春の斜陽に、四季を唄う

[二六日]
 約二週間が経った頃。札幌の桜は、満開を迎えた。
 元宮さんの変わらない雰囲気も、クラスの一つの形として収まりつつある日の五、六時間目。

「二年生の総合探求も去年同様、チーム単位でやります。友達と組んでも構いませんが、しっかり活動するように――」

 今年も、総合探究の授業が始まった。

 去年のテーマは『地域活性化』。二年生のテーマは、『sdgs』。
 去年と比べても、取り組みやすそうな内容だ。
 世の中は問題でありふれているから、言葉だけなら何でも突っ込める。

 気がかりなのは去年同様、〝チーム単位〟という点。
 人に気を使ったり使わせてしまえば、思い通りの作品を作れないから。
 だから正直、僕としてはチームを組む意義すらよく分からないのだが。

 崎島はさっそく、去年と同じ調子で誘ってくる。

「咲苗、今年も一緒にやらないか?」

「うん、良いよ」――口にしようと一歩手前、躊躇った。

 チーム決めの時間なのにも関わらず、当たり前のように一人、本を読み続ける人物がいたからだ。

 元宮花梨だった。

「これは……どうしようかな」

 学級代表として、声をかけるべきだろうか。しかし、この二週間足らずで、彼女は噂の的。

「あれが転校生? めっちゃ美人じゃん」
「プロポーション高そうだけど、なんか近寄りがたいよね」

 だからこのまま変に介入せずに、無視をするのが一番楽だろう。ここで僕が手を差し伸べた場合の、男子からの反応は分かりきっている。

 ――「咲苗ってさ、意外としたたかな奴なんだな」

 多分、源田と同じ結果になる。
 特別、僕に下心がないとしても。
 そして、僕が頑張って作り上げた「優等生」な立場は、一気に崩れ去るだろう。

「なんて薄っぺらい『優等生』なんだろう……僕は」

 こんな自分が少女漫画に出てくる「できる男」のような立ち振る舞いはできない。

「本を読むなら、空気読もうぜ? 空気の読み方、教えてあげようか?」ーーみたいな。

 女性って……本当に強引な男性が好みなのかな? 僕が女性だったら、かなり引くと思うけど。

 でも、友達とか恋人関わらず、きっかけさえ作れない自分よりも、そう言う人間の方が人生は成功するような気がする。

 チンピラな僕だが、何もしないわけにもいかない。
 きっと元宮さんは、このまま一人を貫き通して活動するつもりだろう。

「誰も話しかけて来ないで」というオーラ全開だ。

「気持ちは分かるよ。僕もそうだから。でも、残念ながら……これは決まりなんだ」

 そう、ルールを守らない人に注意するのは、学級代表の仕事。
 そして、学級代表は自分。
 注意するのも自分。
 正しい仕事をしたい。
 間違いを気遣うような人物には、なりたくない。

 だからこそ、僕はクラスの模範になれた――でも。

「はぁ……。咲苗って、真面目過ぎ。空気読めねぇよな」

「い、いや、決まりだからさ……」

 自分を拒む態度を示されると、やはり傷つく。
 そんなんだから、悔しいけれど最近の僕は、完全にお人好しを貫くようになっている。

 ――放課後。

「やっぱり……声だけは、かけてみよう」

 それでもこの日、僕は踏み切った。
 放課後、元宮さんは誰よりも早く教室を後にする。僕は、その元宮さんよりも早く教室を出る。

 そう、二人揃って早めに玄関へ向かえば、僕が元宮さんに話しかける姿を比較的人目に晒さず済むからだ。

「急がないと……元宮さん、帰っちゃう」

 早足で学生玄関へ。足が重い。落ち着かない。でも……務めは果たしたい。

「もっと、無難な相手だったら良かったのになぁ……」

 小さくため息をつきながら、下駄箱から靴を取り出す。
 学生玄関を抜けて、あまり目立たない隅で元宮さんを待ち伏せる。

《ゴ、ゴ、ゴ……ゴン》

 約二分後、玄関扉の開閉音が響いた。目を向けると、やはり元宮さんだった。

「嗚呼……お腹、痛い」

 腹をくくり、物陰から一歩踏み出す。

 ――人の目ばかり気にするチンピラなくせに、自分に完璧を求める僕。それを嫌なくらい自覚するから、本当は学級代表なんて引き受けたくなかったのに。

「きっ……」

 僕が元宮さんの視界に入った途端、彼女は警戒態勢に入った。
 鋭い視線に、僕の心は串刺し状態。それでも、声を発する。

「あの……元宮さん。少し、良いかな?」

 彼女はイヤホンを外して、感情のない声で呟く。

「なに?」

「少し……良いですか?」
 
「良いけれど?」

「僕は咲苗 零って、言うんだけど――」

「知ってる。学級代表の人だよね。それで、なに?」

「総合のチーム決めの時、ずっと本読んでた姿が目に入って……チームには入れたのかなって」

「いいえ、まだ決まってない」

「そっか。もし困ってるなら……チームに入らない?」

 彼女は「またか」と悪態をつく。
 想定内の反応――のはずだった。しかしいざやられると、結構辛いものがある。

「それって、学級代表としての発言? それとも、個人的な理由?」

「学級代表として、しっかり仕事をしなきゃとは思ってる」

 沈黙が続く。元宮さんは、こちらの視線を注意深く窺っていた。
 僕はその隙に、次に何を言われても良いように心を身構える。

「そう。もしそれが本当だとするなら、しっかりと仕事をこなす姿勢を否定はしないけれど。でも、私のことは放っておいて良いから」

「でもさ――」

「それ以上詰め寄るようなら、この前のなんとかって男子みたいに、ウザいやつって思うことにするけれど?」

 そうか。
 
 源田は、既に元宮さんの『ウザいやつ認定』を食らってしまったみたいだ。できれば、僕は避けたい。

「わ、分かった。それは嫌だから、やめておくよ。余計なお世話だった、本当にごめん」

 再びイヤホンをつけて髪をなびかせながら、彼女は通り過ぎていく。正門を抜けて左に曲がると、その姿は見えなくなった。

《ゴ、ゴ、ゴ……ゴン》

 時を同じくして、玄関扉の開閉音が響く。生徒が次から次へと姿を現す。
 いつもの下校時間に聞く賑やかな雰囲気が、空っぽな空間を色づけてくれた。

「……帰らないと」

 雑踏に紛れながら、僕も帰路につく。

 ――自宅前のベンチに腰かけて、頭の中で日課の「一人反省会」を始める。

「まぁ……声をかけられただけでも、仕事は遂行できたってことにしておこう」

 必須事項を除き自分から声をかけない僕にとって、それに相手が元宮さんだったことも相まって、今日の試みは非常に大きなものだった。
 僕は頑張った。
 だから……自分を褒めたって良いんだ。たとえ、成果がゼロだとしても。

 沈みかけの夕焼けを仰ぎながら、そう思うことにした。