なんと無く窓の向こうを見た。
空は分厚い雲に覆われて昼なのに暗い。そういえば朝もなかなかポケットから手が出せる温度ではなかった。
だから大体の生徒は教室で暖を取ってる。
「棚橋、それといちご交換しよ」
そういって卓也が器用に他のものに触れずにミニトマトだけ取り上げる。
「トマト好きだったっけ」
「美味しいじゃん。結構野菜好きよ。意外っしょ」
そう言ってプチっと弾けた音を鳴らした。
「甘いのも好きだよね」
差し出されたタッパから一つつまむ。
「親戚がフルーツ育ててて、いちごもらった」
「いいじゃん」
他にも彼の友達も混じってと他愛無く会話してた。
そろそろ周りも食べるのを終えた頃だった。
「なぁ、みんな来て来てー」
彼の大きな声が一瞬にして音を止める。
両手にビニールの袋が持たれてた。するとみんななんだろうと彼の方に集まり出した。
「はい。試験お疲れー」
一人が彼の肩に持たれてたくっつけた机を覗いた。
「うわっ、これどうしたんだよ」
人の隙間から見る限り小さな包みが袋から豪快に溢れいく。ビニールが擦れて音を立てた。
「ちょっと買って来た。好きなの選んでいいよー」
「あざす」
さっきまで落ち着いてた教室が瞬きする間に文化祭みたいに騒ぎ出した。みんな隙間に割り込んでガサガサと漁る。
その姿はなんだかいつもより幼稚だった。
「棚橋も行こう」
「いいよ」
席を立つ。
でも実際、群がってる中に入ろうとは思えなくて一歩離れて卓也を見てた。
「なぁ、奏斗もこっち来て。好きなの選んでいいよ」
真ん中に立ってた彼の手招きされた。
「どれがいい? 多分八個以上は種類あるから。どれか取ろっか?」
寄って見ると小包は飴やチョコばかり。
そしてそれにいろんな人の手が伸びる。多分、数は一人一つでも十分余る。
「僕はどれでもいいよ。最後に余ったやつ貰うよ」
そう断って静かに一歩引いた。
眺めてると大体チョコ系から無くなってく。
「そういえば棚橋、この前クランチ系のチョコ好きって言ってなかった?」
みんながお菓子に夢中ななか卓也がどこからともなく隣に来た。
「好きじゃなくて美味しいって言っただけでしょ。卓也がくれたやつじゃん」
「迷ってるならこれにすればいいじゃん」
何個か手に持ってる中から一つ手のひらに置かれた。
「ありがと」
それだけ握って離れた。
もらったチョコを机のはじに置いて席に腰を下ろす。
クランチのチョコに手をつける気分じゃなかった。
何分かして卓也達が戻ってくる。
「あれ奏斗のそれクランチじゃん。いいな。もうなくてさ」
卓也の隣に座ってた海津君が机の端に置いてのに目をつけた。
同じように包みに目をやってみる。
だが彼のようには見れなかった。
「じゃああげるよ」
彼の目の前に小包を持ってった。
すると彼の目が見開かれる。
「いいの?」
その目に向かって「いいよ」と頷く。
「やった。俺好きなんだよね。さんきゅ。そしたらさ、飴代わりに交換しよ」
「ありがと」
そう言うと彼のポケットから出てきたみかんの味の飴が出てきた。
「うま」
彼が解けるみたいに目を細めて頬張る。
その顔を見て彼にあげて良かったと思うのに結局、五限目前に卓也から同じのをまた渡されてしまった。
放課後、下駄箱ではなくあるところに真っ直ぐ向かった。
美術室のドアを開けるこの手が何だか懐かしい。
冬になるとこの金属の取手がより冷えてて触れた瞬間そこだけ体温が吸い取られた。
少し重たいドアは引くとゴトゴトと音を立てる。
「寒っ」
入った瞬間、廊下とか違う空気を顔で感じた。
年中漂う絵の具の独特の香りと埃っぽい少し古い匂い。
そして明らかに温度が全く違う。大袈裟にいえば冷蔵庫を開けた時みたい冷気が頬を撫でる。
