法を教えてあげるよ!」
 そうやってオレの目の前に立ったお姉さん。
 美しく長い茶髪に美しい瞳。思わずその瞳に釘付けになる。
 そしてお姉さんはゆっくり口を開いて、こう言った。
 「そんな時には、星を数えるのはどう?」
 なんだこの人。そう思った。
 「根拠は?」
 「私が星空を好きだからです!!」
 そう胸を張っていうお姉さんを見たら、ふっと心が綻んでしまって。
 オレは思わず声を出して笑った。
 「あー!やっと笑ってくれた!ボク、ずっと死んだ目してたもん!」
 お姉さんはオレの頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
 「ボク、名前は?」
 お姉さんが聞いてくる。
 「オレ、天宮カナタ。お姉さんは?」
 なんだかお姉さんのことをもっと知りたくなって、聞き返してみる。
 「うーんとね。どうしようかな。」
 お姉さんはちょっと悩んだ後、
 「じゃあ、お姉さんのことはぜーったい誰にも言っちゃいけないからね?」
 と言った。
 オレには話す相手もいないから、もちろんと答えた。
 「じゃあ言うね。私の名前は、カノン。カノンって呼んでね!」
 そう言ったお姉さんは、くるっとターンをして、ウインクをした。
 それが、カノンとオレの初めての出会いだった。

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 『まって、おねえちゃん!行かないで!
 ねぇ、リリカを!リリカを置いていかないで!』
 スマホの通知音がしてハッと目を覚ます。
 あぁ、またこの夢か。
 「悪夢を見てしまった。」
 そう呟いて、ぼんやりと天井をながめた。
 現在深夜0時45分。
 私、藤崎リリカはスマホの通知で、目が覚めてしまった。
 誰からだろう。
 スマホを開くと出てきた名前は「天宮カナタ」だった。
 こんな夜遅くに連絡してくるなんてだるい。こう言うところがカナタの悪いところだろう。と思いながらスマホをシャットダウンする。
 でも、あの夢が続いてたらもっと苦しかったのかな。カナタには感謝しなきゃと思う自分もいて。
 目の前には白い天井。
 なんだから押しつぶされそうになる。
 二段ベットの上段に寝ているから、天井が近いせいだろう。
 この二段ベッドはもともと、姉と二人で使っていたものだ。
 そう。姉がこの家から出ていくまでは。
 姉は立派な人間で、自慢の姉だった。
 頭も良くて、容姿も良い。愛想も良くて、誰にでも好かれるような姉。
 長い茶色の綺麗な髪を長く長く伸ばし、爪はいつもピカピカに光っていた。
 そんな勉強も身なりも、さらには運動だってできちゃう姉は、最難関私立高校に合格し、次はアメリカで一番頭の良い大学へ進むんだと毎日机に向かって勉強をしていた。
 でも、そんな姉は、私が小学五年生のときの夏休みにこの家から出ていった。
 あれから三年の月日がたった。
 そして私は、当時中学三年生だった姉と今年、同い年になってしまう。
 ふとベッドの小物置きを見ると、お姉ちゃんとお揃いのブローチが月明かりで光った。
 あぁ、あれって。
 いつかの誕生日に私がお揃いであげたんだっけな。
 音符型で、ところどころにステンドグラスみたいなおしゃれなアクセントが入っていて。
 あれ、お店で見つけた時心がくすぐったくなったなぁ。
 『お姉ちゃんの喜ぶ顔、見たい!』
 そう思ってお小遣いを全部かき集めて買ったんだっけ。
 プレゼントをあげたら、誰よりもいいリアクションで喜んでくれる姉。
 私は話すことが大好きで、姉の勉強の邪魔ばっかりしてしまっていたのかもしれない。
 けど、お互いに会話が大好きで、私は姉を信頼して、尊敬して、憧れていた。
 あぁ、会いたいなぁと思うけれど。
 父も母も喪失状態で、どこにいるのかなんて聞くことなんてできなかった。
 多分、二人とも知らないのだろう。
 「ねぇ。お姉ちゃん。
 いつかまた、会いたいよ。」
 そうこぼしてから、私はまた眠りについた。

