春の斜陽に、四季を唄う

 ゴールデンウィークを挟んだ、二週間後の金曜日。

 総合の時間は、早くもチーム単位での活動が始まる。
 結局、僕は崎島のチームで活動することになった。

「入れるチームがここしかなかった」――そう言った方が正確かもしれないけど。

 誘ってもらった側なのに、僕はやはり性根が腐っている。メンバーは僕、崎島、彼の友達の計三人。

「勉強時間潰れて、ラッキー!」

 こういう活動の冒頭は大抵、無駄話から始まるパターンが通説。
 切羽詰まってから始めて、まともな仕事をし始める。

 それは避けたいから、僕が議長になって話し始める必要があった。

「具体的なテーマは、どうしていきたい?」

 グループ二人の楽しげな会話を、ぶった斬る僕。

 最も嫌われそうな立場になるのは、覚悟の上だ。
 しかし後々居残りでも食らえば、それこそ厄介な空気になるのも承知の上。

 そう、これは物事全体を俯瞰した上での、苦渋の決断なのだ……にも関わらず。

「どうする? 俺は何でも良いけど。それでな、その後――」

 ぐぬぬ……雑談再開。
 崎島については、僕に気軽に接してくれる点は感謝している。

 しかし、彼はやるべきことをやらないところがあり、正しい人物だとは思っていない。

「はぁ……」

 相手に完璧を求める、自分への嫌悪感からため息をついて、何気に元宮さんの席を見た。

「本気だったんだ……元宮さん」

 元宮さんは、宣言通り一人での活動を試みていた。
 立ち上がって机に向かい一人、画用紙に何かを書いている。

「ちょっと羨ましいな」――と思っていた、その時。

「あれ……?」

 そこへ、花平先生が彼女の側を通りかかる。
 先生は元宮さんの前で足を止め、彼女に声をかけた。

「そういうことか……」

 元宮さんと花平先生の困惑した表情――それを見るに、なんとなく想像がつく。

「先生。私、一人で活動したいんです」

「うーん。チームで活動することに、意味があるのだけれど……」

 きっと、元宮さんは一人で活動したい旨を先生に伝えた。
 一方の先生は、それを否定したくても相手が転校生だから強要できないのだろう。

 それからも会話が続いた後、元宮さんは小さくため息をついたかのような素振りを見せた。
 対して、先生は笑顔になっている。きっと、元宮さんが折れたのだろう。

「となれば……元宮さんはいずれかのチームに入るということか。それなら、安心だ」

 自分の作業を再開しようと、目線を机に戻そうとした、その時。

「あっ……」

 嗚呼……最悪だ。また、元宮さんと視線がぶつかった。

 ここで目を逸らしたら、また盗み見する変態になりそうだったから、僕は意地でも彼女を見続ける。向こうが視線を逸らすまで、絶対に諦めたくなかった……のに。

「えっ……?」

 彼女は、視線をそらそうとはしない。

 
 しばらくの間、遠くからお互いを見る――何分、何秒経っただろうか、よく分からない。


「はっ……」

 ようやく我に返り、こちらから視線を引き剝がす。

 何だろう、鋭くて冷たい視線は、いつもと変わらなかった。でも、少し儚いような――。

「嗚呼……ダメだダメだ」

 思考を切り替え、作業再開――ダメだ。作業するほど、罪悪感に駆られる。
 
 だって、元宮さんは先程まで手際よく動かしていた手を一切止め、肩を丸めて座りながら俯いていたのだから。

「元宮さん、チーム入らない?」
「いえ、もう決まってるから」

 彼女はそうやってすべての誘いを断っていたため、この状況は半ば自業自得と言える。
 しかし、気の毒だ。彼女が自分からチームに入るのは、極めて困難だろう。

 先生も周囲も……どうして気づかないんだ? いや、多分気づいている。
 ただ、源田を一蹴させた彼女に話しかけるのが怖いのだろう。

 それに、源田も女子たちも「自分たちを貶めた存在」が、哀れな状況を半ば楽しんでいるようにも見えた。

「はぁ……。『ウザいやつ認定』を食らうのは、覚悟しておこう」

 源田と同じになっちゃうのかな、僕。
 
 いや、別に……もう良いや。今なら「チンピラ」より「ウザいやつ」の方が、マシに思える。

 ――迎えた、放課後。

 変な緊張のせいで、作業は全く進まなかった。

「来週は、予定通りに進めないと……」

 反省は後回し。教室を一番に出る。
 向かうのは一週間前と同様、学生玄関を抜けた先にある物陰。

 そこで、元宮さんを待つ。

《ゴ、ゴ、ゴ……ゴン》

 元宮さんだ。
 物陰から見てみても、彼女の雰囲気は普段と左程変わらない……あまり、気にしてないのかな。

 僕が過保護なだけなのか? 女子に過保護な男子なんて、まるで変態……一瞬、踏み留まる。

 でも。

「いや……表面だけで、人を見てはいけない」

 彼女の儚い視線を、思い出してしまった。

 すると……僕は再び、自ずと踏み出していた。

 物陰を抜けて、夕陽が細く伸びた僕の影を形作る。弱々しい自分を、投影してるみたい。

「元宮さん」

 彼女はイヤホンを外しながら、トレードマークの冷たい瞳で僕を見る。
 しかし、その目は若干見開いていて、驚きを含んでいた。

「なに?」

「あのさ……チーム、決まってないよね?」

「……それが、なに?」

「この前と同じやりとりになるのも、覚悟はしてる。それを踏まえた上で言うよ。良ければ……チームに入らない?」

 彼女は、こちらを睨む。

 か弱い僕にしては、強い意志を持ってここにいる。
 だから、ここで物怖じはしなかった。

 すると、彼女は俯きながら言った。

「学級代表として言ってくれてるのは……もう分かった」

「そっか。それは良かった」

「でも、言ったよね? 私のこと、放っておいて良いって」

「でも……状況的に、元宮さん気軽にチームに入れないだろうなって……思って」

 彼女は居心地悪そうに、視線を横にそらす。

「私がこんなこと言うのは、厚かましいけれど……あなたのチームメンバー、しっかり作業する人たちには、見えなかった」

「そっか……。嫌だったら、離れたところで作業してもらっても構わないよ。それに――」

「いえ……そうじゃないの。ただ、あなたと随分雰囲気が違う人たちだなって、思っただけ」

「…………」

「もしかして……私、気に障ること、言っちゃった?」

「あっ……いや、全然、そんなことない。も、元宮さんはきっと、今回みたいな人付き合いは面倒、だよね。正直……分かる、一人になりたい気持ち」

「えっ……」

「あぁ……ごめん、変なこと言って。とにかく、嫌だったら最低限の仕事してくれるだけで良いから」

「チームに入れさせてもらうのは私の方だし……最後まで、しっかりやらせてもらう」

「それじゃあ、入るってことで……良い?」

「えぇ、ありがとう」

 元宮さんは、何か違う。

 初めて彼女とまともな会話をしたこの日、僕はそう感じた。

 痛いところを突いてくるのに、嫌な気持ちにはさせない……不思議な魅力を帯びた人だな、と。

 僕より、ずっと上の世界で生きているのだろう、と。

「僕は、チンピラ。でも、小心者にしては、頑張れた」

 よく頑張った、自分。
 
 結果を形に残せた。

 そんな自分へのご褒美に、コンビニのスイーツでも買ってあげようかな。

 新商品の宇治抹茶のお饅頭、美味しそうだったし。