そう言えばいつだかの授業でエアコンが故障してると言われた。その時は灯油ストーブを先生が置いてくれていたが今は見当たらない。
「遅い……」
「ごめん。掃除終わった後、図書室行ったから」
「マイペースだなぁ」
呆れたように眉を下げて頬杖を突かれた。
でもその気の抜けた表情や声さえ今はロウソクの光みたい思える。
「それは笑真も同じ」
なんの言い訳にもならないけどそれでもよかった。
席について窓に目をやると空はまだ曇ってて昨日の同じ時間より暗い。雨音でも聞こえてきそうだった。
久しぶりにここに足を運んだというのに部屋には強風が窓を叩く音しか響かなくていつもより広い。
だからこそ、ここ来て楽しんでる人がこの部屋に色をつけてくれる。
けどこれから自分がそうではなくなるなんて考えると気が重――
不意のくしゃみで体が跳ねた。
「ごめん。驚かせた」
肩が上がったのを見て彼女がおかしそうにしてる。
でもカーディガンの袖を指先まで持ってきて身を極限まで縮こませてた。
「寒そうだね」
いつもはブレザーまでちゃんと着てるのに今はその下に着てるカーディガンだけ。
「今日寝坊して急いで来たからブレザー着るの忘れた……」
そう言ってただ俯いた。
ただ弱く見えるだけなのにふわっと暖かくなる。
それに顔を覗きたいとどこか思ってしまった。
「じゃあこれあげる」
立つと彼女の顔が持ち上がる。
温もりを逃さないようコートの袖から腕を抜いた。
それから彼女の肩を包み込むように腕を回して羽織らせる。
たった一瞬、腕に彼女が収まってただけなのにぎゅっと何かに掴まれて温かいもので溢れるような感覚になる。
「あったかい?」
しゃがんで胸元のボタンだけ止めて落ちないようにした。
少し彼女に近づいただけ、肩に触れただけなのに。コートを脱いで少し寒さを感じるはずなのに、身体中が満たされていった。
「……」
こちらを見上げる丸い目と目がある。
それだけなのに今はふわふわと感じる。
「ありがと」
その目を細めて頬を丸くする笑い方。その笑顔が胸の奥だけでなく鎖骨のあたりまでギュッと苦しくなる。
なんでかもっと見てたい。
「なんか、奏斗君っぽい匂いする」
羽織ってるコートに鼻を近づけられた。それだけ少し脈を急かす。
「本当? 変じゃない?」
「私は好き。わざとじゃなくて柔らかく感じで、懐かしいくて優しい匂いがする」
「よかった」
勝手と頬が上がる。
安堵して腰を席に降ろした。
「ねぇ」
「なに?」
「なんかいいよね。今のちょっと漫画っぽい」
「漫画?」
「コート貸すところは少年漫画のヒーローが自分のマント? 上着? を助けた子に羽織らせるところ。『あなたの匂いがする』みたいなのは少女漫画っぽい」
「なにそれ。混ざってるじゃん」
ふっと笑いが溢れる。
気がつけばいつもそう。
「ねぇ。もしも少女漫画の主人公が奏斗君ならどんなストーリーになる?」
「え? それはヒロインによるかな」
自分が主人公だと思うとくすぐったい。
「そう? 見てみたい。なんか王子様だけど謙虚ってかんじ」
「そんな王子様じゃないよ」
「ほら」
指をさされた。
でも自分で否定したくせに、笑真にそう思われるのはなんだか心が少し弾んだ。
「ねぇ。今は奏斗君のヒロインになる人いる? いたらどうしたい?」
「え? どうだろう。あんまり思いつかないな」
「そうなの? じゃあ、好みは?」
「うーん」
首を傾げてみたけど頭には誰も思いつかない。
「素直じゃないなぁ」
「なんか、多いんだよねこういうの」
今日の昼の時のことを思い出した。どれにしたいか聞かれてるのにどうでもいいわけじゃないのにこれってものが分からなくて。というより周りの目が気になってた。
「今日もおんなじだった」