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 次の日の朝。重い足を引きずりながら学校へ向かう。
 なんだか早めに着いちゃったから適当に引っ張り出した本を読む。
 窓から入る夏の心地いい風がページをパラパラとめくっていく。
 窓の外には眩しすぎる太陽がいて。
 思わず目を背けた。
 「おっすー。今日から部活再開じゃんね。」
 1番聞きたくなかった声が聞こえる。
 あぁ、またカナタ?
 私は、こいつが嫌い。
 「そだねー。うざいうざい。」
 おっと、心の声がでちゃったわ。
 「おーいー!心の声漏れてんじゃん。」
 「えへへー。本心なんだもーん。」
 こうやって毎日、適当な会話をする仲である。
 そうだ。昨日で全校三者面談が終わり、今日から部活なのだ。
 「オレ、リリカのフルートの音色大好き!」
 そんなことを平気で言ってくるような男がこの天宮カナタというやつだ。
 不覚にも少し嬉しいと思ってしまう。
 「はいはいそうですかー。ありがとうねー。
 まぁとりあえず適当にあしらっとけばいいや。」
 カナタが立ち上がって怒り出す
 「ねぇリリカ!!心の声漏れてるって!
 てか早く部活行こ!!」
 そう言ったカナタはスタスタと廊下へ出て行ってしまう。
 「あ、ちょっとまってカナタ!」
 私はそう言いながら部活バックを手に取ってカナタを追いかけた。

 
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 Natsume_Saku
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 美しいフルートの音色と、強気なバリトンサックスの音色が聞こえる。
 僕、夏目サクは音楽室までの階段を登りながら誰かなと考える。
 あ〜これは藤崎ちゃんと天宮くんだなぁ。
 二人はいつも誰よりも早く音楽室に着いて、誰よりも早く練習を始めている。
 今日やっている曲はなんだろう。
 コンクールの楽譜がこの間配られたから、それなのかなぁ。
 僕は吹奏楽を愛している。
 僕の愛する人が、吹奏楽を愛していたからというものは言うまでもない。
 吹奏楽は本当に楽しい。
 フルート、サックス、クラリネットなどの木管楽器と僕のやっているホルンやトランペット、チューバなどの金管楽器。ドラムやシンバルなどの打楽器。
 全てが違う音を奏でるのに、混ざり合って支え合うことで一つの想いになって響き渡る。
 そんなところが吹奏楽のいいところだ。
 音楽室の前についた僕はノックをして、音楽室に入る。
 そして、藤崎ちゃんと天宮くんの奏でる美しいジャズの波に呑まれていった。

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 「リリカ、もうそろ部活始まるって!」
 「ん!ありがとー!」
 そう言って私、藤崎リリカは楽器を持って第一音楽室に行く。
 「はいじゃあ全員揃ったかな?」
 部長の声が音楽室に響いた。
 「それじゃあ今日はいいお知らせがあります!」
 周りもの部員が騒ぎ始めた。
 「新任の先生じゃね?」
 「あのすごい綺麗な人!?」
 「一回話したけど、すごい優しい人だったよ!」
 そんな声が聞こえてくる。
 そういえば4月に先輩が、新しく来た新任の先生が吹奏楽部の副顧問になると言っていた気がする。
 ふわっと空気が揺れた気がする。
 足音と共に、声が聞こえた。

 「失礼します。」

 その、透き通るような美しい声は、どことなく聞いたことがあるような気がして。
 心がキュッと締め付けられた。
 そうして、入ってきた女性を眺める。
 腰につくくらいの長い茶髪の髪。
 丁寧に手入れをされた爪。
 左指に光る銀色の指輪。
 そして胸元には、
 見覚えのあるブローチが付いていた。

 みんなの前に立った彼女は、自己紹介よりも先に、あることを言った。
 カーテンが吹き込む風でバタバタと音を立て、抱えてた楽譜がバラバラと落ちていく。
 思わず立ち上がりそうになるほど心が惹きつけられ、激しく揺さぶられる。
 でも、なんだか前より弱気で、ふんわりしたような声で彼女は言う。

 「私、高校生より前の記憶、全部ないんです。
 だから、思い出とか聞かれても…。
 ごめんなさいね。
 でも話すのは好きだからみんなの思い出、いっぱい聞かせて欲しいの。」

 彼女の美しい声が、私の耳の中にこだました。