「あーちょっと分かる。小さい時ね、旅行とか遊んだ日の帰りにお土産選んでいいよって言われるんだけどあれもこれもいいなって思って迷うの。それで帰ってから後悔して」
今もちょっと思い浮かべられる。
「それとは違うよ」
「でも、何か少しでもドキッてしたら私が話聞いて診断するよ。というか奏斗君の恋は協力してみたい」
「それってエロスみたいだね」
「何それ」
「キューピットのこと」
「ほう」
そのふわっとした感じが少しだけ羽を生やしてそうな気がする。
「ねぇ。奏斗君って恋したことある?」
「なんで?」
またいきなりでちょっとだけ笑みが曖昧になる。
「あるよ」
言ってから少し身が縮こまる。
「どんな人?」
顔をじっと目を輝かせて覗いてくるくせに言い方は柔らかい。
「中学生の頃なんだけど、なんていうか、根が優しい人っていうのかな。作り物じゃなくて意識してなさそうなのに誰にでも優しくて、穏やかだけど芯が強いかった。あと、」
「あと?」
少し指先に力が入った。
「……」
言うか迷って口を開いた。
「笑顔がね。可愛かった、って思う……」
思ったより声が小さくて余計に俯く。
でも言ってから熱くなるのに悩みを打ち明けるみたいに話したくなる。
「無邪気な笑い方だった……」
「へへっ。それってかわいいね」
上目でチラッと見る。
両手で口を押さえて半分からかって半分は頬を赤らめてるところが照れてるようにも見えた。
「なにその笑い」
「奏斗君ってそういうの聞くと恋する乙女みたい。笑顔がかわいいって思うところさ、案外見た目も見てんじゃん」
勝手に目が窓の方へ逃げる。
「だめ? 別に見た目が全てとかじゃないよ」
わざとっぽく口をむっとへの字にした。
「一応人の話は色々聞いたことありますから。でも奏斗君の話、なんかかわいいくてちょっと案外」
「そう?」
「でもその子ちょっと奏斗君に似てるね」
「それ卓也にも言わられた。でもどちらかというと憧れててよく見てたのかもしれない」
「そうなんだぁ」
その親みたいな言い方が確かにこういう話に慣れ感があった。
「他はいた?」
「多分いない……かな」
「多分って、」
「笑真は?」
「私は面白くないよ? だって好きな人ではなかったから」
首を傾げた。
「付き合ったことあるんだ。中学の時に」
「え?」
想像できなかった。
「でも私はその人のこと恋人になりたいって好きじゃなくて。その子がよく気ままに遊ぶのとか誘ってきてね、仲は良かったよ。一緒にいて楽しかったし」
彼女の適当な頬杖のつき方が頬をぐにゃっと持ち上げた。
「でも私は少女漫画みたいなトキメキは感じないのに。その子とその子の友達が『付き合おう』ってゆうから付き合ったの。でもすぐに何が違うのか『なんか違う』って言われて別れてさ」
それから眉をひそめてこちらをチラッと見た。
「これってさイライラするのおかしい? みんな『そうなんだ』って顔するけど私だけ安物のオモチャみたいでむしゃくしゃした」
「それは当たり前だよ。相手の都合で自分が扱われるのは利用されたみたいに感じるよ」
すると小さく花が咲くみたいにふっと笑った。
「この話さ、ことあるごとに色んな人に話してるけど大丈夫かな?」
「何が?」
「だって今は私はその子のこと好きじゃなくてももともとは仲良かったしもしもその子が本当に好きだったらにバレたらちょっとやだ」
そういう優しさは中学の時の彼女と重なって綻んだ。
「優しいね。僕だったら正直そんなの思わないかも」
するとクスッと目を細められた。
「でも結局はいつまでも引きずって誰かに話しまくってるけど」
「じゃあさ、今はどうしたい?」
「ええ?」
なぜだかデレデレと口を三日月にして垂れるように笑った。
その笑いのせいでこっちまでつられる。
「それは奏斗君から」
「だから、僕は分かんないって」
「そっかあ」
そう言って前に出してた左手の爪を触ってきた。
少しだけ脈が跳ねる。
「なんかね、最近スマホ見てて映画の広告が流れてきたの。二人が笑ってて、確かに私も誰かといて笑うなって思ったの」
爪とツンツンと一定のリズムで叩かれた。それが何かを言いたさうに。
「でも私とはその幸せ色が違くて、あとその二人でも色んな顔があってね。静かだけど距離が縮まってって見てるこっちまでドキドキして。あとはなんでもないのに隣にいるだけでぎゅっとなるの」
「そっか」
「だけどある日喧嘩しちゃって。そしたらその次の日には彼がいなくて、世界のどこにも。それで彼女が目を覚ましたら現実で、しかもその喧嘩する一週間前だったのそれで彼女がどうにかして彼のいない世界を作るのを止めようっていうお話でね。すごく切なくて」
「うん……?」
一瞬なんの話だった考えた。
「だからね、そうやって映画じゃなくてもいつも一緒にいるのに宝物みたいに大事だなって思うし思われたいって思ったの。あと本当かわからないけどちょっとだけ映画みたいな感覚にもなりたい」
「映画って、どんな?」
「え?」
少しだけ頬が赤くなるように見えた。
「好きな人に素直に甘えて喜んでもらうとか。好きな人が不意に顔とか手とかに触れてきたり、愛情のこもった気持ちを素直に言ってくれたり。なんかこう特別心臓に悪そうなこと」
「なにそれ」
思わず吹いた。
そしてその勢いで爪先に置かれた彼女の指先が触れる。
「あ、」
彼女が見開いた。
その姿を見て笑みが溢れる。
「心臓に悪かった?」
「それ意地悪だよ」
「ごめん」
眉を下げて困ったように笑うのに手はそのままだった。
もう少しだけこのままにしたい。
そのぎこちない顔が見たい。
「ね――」
ドアの方から一瞬、前触れもなくガタと聞こえた。
そして一気に重たいものが衝突したみたいな音が耳を劈く。
振り向くとドアが方立に打ち付けられてた。
空は分厚い雲に覆われて昼なのに暗い。そういえば朝もなかなかポケットから手が出せる温度ではなかった。
だから大体の生徒は教室で暖を取ってる。
「棚橋、それといちご交換しよ」
そういって卓也が器用に他のものに触れずにミニトマトだけ取り上げる。
「トマト好きだったっけ」
「美味しいじゃん。結構野菜好きよ。意外っしょ」
そう言ってプチっと弾けた音を鳴らした。
「甘いのも好きだよね」
差し出されたタッパから一つつまむ。
「親戚がフルーツ育ててて、いちごもらった」
「いいじゃん」
他にも彼の友達も混じってと他愛無く会話してた。
そろそろ周りも食べるのを終えた頃だった。
「なぁ、みんな来て来てー」
彼の大きな声が一瞬にして音を止める。
両手にビニールの袋が持たれてた。するとみんななんだろうと彼の方に集まり出した。
「はい。試験お疲れー」
一人が彼の肩に持たれてたくっつけた机を覗いた。
「うわっ、これどうしたんだよ」
人の隙間から見る限り小さな包みが袋から豪快に溢れいく。ビニールが擦れて音を立てた。
「ちょっと買って来た。好きなの選んでいいよー」
「あざす」
さっきまで落ち着いてた教室が瞬きする間に文化祭みたいに騒ぎ出した。みんな隙間に割り込んでガサガサと漁る。
その姿はなんだかいつもより幼稚だった。
「棚橋も行こう」
「いいよ」
席を立つ。
でも実際、群がってる中に入ろうとは思えなくて一歩離れて卓也を見てた。
「なぁ、奏斗もこっち来て。好きなの選んでいいよ」
真ん中に立ってた彼の手招きされた。
「どれがいい? 多分八個以上は種類あるから。どれか取ろっか?」
寄って見ると小包は飴やチョコばかり。
そしてそれにいろんな人の手が伸びる。多分、数は一人一つでも十分余る。
「僕はどれでもいいよ。最後に余ったやつ貰うよ」
そう断って静かに一歩引いた。
眺めてると大体チョコ系から無くなってく。
「そういえば棚橋、この前クランチ系のチョコ好きって言ってなかった?」
みんながお菓子に夢中ななか卓也がどこからともなく隣に来た。
「好きじゃなくて美味しいって言っただけでしょ。卓也がくれたやつじゃん」
「迷ってるならこれにすればいいじゃん」
何個か手に持ってる中から一つ手のひらに置かれた。
「ありがと」
それだけ握って離れた。
もらったチョコを机のはじに置いて席に腰を下ろす。
クランチのチョコに手をつける気分じゃなかった。
何分かして卓也達が戻ってくる。
「あれ奏斗のそれクランチじゃん。いいな。もうなくてさ」
卓也の隣に座ってた海津君が机の端に置いてのに目をつけた。
同じように包みに目をやってみる。
だが彼のようには見れなかった。
「じゃああげるよ」
彼の目の前に小包を持ってった。
すると彼の目が見開かれる。
「いいの?」
その目に向かって「いいよ」と頷く。
「やった。俺好きなんだよね。さんきゅ。そしたらさ、飴代わりに交換しよ」
「ありがと」
そう言うと彼のポケットから出てきたみかんの味の飴が出てきた。
「うま」
彼が解けるみたいに目を細めて頬張る。
その顔を見て彼にあげて良かったと思うのに結局、五限目前に卓也から同じのをまた渡されてしまった。
放課後、下駄箱ではなくあるところに真っ直ぐ向かった。
美術室のドアを開けるこの手が何だか懐かしい。
冬になるとこの金属の取手がより冷えてて触れた瞬間そこだけ体温が吸い取られた。
少し重たいドアは引くとゴトゴトと音を立てる。
「寒っ」
入った瞬間、廊下とか違う空気を顔で感じた。
年中漂う絵の具の独特の香りと埃っぽい少し古い匂い。
そして明らかに温度が全く違う。大袈裟にいえば冷蔵庫を開けた時みたい冷気が頬を撫でる。
そう言えばいつだかの授業でエアコンが故障してると言われた。その時は灯油ストーブを先生が置いてくれていたが今は見当たらない。
「遅い……」
「ごめん。掃除終わった後、図書室行ったから」
「マイペースだなぁ」
呆れたように眉を下げて頬杖を突かれた。
でもその気の抜けた表情や声さえ今はロウソクの光みたい思える。
「それは笑真も同じ」
なんの言い訳にもならないけどそれでもよかった。
席について窓に目をやると空はまだ曇ってて昨日の同じ時間より暗い。雨音でも聞こえてきそうだった。
久しぶりにここに足を運んだというのに部屋には強風が窓を叩く音しか響かなくていつもより広い。
だからこそ、ここ来て楽しんでる人がこの部屋に色をつけてくれる。
けどこれから自分がそうではなくなるなんて考えると気が重――
不意のくしゃみで体が跳ねた。
「ごめん。驚かせた」
肩が上がったのを見て彼女がおかしそうにしてる。
でもカーディガンの袖を指先まで持ってきて身を極限まで縮こませてた。
「寒そうだね」
いつもはブレザーまでちゃんと着てるのに今はその下に着てるカーディガンだけ。
「今日寝坊して急いで来たからブレザー着るの忘れた……」
そう言ってただ俯いた。
ただ弱く見えるだけなのにふわっと暖かくなる。
それに顔を覗きたいとどこか思ってしまった。
「じゃあこれあげる」
立つと彼女の顔が持ち上がる。
温もりを逃さないようコートの袖から腕を抜いた。
それから彼女の肩を包み込むように腕を回して羽織らせる。
たった一瞬、腕に彼女が収まってただけなのにぎゅっと何かに掴まれて温かいもので溢れるような感覚になる。
「あったかい?」
しゃがんで胸元のボタンだけ止めて落ちないようにした。
少し彼女に近づいただけ、肩に触れただけなのに。コートを脱いで少し寒さを感じるはずなのに、身体中が満たされていった。
「……」
こちらを見上げる丸い目と目がある。
それだけなのに今はふわふわと感じる。
「ありがと」
その目を細めて頬を丸くする笑い方。その笑顔が胸の奥だけでなく鎖骨のあたりまでギュッと苦しくなる。
なんでかもっと見てたい。
「なんか、奏斗君っぽい匂いする」
羽織ってるコートに鼻を近づけられた。それだけ少し脈を急かす。
「本当? 変じゃない?」
「私は好き。わざとじゃなくて柔らかく感じで、懐かしいくて優しい匂いがする」
「よかった」
勝手と頬が上がる。
安堵して腰を席に降ろした。
「ねぇ」
「なに?」
「なんかいいよね。今のちょっと漫画っぽい」
「漫画?」
「コート貸すところは少年漫画のヒーローが自分のマント? 上着? を助けた子に羽織らせるところ。『あなたの匂いがする』みたいなのは少女漫画っぽい」
「なにそれ。混ざってるじゃん」
ふっと笑いが溢れる。
気がつけばいつもそう。
「ねぇ。もしも少女漫画の主人公が奏斗君ならどんなストーリーになる?」
「え? それはヒロインによるかな」
自分が主人公だと思うとくすぐったい。
「そう? 見てみたい。なんか王子様だけど謙虚ってかんじ」
「そんな王子様じゃないよ」
「ほら」
指をさされた。
でも自分で否定したくせに、笑真にそう思われるのはなんだか心が少し弾んだ。
「ねぇ。今は奏斗君のヒロインになる人いる? いたらどうしたい?」
「え? どうだろう。あんまり思いつかないな」
「そうなの? じゃあ、好みは?」
「うーん」
首を傾げてみたけど頭には誰も思いつかない。
「素直じゃないなぁ」
「なんか、多いんだよねこういうの」
今日の昼の時のことを思い出した。どれにしたいか聞かれてるのにどうでもいいわけじゃないのにこれってものが分からなくて。というより周りの目が気になってた。
「今日もおんなじだった」
「あーちょっと分かる。小さい時ね、旅行とか遊んだ日の帰りにお土産選んでいいよって言われるんだけどあれもこれもいいなって思って迷うの。それで帰ってから後悔して」
今もちょっと思い浮かべられる。
「それとは違うよ」
「でも、何か少しでもドキッてしたら私が話聞いて診断するよ。というか奏斗君の恋は協力してみたい」
「それってエロスみたいだね」
「何それ」
「キューピットのこと」
「ほう」
そのふわっとした感じが少しだけ羽を生やしてそうな気がする。
「ねぇ。奏斗君って恋したことある?」
「なんで?」
またいきなりでちょっとだけ笑みが曖昧になる。
「あるよ」
言ってから少し身が縮こまる。
「どんな人?」
顔をじっと目を輝かせて覗いてくるくせに言い方は柔らかい。
「中学生の頃なんだけど、なんていうか、根が優しい人っていうのかな。作り物じゃなくて意識してなさそうなのに誰にでも優しくて、穏やかだけど芯が強いかった。あと、」
「あと?」
少し指先に力が入った。
「……」
言うか迷って口を開いた。
「笑顔がね。可愛かった、って思う……」
思ったより声が小さくて余計に俯く。
でも言ってから熱くなるのに悩みを打ち明けるみたいに話したくなる。
「無邪気な笑い方だった……」
「へへっ。それってかわいいね」
上目でチラッと見る。
両手で口を押さえて半分からかって半分は頬を赤らめてるところが照れてるようにも見えた。
「なにその笑い」
「奏斗君ってそういうの聞くと恋する乙女みたい。笑顔がかわいいって思うところさ、案外見た目も見てんじゃん」
勝手に目が窓の方へ逃げる。
「だめ? 別に見た目が全てとかじゃないよ」
わざとっぽく口をむっとへの字にした。
「一応人の話は色々聞いたことありますから。でも奏斗君の話、なんかかわいいくてちょっと案外」
「そう?」
「でもその子ちょっと奏斗君に似てるね」
「それ卓也にも言わられた。でもどちらかというと憧れててよく見てたのかもしれない」
「そうなんだぁ」
その親みたいな言い方が確かにこういう話に慣れ感があった。
「他はいた?」
「多分いない……かな」
「多分って、」
「笑真は?」
「私は面白くないよ? だって好きな人ではなかったから」
首を傾げた。
「付き合ったことあるんだ。中学の時に」
「え?」
想像できなかった。
「でも私はその人のこと恋人になりたいって好きじゃなくて。その子がよく気ままに遊ぶのとか誘ってきてね、仲は良かったよ。一緒にいて楽しかったし」
彼女の適当な頬杖のつき方が頬をぐにゃっと持ち上げた。
「でも私は少女漫画みたいなトキメキは感じないのに。その子とその子の友達が『付き合おう』ってゆうから付き合ったの。でもすぐに何が違うのか『なんか違う』って言われて別れてさ」
それから眉をひそめてこちらをチラッと見た。
「これってさイライラするのおかしい? みんな『そうなんだ』って顔するけど私だけ安物のオモチャみたいでむしゃくしゃした」
「それは当たり前だよ。相手の都合で自分が扱われるのは利用されたみたいに感じるよ」
すると小さく花が咲くみたいにふっと笑った。
「この話さ、ことあるごとに色んな人に話してるけど大丈夫かな?」
「何が?」
「だって今は私はその子のこと好きじゃなくてももともとは仲良かったしもしもその子が本当に好きだったらにバレたらちょっとやだ」
そういう優しさは中学の時の彼女と重なって綻んだ。
「優しいね。僕だったら正直そんなの思わないかも」
するとクスッと目を細められた。
「でも結局はいつまでも引きずって誰かに話しまくってるけど」
「じゃあさ、今はどうしたい?」
「ええ?」
なぜだかデレデレと口を三日月にして垂れるように笑った。
その笑いのせいでこっちまでつられる。
「それは奏斗君から」
「だから、僕は分かんないって」
「そっかあ」
そう言って前に出してた左手の爪を触ってきた。
少しだけ脈が跳ねる。
「なんかね、最近スマホ見てて映画の広告が流れてきたの。二人が笑ってて、確かに私も誰かといて笑うなって思ったの」
爪とツンツンと一定のリズムで叩かれた。それが何かを言いたさうに。
「でも私とはその幸せ色が違くて、あとその二人でも色んな顔があってね。静かだけど距離が縮まってって見てるこっちまでドキドキして。あとはなんでもないのに隣にいるだけでぎゅっとなるの」
「そっか」
「だけどある日喧嘩しちゃって。そしたらその次の日には彼がいなくて、世界のどこにも。それで彼女が目を覚ましたら現実で、しかもその喧嘩する一週間前だったのそれで彼女がどうにかして彼のいない世界を作るのを止めようっていうお話でね。すごく切なくて」
「うん……?」
一瞬なんの話だった考えた。
「だからね、そうやって映画じゃなくてもいつも一緒にいるのに宝物みたいに大事だなって思うし思われたいって思ったの。あと本当かわからないけどちょっとだけ映画みたいな感覚にもなりたい」
「映画って、どんな?」
「え?」
少しだけ頬が赤くなるように見えた。
「好きな人に素直に甘えて喜んでもらうとか。好きな人が不意に顔とか手とかに触れてきたり、愛情のこもった気持ちを素直に言ってくれたり。なんかこう特別心臓に悪そうなこと」
「なにそれ」
思わず吹いた。
そしてその勢いで爪先に置かれた彼女の指先が触れる。
「あ、」
彼女が見開いた。
その姿を見て笑みが溢れる。
「心臓に悪かった?」
「それ意地悪だよ」
「ごめん」
眉を下げて困ったように笑うのに手はそのままだった。
もう少しだけこのままにしたい。
そのぎこちない顔が見たい。
「ね――」
ドアの方から一瞬、前触れもなくガタと聞こえた。
そして一気に重たいものが衝突したみたいな音が耳を劈く。
振り向くとドアが方立に打ち付けられてた。
